はじめに
「また同じような一年になるのかな」。フランス、ニースのアリアーヌ地区にある教会SOSの牧師、サミュエル・マブーさんが、2026年を迎えるにあたって会衆に投げかけた問いです。この問いは、あなたにも向けられています。もしかしたら、あなたも新しい年を「どうせ何も変わらない、2025年と同じだろう」というあきらめの気持ちで迎えているかもしれません。中古車を買うように、霊的な生活をただ使い回しているような感覚になっていないでしょうか。
しかし神様は、新しいことをしたいと願っておられます。使い回しでも、温め直しでもなく、まったく新しい、あなただけのための、これまでにないことをです。イザヤ書43章から、このメッセージは、あなたを霊的なあきらめから解き放ち、神様が今、あなたに語ってくださる言葉があることを信じるよう招いています。2026年の今、この瞬間にです。
メッセージの流れ
1. 「今、主はこう言われる」:神様は今日、あなたに語りかけておられる
この箇所は、サミュエル・マブー牧師が丁寧に味わうよう促す一つの言葉から始まります。「今」という言葉です。「ヤコブよ、あなたを創造した主は、今、こう言われる」(イザヤ 43:1)。神様は昨日も語られました。2025年にも語られました。そしてキリストが再び来られるまで、2027年もこれからも語り続けられます。しかし、今夜あなたにとって大切なのは、神様が「今」語りたいと願っておられるということです。
過去に神様がしてくださったことを感謝しましょう。十年前、二十年前、三十年前のあなたの回心を思い起こし、感謝しましょう。けれども、そこにとどまってはいけません。今日、あなたは何を新しく求めますか。証しにおいて、祈りにおいて、神様との関係において、どんな新しさを待ち望んでいますか。神様はこの季節、あなたの内に新しいことをしようとしておられます。
2. 「昔のことを思い出すな」(イザヤ 43:18)
牧師は力強くこう語ります。神様は過去の神ではありません。中には、昨日の傷を何度も繰り返し語り続ける人がいます。まるで四十年前の少女や少年のままであるかのように、自分の物語を語り続けているのです。トラウマは正当なものであり、傷跡は本物です。それを軽く扱う人は誰もいません。けれども、あなたが主のものであるなら、そこに閉じ込められたままでいる必要はもうないのです。
ヨセフを見てください。彼は兄弟たちに裏切られたこと、ポティファルの家での不当な扱い、投獄された年月にしがみつくこともできたはずです。しかし彼はそうしませんでした。神様が新しいページを書くのを任せたのです。一方でイスラエルの民は、本来なら数週間で通り抜けられたはずの荒野を、四十年もかけて渡ることになりました。エジプトの鍋を振り返っていたからです。2026年に同じ過ちを繰り返さないようにしましょう。
3. 「見よ、わたしは新しいことをする」(イザヤ 43:19)
「見よ、わたしは新しいことをする。今それが芽生えている。あなたがたはそれを知らないのか」。神様が主導権を握っておられます。神様はあなたに、自分の力で新しさを作り出せとは求めていません。それを認め、望み、そして求めることを願っておられるのです。
今週、祈りと断食の中で、シンプルにこう問いかけてみてください。「主よ、私の人生に何を新しくしてくださろうとしているのですか」。あなたの賜物においてでしょうか。祈りの生活においてでしょうか。御言葉の学びにおいてでしょうか。隣人への愛においてでしょうか。神様に対する見方、信仰、知恵においてでしょうか。2025年の祝福だけで満足しないでください。2026年の祝福を求めましょう。祝福には限りがありません。
4. 「荒野に道を、荒れ地に川を」(イザヤ 43:19-20)
荒野とは、もう道がないために迷ってしまう場所のことです。前を見ても、後ろを見ても、右を見ても左を見ても同じ景色。もしかしたら、あなたは仕事や勉強、家庭の状況に押しつぶされそうな状態で2026年を迎えているかもしれません。まだ年が始まって二日ほどなのに、もう方向を見失っているという方もいるでしょう。
けれども、ここに約束があります。神様はあなたの荒野に道を備えてくださいます。あなたの孤独の中に川を流してくださいます。一人で暮らしているあなたも、決して一人ではありません。主があなたと共におられます。あとは、それを実感し、思い起こし、実際に生きていくことです。
5. よどんだ水になることを拒みなさい
イエス様はこう言われました。「わたしを信じる者は、その腹から生ける水の川が流れ出るようになる」(ヨハネ 7:38)。そしてサマリアの女性にはこう語られました。「わたしが与える水を飲む者は、いつまでも決して渇くことがなく、その水はその人の内で泉となり、永遠のいのちに至る水がわき出る」(ヨハネ 4:14)。
牧師はとてもシンプルな真理を指摘します。水は流れが止まると、飲めなくなるということです。水を新鮮に保つのは、動きです。回心してから数年経つと待ち構えているのは、よどみです。水曜日は祈り会、金曜日は伝道、日曜日は礼拝、そしてまた同じことの繰り返し。行かなければならないから行く。そうしているうちに、味わいを失っていきます。新鮮さを失っていきます。神様と共に歩んでいると思い込んでいる間に、実は日常のルーティンがあなたを乾かしているのです。
覚えておきたいポイント
- 神様は「今」語ってくださいます。昨日だけではありません。イザヤ書43章の御言葉は、今のこの季節にいるあなたのためのものです。
- 過去に閉じ込められたままでいてはいけません。傷は本物ですが、聖霊はそれを癒やし、あなたを前進させたいと願っておられます。
- 新しいものを求める勇気を持ちましょう。祝福には限りがありません。2026年の祝福を求めてください。
- 荒野に道が備えられることを期待しましょう。何も見えないときでも、神様は道を開き、共に歩んでくださいます。
- よどんだ水を拒みましょう。本物のクリスチャン生活は動きのあるものであり、宗教的な自動操縦ではありません。
あなたへの適用
- 今朝、2025年のどんな祝福を神様に感謝しますか。そして、今週どんな「新しい」ことを勇気を持って神様に求めますか。
- 何度も思い返してしまい、神様の働きを妨げている過去の出来事はありませんか。それを神様にゆだねる準備はできていますか。
- あなたの霊的な生活は、どこで止まってしまっていますか。祈り、御言葉、奉仕、人間関係のうち、どの分野で味わいを失っていますか。
- 神様があなたの荒野に道を開いてくださるとき、その先が見えなくても、そこを歩む備えはできていますか。
- 具体的に、今週キリストについて語れる相手は誰でしょうか。近所の人、同僚、毎日顔を合わせる家族でしょうか。
引用聖句
- イザヤ 43:1-4 ・「恐れるな、わたしはあなたを贖った。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのものだ。」
- イザヤ 43:18-19 ・「昔のことを思い出すな……見よ、わたしは新しいことをする。」
- イザヤ 43:20-21 ・「わたしは荒野に水を与える……わたしのために造ったこの民は、わたしの誉れを語り告げる。」
- ヨハネ 7:38 ・「その腹から生ける水の川が流れ出るようになる。」
- ヨハネ 4:14 ・「わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちに至る水がわき出る。」
- コリント人への手紙第二 5:17 ・「古いものは過ぎ去った。見よ、すべてが新しくなった。」
よくある質問
本当のトラウマを経験した場合、「昔のことを思い出すな」とはどういう意味ですか。
サミュエル・マブー牧師は、傷を軽く見ているわけではありません。ある種の痛みは正当なものであり、深い傷跡を残すことも認めています。「もう思い出さない」というのは、意志の力ですべてを消し去るという意味ではなく、聖霊がその傷に癒やしの油を注ぎ、少しずつ癒やしてくださり、神様が新しいページを書くのを許すという意味です。兄弟たちの裏切りの後、ヨセフに対してなさったのと同じようにです。
自分の霊的な生活が「よどんでいる」かどうか、どうすればわかりますか。
はっきりとしたサインの一つは、もはや神様に何も期待しないまま、習慣として集会をこなしていることです。水曜日の祈り会や日曜日の礼拝に行っても、神様との間に何も新しいことが起こっていない状態です。新鮮さが戻ってくるのは、水が再び流れ出すとき、つまり、あなたが神様に新しいことを求め、示されたことを具体的に歩み始めるときです。
2026年を違う一年にするために、まず何をすればよいですか。
牧師が勧めるように、できれば断食を伴った祈りの時間を持ち、神様にはっきりとこう問いかけてください。「主よ、今年、私の人生に何を新しくしてくださろうとしているのですか。」そして耳を傾け、示されたことを書き留め、示された方向へ最初の一歩を踏み出してください。新しさは神様から来るものです。それを受け取り、実践していくのはあなたの番です。
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