
はじめに
十字架の上で、イエスは叫ばれました。「完了した。」そして息を引き取られました。墓は空であり、復活されました。この勝利は年に一度だけ祝う遠い記憶ではありません。このイースターの日曜日、ヒルソング・パリでの説教はリキャリブレーション(再調整)を呼びかけています。イエスが生きておられること、その御言葉、その道、そのみわざが今日もあなたの人生の中で働いていることを常に思い出すのです。
メッセージの概要
1.完了した:十字架の勝利
- ヨハネの福音書19:30で、イエスは「完了した」と宣言し、息を引き取られました。私たちがそのいのちを奪ったのではなく、イエスが私たちのためにいのちを与えてくださったのです。
- この言葉はしもべたちが任務を完了したときに用いた言葉でした。罪のない神の子羊であるイエスは、父がお与えになった使命をまさに成し遂げられたのです。
- 祭司が子羊の血を贖いの座にささげたように、イエスは父の前に立たれます。負債は支払われ、すべてが満たされ、何も付け加える必要はありません。
- これは転換点です。古い契約から新しい契約への移行。イエスはすべてを征服し、死は打ち破られ、墓は空です。
2.思い出しなさい:復活に再調整する
- 最後の食事で、ルカの福音書22章でイエスは弟子たちにご自分を思い出すよう励まされました。「思い出しなさい」とは単に過去の出来事を思い返すことではなく、神が成し遂げられたことに自分の人生を常に再調整することです。
- 墓で、女性たちはこう言われました。「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜しているのですか。ここにはおられません。よみがえられたのです。あの方があなたがたに語られたことを思い出しなさい」(ルカの福音書24章)。
- 復活は遠い歴史的な出来事ではありません。今日、あなたの月曜日に、火曜日に、日常の中で働こうとしておられる力ある神です。
- もしかすると、あなたは困難ですべての思考が占められてしまっているかもしれません。今日、復活の力があなたの生きている現実の中に場所を取ろうとしています。
3.その御言葉を思い出す
- 神の御言葉はあなたを教え、導き、未来について語り、希望を与えます。もしかすると、他の言葉が神の御言葉よりも大きな声で語ることを許してしまっているかもしれません。
- 復活の朝、女性たちはイエスが予告されたことを思い出す必要がありました。イエスは自分が言われたとおりのことをされたのです。
- 他の人々が離れて行ったとき、ペテロはイエスに答えました。「主よ、私たちはだれのところに行きましょう。あなたは永遠のいのちのことばを持っておられます」(ヨハネの福音書6:68)。
- その御言葉はあなたを高め、解放し、未来を与えます。それは毎日あなたの人生の上に宣言すべき言葉です。
4.その道を思い出す
- ヘブル人への手紙13:7は勧めています。「神のみことばをあなたがたに語った指導者たちのことを思い出しなさい。彼らの生活の結末をよく見て、その信仰に倣いなさい。」
- イザヤ書55章で、神は「わたしの道はあなたがたの道よりも高く、わたしの思いはあなたがたの思いよりも高い」と言われています。それは手が届かないということではなく、近づくよう招いておられるのです。
- ヘブル人への手紙12章では、イエスはご自分の前に置かれた喜びのゆえに十字架を忍ばれたと記されています。イエスは状況を違う目で見ておられました。
- 十字架の上で、ルカの福音書23:34で、イエスは「父よ、わたしをお赦しください」ではなく、「父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分が何をしているのか分かっていないのです」と言われました。苦々しさは一切なく、赦しと愛だけでした。
- 箴言14:12が思い出させるように、「人の目にまっすぐに見える道がある。しかし、その終わりは死の道である。」イエスは物事の順序を逆転させられました。イエスは仕え、救うために来られたのです。
5.そのみわざを思い出す
- 状況に直面するとき、私たちは自分にできないことを意識しがちです。そのみわざを思い出すとは、神に何ができるかを思い出すことです。
- イエスは昨日も今日も、また永遠に変わることがありません。どんな墓もイエスを閉じ込めることはできませんでした。イエスは病人をいやし、悪霊を追い出し、いのちを取り戻し、弟子たちを使命に遣わされました。
- 今日もイエスは嵐に語りかけ、罪ある者を回復させ、ツァラアトに冒された者に触れ、目の見えない者をいやし、群衆に食物を与え、恐れ、怒り、拒絶、失敗、将来への不安から解放してくださいます。
- テモテへの手紙第二2:8でパウロはテモテに書いています。「イエス・キリストを覚えていなさい。ダビデの子孫で、死者の中からよみがえった方を。これは私の福音によるのです。」これは引き出しにしまっておく歴史的事実ではなく、生きておられる救い主の日々の臨在です。
6.聖餐とエマオの道
- ルカの福音書24章で、二人の弟子がエマオへの道を歩いていました。イエスが近づいて一緒に話されましたが、彼らにはイエスだと分かりませんでした。イエスが語られる間、彼らの心は燃えていました。
- イエスが彼らとパンを裂かれたとき、彼らの目が開かれました。復活された主がそこにおられると気づいたのです。
- 裂かれたパンは私たちのために与えられたイエスのからだを表しています。杯はそのいのち、罪の赦しのために流された血を表しています。「その打ち傷によって私たちはいやされた。」
- 聖餐にあずかるたびに、あなたはキリストが来られるまでその死を宣言しています。エマオの弟子たちのように、復活されたお方の臨在にあなたの目が開かれますように。
重要なポイント
- 「完了した」とは、負債が完全に支払われ、使命が完全に果たされたことを意味します。キリストのみわざに何も付け加える必要はありません。
- イエスを思い出すとは、単なる歴史的な思い出ではなく、その臨在とその御心を今日の状況に持ち込むことです。
- その御言葉は、あなたを低める言葉よりも力があります。いのちの言葉を受け取りましょう。それはあなたを解放し、未来を与えます。
- その道はあなたの道とは異なります。広くて容易に見える道が常に神の道とは限りません。仕えることと赦しの狭い道を選びましょう。
- どんな墓もイエスを閉じ込めることはできませんでした。イエスは生きておられ、今働いておられ、あなたの人生を復活に再調整するよう招いておられます。
個人的な適用
- イエスが十字架であなたのために成し遂げてくださったことで、あなたがまだ自分の力で達成しようとしていることは何ですか?
- 思考を神の真理に再調整するために、今日思い出す必要のある神の御言葉は何ですか?
- どの領域で、神の道ではなく自分の道を選んでいますか?今日、狭い道があなたをどこに招いていますか?
- 現在の状況で信仰を再燃させるために思い出せる、過去の神のみわざは何ですか?
- もし今朝聖餐にあずかるなら、復活されたお方が今働いてくださるよう、どの状況をゆだねますか?
引用聖句
- ヨハネの福音書 19:30 ― 「完了した」
- ルカの福音書 22章 ― 「わたしを覚えてこれを行いなさい」
- ルカの福音書 24章 ― 空の墓とエマオの道
- ヘブル人への手紙 13:7 ― 指導者たちのことを思い出しなさい
- イザヤ書 55:8-9 ― わたしの道はあなたがたの道ではない
- ヘブル人への手紙 12:2 ― その前に置かれた喜びのゆえに
- ルカの福音書 23:34 ― 「父よ、彼らをお赦しください」
- 箴言 14:12 ― 人の目にまっすぐに見える道
- テモテへの手紙第二 2:8 ― イエス・キリストを覚えていなさい
- ヨハネの福音書 6:68 ― 「あなたは永遠のいのちのことばを持っておられます」
- ヨハネの福音書 3:16 ― 「神は、実にそのひとり子をお与えになったほどに世を愛された」
よくある質問
イエスが十字架で言われた「完了した」とは正確にはどういう意味ですか?
この言葉の背後にあるギリシャ語(ヨハネの福音書19:30)は、ある仕事が完全に終了したこと、負債が完全に支払われたことを意味するために使われていました。十字架の上で、イエスは父がお与えになった使命が完全に果たされたと宣言されたのです。罪のためのいけにえが一度限り永遠にささげられ、そのみわざに何も付け加える必要はありません。
復活を「思い出す」ことは、私の日常生活をどう変えますか?
聖書において「思い出す」とは、遠い出来事を振り返ることではなく、神がなされたことの現実を現在に持ち込むことです。復活を思い出すとは、復活されたお方の力が今あなたの思い、状況、恐れに働くことを許すことです。それは再調整です。イエスの勝利が、あなたが今週を見るフィルターとなるのです。
今日、イエスを自分の人生に招き入れたい場合はどうすればよいですか?
礼拝の最後に、イエスを受け入れたい方々のためにシンプルな祈りが提案されました。小さな声でこの祈りを繰り返すことができます。「永遠の父なる神よ、あなたの御子イエスを十字架で私の罪のために死なせ、新しいいのちを与えるために復活させてくださったことを感謝します。今日、イエスよ、あなたを私の心にお迎えします。私の罪と過去を赦してください。あなたを私の主、救い主としてお受けします。生涯あなたに従う助けをお与えください。イエスの御名によって。アーメン。」その後、クリスチャンの友人に話し、ヨハネの福音書を開き、地元の教会に加わりましょう。
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