
はじめに
2025年12月31日のこの夜、ミュルーズの教会「ポルト・ウーヴェルト・クレティエンヌ」は、詩篇100篇を口に、イザヤ書61章を心に抱いて2026年を迎えました。サミュエル・ペーターシュミットは、一つの単純な事実を思い起こさせました。あなたがどのような状態でこの新しい年の一歩を踏み出そうとも――心が砕かれていても、力が尽きていても、去年が困難な年であっても、あるいはただ疲れ果てているとしても――神はあなたのために約束を持っておられるということです。神は、あなたが持ってくる器を満たし、あなたの灰を冠に変え、歩みの中であなたの力を新たにし、あなたの出て行くのも入るのも守ってくださいます。この記事は、その夜に語られたメッセージを忠実にまとめたものです。
メッセージの構成
1. 器を持ってきなさい。神があなたの一年を満たしてくださる
- 「器を持ってきなさい。私がそれを満たそう。あなたがたが私の家に持ってくるすべての器を、私は満たす。」これは礼拝の最中に語られた預言的な言葉で、列王記第二4章のやもめの物語を思い起こさせるものです。
- 神は収穫の年を告げておられます。思いもよらない場所から、思いもよらない状況から、神ご自身に引き寄せられて男女がやって来るでしょう。
- 「あなたがたの前に裂け目が開かれる。社会はますます亀裂を深めていく。しかし、その裂け目を開くのは私だ。あなたがたが私の言葉を宣べ伝えるためだ。」
- 神の民への約束。「あなたには何も欠けることがない。時代は厳しくなっていくが、あなたには何一つ欠けることがない。」
2. あなたの灰に代えて冠を ― イザヤ書61章の約束
- 聖餐式の前に、サミュエル・ペーターシュミットはイエスご自身がナザレで自らに当てはめられたイザヤの預言を読みました。「主なる神の霊が私の上にある。主が私に油を注がれたのは、苦しんでいる者に良い知らせを伝えるためである。」
- もしあなたが苦しんでいるなら、神はあなたのために良い知らせを携えておられます。もし心が砕かれているなら、神は癒やしてくださいます。もし捕らわれているなら、神は自由にしてくださいます。もし囚われているなら、神は解き放ってくださいます。
- 灰に代えて冠を。喪に代えて喜びの油を。萎えた心に代えて賛美の衣を。
- この約束はあなただけにとどまりません。あなたを前へと押し出します。「彼らは古い廃墟の上に建て直し、昔からの瓦礫を立て直し、長らく荒れ果てて廃れた町々を新しくする。この国には建て直す男女が必要だ。」
3. あなたの力を新たにしなさい。もういばらを見つめるのをやめなさい
- 賛美の最中に、サミュエル・ペーターシュミットはいばらのマントをまとった人を呼ぶイエスと共に、光の道を見ました。「私のところに来なさい。もう自分のいばらを見つめるのをやめなさい。私に触れることで、あなたのいばらは落ちるのだ。」
- 魂がばねの外れた時計のようになっている人々への言葉です。「主に信頼する者は、歩みの中でその力を新たにする。彼らは鷲のように翼をかって上る。走っても疲れることがない。」
- 密やかな場所は「神という時計職人」の工房となり、あなたの魂のばねを巻き直し、あなたが長く続き神の栄光を現す実を結ぶようにしてくださいます。
- 今年すべきことはただ一つです。「後ろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばしながら、キリスト・イエスにおいて神が上から召してくださる賞を得るために、目標を目指して走る。」
4. 神があなたの出て行くのも入るのも守ってくださる
- 礼拝は詩篇100篇で始まり、全会衆がそれぞれの人生に対して立ち上がって宣言する詩篇121篇で締めくくられました。
- 「私は山に向かって目を上げる。私の助けはどこから来るのか。私の助けは、天と地を造られた主から来る。」
- 「主はあなたをすべての災いから守られる。主はあなたの魂を守られる。主は今より、とこしえまで、あなたの出て行くのも入るのも守られる。」
- この詩篇を書き留めておき、困難に直面するたびに、それを取り出して自分自身の人生に対して宣言しなさい。
覚えておきたいポイント
- 神は想像上の器を満たすのではありません。あなたの器を、その空っぽのまま神に持ってきなさい。神はそれを満たしてくださいます。
- イザヤ書61章の約束は飾りではありません。イエスご自身がそれを自分のものとして受け取られました。それは今夜、あなたのためのものです。
- 冠は灰に取って代わります。しかしそこには目的があります。あなたが古い廃墟の上に、自分の家で、自分の周りで、自分の国の中で建て直すためです。
- 力を新たにすることは、ただ息をつくことではなく、歩み信頼することによって起こります。力が戻るのは歩みの中でなのです。
- あなたは過ぎ去った一年を変えることはできません。あなたにできるただ一つのことは、後ろのものを忘れ、前のものに向かって走ることです。
個人への適用
- 2026年のこの年、あなたが神に持ってくることができる「器」とは何ですか。あなたの家族、あなたの仕事、あなたの教会、保留中のプロジェクト、傷ついた友情でしょうか。
- この新しい年に入るにあたり、あなたが抱えている具体的な「灰」とは何ですか。そして、神にそれを冠に置き換えてほしいと願うことは何ですか。
- あなたの人生、家族、周囲にある、神が今年あなたに建て直すよう呼びかけている「古い廃墟」とは何ですか。
- あなたが主からこの力の新しさを受け取る「密やかな場所」とは、具体的にどのようなものですか。それはすでにあなたのスケジュールの中に組み込まれていますか。
- 2026年に前のものへと向かうために、あなたが意識的に「忘れる」べき過去のこととは何ですか。
引用された聖句
- 詩篇100篇 ― 主に向かって喜びの声をあげよ
- イザヤ書61章1-3節 ― 灰に代えて冠を
- イザヤ書61章4節 ― 彼らは古い廃墟の上に建て直す
- イザヤ書40章31節 ― 主に信頼する者は力を新たにする
- ピリピ人への手紙3章13-14節 ― 後ろのものを忘れ、目標を目指して走る
- 詩篇121篇 ― 主はあなたの出て行くのも入るのも守られる
- ヨエル書2章28節 ― 私はすべての人に私の霊を注ぐ
よくある質問
イザヤ書61章の約束が本当に今日の自分のためのものだと、どうすれば分かりますか。
イエスご自身が、ナザレの会堂で(ルカによる福音書4章16-21節)、この箇所を読まれた後に「この聖書のみことばは、今日、あなたがたが聞いたとおりに実現した」と宣言されました。キリストにあって、この預言は彼のもとに来るすべての人に当てはまります。これは遠い時代の遠い民のための約束ではありません。これはイエスの使命そのものであり、今この瞬間、あなたの砕かれた心、あなたの灰、あなたの喪、あなたの萎えた心のためのものです。
2026年に向けて神に「器を持ってくる」とは、具体的にどういう意味ですか。
ポルト・ウーヴェルトで受け取られた預言的な言葉は、神が差し出されるとすぐに満たしてくださる器という聖書的なイメージを再び用いています(この主題は列王記第二4章のやもめの物語にも見られます)。器を持ってくるとは、神があなたの人生の中で満たしてくださることを期待している空っぽの部分を、神の前で名指しすることです。家族、迎え入れる場所、能力、祈り、宣教の場かもしれません。あなたが持ってこないものを、神は満たしてはくださいません。
2026年に入るにあたり本当に疲れ果てていると感じるとき、どうすれば力を新たにできますか。
サミュエル・イザヤ書40章31節を取り上げました。力は何もしないでいることで戻るのではなく、「歩みの中で」戻ってくるのです。神との密やかな場所は魂のばねを巻き直しますが、過ぎ去った一年を変えることは何もできません。ピリピ人への手紙3章13-14節によれば、すべきただ一つのことは、後ろのものを意識的に忘れ、前のものに向かって走ることです。神への信頼、歩み、そして過去を忘れることが、共に働くのです。
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