テトスへの手紙:本当の自分らしさは、嘘をつかれない神から来る

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見せかけの世界で渇いている「本当の自分」への思い

あなたは「自分らしく生きよう」という言葉があちこちで語られる世界に生きています。職場でも、人間関係でも、アイデンティティやセクシュアリティ、国籍、帰属をめぐる議論の中でも、この問いは何度も繰り返されます。あなたは自分が心の中で感じていることと一致した生き方を求めています。正しく生きたい、本物として生きたいと願っています。それでも同時に、大きな曖昧さに包まれていることも感じているのではないでしょうか。何を基準にして「本物である」と言えるのでしょうか。自分が造られた目的に沿って生きるとは、いったいどういうことなのでしょうか。

これはまさに、エティエンヌ牧師がパウロのテトスへの手紙のシリーズを始めるにあたって投げかけた問いです。出エジプト記、私たちより約3500年前に書かれた書物を何週間も学んできた教会は、今度ははるかに近い時代のテキストに移ります。イエス・キリストの死と復活の後に書かれた手紙です。聖霊に導かれた一人の使徒が、クレタ島に残された同労者テトスに宛てて書いた手紙。しかし、これから見ていくように、関わっているのはテトスだけではありません。あなたも当事者なのです。

この記事の構成

1. 牧師だけでなく、教会全体に向けられた手紙

手紙の最後の節をよく見てみましょう。パウロはこう書いています。「恵みが、あなたがた全員とともにあるように」(テトス 3:15)。この代名詞は複数形です。小さな違いですが、すべてを変える細部です。パウロは一人の同労者に手紙を書いていますが、それが教会全体に読まれることを想定しています。テモテへの手紙第一、第二の結びにも同じことが見られます。使徒は、指導者たちに語った内容を教会全体が聞くことを願っています。それによって、一人ひとりがクリスチャンとしてどう生きるべきか、そして教会を導く指導者に何を期待できるかを知るためです。

つまり、この手紙はあなたに関わるものです。あなたはパウロとテトスの対話を眺めているだけの傍観者ではありません。神があなたに語りかけている民の一員なのです。エティエンヌ牧師が言うように、1世紀から私たちの時代へと橋を架ける努力は時に必要です。それでも神は、この御言葉が2000年後の今も意味を持ち続けることを望まれました。それは、あなたのためだったのです。

2. 「自分らしさ」の本当の妨げ、それは嘘の父

なぜあなたはしばしば自分自身とずれてしまうのでしょうか。なぜ周りの友人たちが、自分自身を破壊するような道を通って「本当の自分」を探し求めているのを目にするのでしょうか。パウロはエフェソ人への手紙でその答えを与えています。2章で彼はこう書いています。この世は「空中の権威を持つ支配者、今も不従順の子らの中に働いている霊」の支配下にある、と(エフェソ 2:2)。

人類は神に反抗しているだけではありません。悪魔によってそう仕向けられてもいるのです。そしてこの支配者の聖書的な呼び名の一つが「嘘の父」です(ヨハネ 8:44)。彼は誘惑するだけでなく、欺きます。彼は本当の自分にたどり着く道だと言って提案しますが、その道の行き着く先には破滅が待っています。

エティエンヌ牧師は抽象的にならないよう、一つの例だけを挙げます。肉体的に性別を変えることで自分自身とより一致すると考えた男性や女性が、後になって体を変えたことを深く後悔しているという例です。これは悲劇です。しかし、それこそが嘘の父の論理なのです。本当の自分になれると約束しながら、実際には苦しみをもたらす。周りにこうした問題で道に迷っている人を見かけたとき、まずすべきことは、彼らが第一にあなたの敵ではないと思い起こすことです。彼らは欺く者の支配下にあるのです。

あなたがクリスチャンだから安全だと思い込まないでください。あなたは主の祈りの中でこう祈っています。「私たちを試みに遭わせず、悪からお救いください」(マタイ 6:13)。あなたもまた弱く、誘惑を受ける存在です。しかし、あなたには他の誰も持っていない良い知らせがあります。

3. 良い知らせ:嘘をつかれない神

嘘の支配者に対して、パウロは手紙の冒頭で神を「嘘をつかれない神」として紹介します(テトス 1:2)。これがこの手紙全体を貫く旋律です。一方には、欺く者に支配された世界がある。もう一方には、決して嘘をついたことがなく、あなたを本物にすることを深く願い続けてきた神がおられる。

エティエンヌ牧師はこうまとめます。神はあなたを望み、あなたを造り、あなたを愛し、あなたを救われました。そして今、神はあなたの内側で働き、あなたが造られた目的に沿った生き方を再び学べるようにしてくださいます。自分で「本物らしさ」を作り出すのではありません。神があなたを真理のうちに造り直してくださるのです。

4. この良い知らせを妨げる、逆の証し

それでも、この牧師が避けなかった問題があります。教会やクリスチャンに向けられた批判の中には、根拠のあるものがあり、それが神が伝えたい良い知らせの妨げになっているという事実です。偽善、言葉と行いの矛盾、「本物らしさ」の欠如をめぐる批判は、あなたの友人を傷つけてきました。もしかすると、あなた自身も傷ついたことがあるかもしれません。これらはまさに、神があなたの内で行おうとしていることの正反対です。

なぜ偽善という誘惑があるのでしょうか。エティエンヌ牧師は二つの可能性を示します。一つ目は、自分が見せかけているよりも不完全であることが人に知られるのを恐れているのかもしれません。それなら、あなたはまだ十字架を理解していないということです。なぜなら、イエス・キリストの十字架は単純な事実を思い起こさせてくれるからです。あなたは自分で思っていたよりもはるかに醜いけれど、神はあなたの醜さ、罪、内にある悪を、十字架の上で引き受けてくださいました。もう、ありのままの自分を見られることを恐れる必要はありません。

二つ目の可能性:あなたは、神があなたの人生を用いて世に自らを示したいと願っておられることを理解していますが、同時に神にふさわしい人生を生きることの難しさも痛感しています。そこで、その差を外見で埋めようとしてしまうのです。あなたを見る人たちに少しでも励まされてほしいと、実際よりも進んでいるふりをする。それが偽善です。そして、それは神が望んでおられることとは正確には違います。神はもっと深いところにある何かを望んでおられます。

5. 神の目的:きよめられ、良い行いに熱心な民

エティエンヌ牧師は会衆をテトス 2:14へと導き、この手紙の目的を明らかにします。恐るべき、そして美しい一節です。「キリストは私たちのためにご自身をお与えになりました。それは、私たちをすべての不法から贖い出し、良い行いに熱心な、ご自分の宝の民をきよめて、ご自分のものとするためでした。」

すべてはここにあります。イエスがすべてを成し遂げてくださいました。ご自身を与えてくださいました。そして、ご自身を与えてくださった理由は、あなたが主のものとなり、主にふさわしい人生を生きるためでした。あなたが主に依り頼めば頼むほど、主にあなたを変えていただければいただくほど、神があなたの人生に見たいと願うものと、あなたの実際の姿とのずれは小さくなっていきます。自分を鍛えて自分自身を変えるのではありません。主のものとなるとき、主があなたを変えてくださるのです。

出エジプト記との並行関係は明白です。神はかつてイスラエルの民にこう言われました。「わたしはあなたがたの神となり、あなたがたはわたしの民となる」と。神は昔からずっとそれを望んでこられました。そして今日、教会はイエスに属する民です。この民を通して、神は世に自らを示すことを決めておられます。

6. 教会は、嘘をつかれない神を映す窓

エティエンヌ牧師は強調します。「教会とは、神が世に自らを示すために選ばれた民です。」人々がクリスチャンたちが共に関わり合う姿を見るとき、普通の男女が少しずつ変えられていく姿を見るとき、彼らはその変化をもたらす御言葉と、その言葉の著者を知りたいと願うようになります。神はこう言うことを恐れておられません。「わたしは自分の教会をこの世界に置いた。それを見た人々がわたしを見て、わたしを知り、わたしの民に加わりたいと願うためだ。」

これは恐るべきことですが、偽善に対する最良の解毒剤でもあります。もう、ふりをする必要はありません。ただ主のものとなり、主に変えていただけばよいのです。そのとき、あなたの人生そのものが招きとなります。

7. 手紙全体を貫く五つの流れ

エティエンヌ牧師は導入部の締めくくりとして、この手紙全体の構成を示します。これが今後毎週このシリーズを導いていく流れです。

  • 教会は生ける真実な神の民であるゆえに(テトス 1:1-4)…
  • …主に断固として結びついた指導者たちによって導かれる必要があり(テトス 1:5-9)…
  • …その指導者たちは、御言葉を拒む者たちから教会を守り(テトス 1:10-16)…
  • …男性も女性も、若い人も年配の人も共に、主にふさわしく生きるよう教会を整え(テトス 2章)…
  • …律法によってではなく恵みによって変えられた教会は、人々の益のために主を輝かせ、置かれた場所で福音を守っていくのです(テトス 3章)。

覚えておきたいポイント

  • あなたは「本物であること」に渇いているが、何を基準に本物と言えるのか分からない世界に生きています。
  • 「本物らしさ」の本当の妨げは、あなたの心理ではなく、この世界を支配する嘘の父です(エフェソ 2:2、ヨハネ 8:44)。
  • その支配者に対して、パウロは「嘘をつかれない神」を示します(テトス 1:2)。この神は昔からずっと、あなたが本物として生きられるようにしたいと願ってこられました。
  • クリスチャンの偽善は、十字架を正しく理解していないか、外見によってずれを埋めようとすることから生まれます。
  • イエスは、きよめられ、良い行いに熱心な、ご自分に属する民を造るためにご自身を与えてくださいました(テトス 2:14)。
  • 教会は、神が世に自らを示すために選ばれた民です。あなたの変えられた人生そのものが招きとなります。

あなたへの適用

  • あなたの人生のどこで、神の基準ではないもので「本物らしさ」を求めていますか。
  • 友人が「本物らしさ」の名のもとに道を誤っているのを見るとき、あなたは彼らのために悲しんでいますか、それとも怒っていますか。
  • 自分の人生がまだそこに至っていないと感じて、外見を取り繕っている領域はありませんか。
  • 十字架が語る、神があなたの醜さを知っていてもなお愛しておられるという事実を、本当に受け止めていますか。
  • あなたの教会は、嘘をつかれない神を映す窓になっていますか、それとも自分を安心させ合うクリスチャンたちの窓になっていますか。

メッセージで引用された聖句

よくある質問

パウロはなぜテトスに手紙を書いたのですか。それが今日のあなたにどう関係するのですか。

テトスはパウロの同労者で、クレタ島に残されて生まれたばかりの教会を整える働きをしていました。パウロは1世紀にこの手紙を書きましたが、最後は複数形の挨拶で締めくくっています。「恵みが、あなたがた全員とともにあるように」(テトス 3:15)。使徒は、この手紙が教会全体に読まれることを想定していました。二千年たった今も、神はあなたにこれを聞いてほしいと願っておられます。なぜなら、そこに書かれたクリスチャンの「本物らしさ」についての真理は、今もあなたにとって真実だからです。

あなたの「本物らしさ」への探求が神から来ているのか、それとも嘘の父から来ているのか、どう見分ければよいのですか。

問うべきは「自分は内側で何を感じているか」ではなく、「自分は何のために造られたのか」です。嘘の父は、自分自身で自分の真理を定義するようあなたに提案します。嘘をつかれない神は、あなたが何者として造られたのかを明らかにしてくださいます。一つのしるしがあります。前者は解放を約束しながら後悔をもたらし、後者は自分自身に死ぬことを求めながら、他者の益のために輝く変えられた人生をもたらすのです。

実際よりも信仰の強いクリスチャンであるかのようにふるまっている自分に気づいたとき、どうすればよいですか。

十字架に立ち返ってください。もしあなたが霊的な自分の姿を取り繕っているなら、それはおそらく、ありのままの自分を見られることを恐れているからです。しかし、イエスはあなたの醜さを十字架の上で引き受けてくださいました。もう何も隠す必要はありません。外見を整えるのではなく、本当に自分を変えていただくよう主に求めてください。テトス 2:14によれば、主はきよめられ、良い行いに熱心な民を造るためにご自身を与えてくださいました。そして良い行いは、常にきよめの後に来るものであり、その前に来るのではありません。

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