「あなたはわたしの愛する子」:あなたに語られる父の声

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はじめに

聖書には、あなたが一番起き上がりたくないと感じる朝にさえ、深く心に届く言葉があります。それは、父が天の高みから、声高らかに、ヨルダン川のほとりで御子イエスの上に語られた言葉です。「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ。」(ルカ3:21〜22)

この日曜日の説教は、このイエスの洗礼の場面から始まりました。天が開き、聖霊が鳩の形で下り、そして父の声が響きます。わずか三節の中に、三位一体のお三方がともにおられる姿を見ることができ、神がどれほど身を低くして、あなたのいるところまで来てくださったかを知ることができるのです。

説教者は、抽象的な教理を説くつもりはありませんでした。彼が望んだのは、あなたがシンプルな確信を胸に持ち帰ることでした。神は、遠くからあなたを愛するだけでは満足されなかった、ということです。神はあなたのところまで下って来られ、あなたにご自分の御霊を送り、そして今日もなお、あなたにこう言っておられます。「あなたはわたしの愛する子です。」

メッセージの構成

1. イエスは、あなたの代わりとなるために洗礼を受けられた

2. 聖霊が下られる:あなたは一人でやり遂げるようにはできていない

3. 父の声:あなたを励まし続けてくださる方

1. イエスは、あなたの代わりとなるために洗礼を受けられた

あなたが洗礼を受けたのは(あるいは、これから受けようと考えているのは)、自分の罪を認め、イエスがあなたの代わりに死なれたことを信じ、自分の信仰を公に告白したいと願ったからです。聖書における洗礼は、洗い流すべき何かがあり、告白すべき何かがあり、引き受けるべき新しいいのちがあることを前提としています。

それでは、なぜイエスご自身が洗礼を受けられるのでしょうか。イエスには、告白すべき罪など何一つありませんでした。バプテスマのヨハネは、イエスが来られるのを見て恐れ、それを思いとどまらせようとします。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたがわたしのところに来られるのですか」(マタイ3:14)。イエスの答えは、優しく、それでいて揺るぎないものでした。「今は受けさせてください。このように、正しいことをすべて実行するのは、わたしたちにふさわしいことです」(マタイ3:15)。

イエスは、ご自分のためにこの洗礼を必要とされたのではありません。イエスは、あなたのためにそれをお受けになったのです。洗い清められる必要のあるあなたの代わりに、その場所に立たれたのです。イエスは、あなたの混乱の上に清らかな神として距離を置いたままでいることを望まれませんでした。ヨルダン川の水の中、ヨハネのもとに来ていた罪人たちの真ん中に下って行かれたのは、ご自分がどこまで行く覚悟でいるかを示すためでした。イエスは十字架にまで行かれます。あなたに代わってあなたの罪を負い、三日目によみがえって、永遠のいのちへの道をあなたに開いてくださるのです。

よく見てください。イエスのへりくだりは、単なるスローガンではありません。それは、あなたとともにいるために、本来知る必要のなかった水の中に入って行った一人の人間の姿です。たとえあなたが自分自身に疲れていても、たとえ時には消えてしまいたいと思うことがあっても、神はあなたを愛しておられ、その愛のゆえに御子は、ご自分が救いに来られたその人々の中に数えられることを受け入れられたのです。

2. 聖霊が下られる:あなたは一人でやり遂げるようにはできていない

イエスが洗礼を受けた後、祈っておられたそのとき、「天が開け、聖霊が鳩のような姿をして、イエスの上に下られた」(ルカ3:22)。この細部は、単なる飾りではありません。それは、あなた自身をどう理解すべきかを変えるものです。

神の御子であるイエスは、ご自分の神としての力に頼ってではなく、聖霊の導きと力を受け取ることによって、公の働きに入って行かれます。それに続く三年半の間、イエスは、この油注ぎのもとで教え、癒やし、十字架へと歩んで行かれます。イエスご自身でさえ、御霊なしに仕えることを望まれなかったのです。

それなら、あなたは何者だと思って、自分の腕力だけでクリスチャン生活を送れると信じているのでしょうか。洗礼は、あなたの歩みを完成させるものではなく、それを開くものです。そこから先は、毎日、御霊に心を開き、自分を満たしてくださるよう願い、導かれるままに自分を委ねなければならないのです。

イエスご自身が、ほとんど挑発的とも言える言葉で、この御霊をあなたに約束しておられます。「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。……このように、悪い者であるあなたがたでも、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのなら、天の父は、なおのこと、求める者たちに聖霊を与えてくださらないことがあるでしょうか」(ルカ11:9〜13)。

御霊を受けるのに、自分にはその資格がないなどと感じる必要はありません。神があなたに御霊を与えてくださるのは、あなたが強いからではなく、神が良い父であられるからです。思い切って、確信を持って求めてください。神があなたを通して、あなたの家庭で、職場で、地域で、学校で働いてくださることを、思い切って委ねてください。あなたが実らせる実は、決してあなた一人によるものではありません。それは、あなたのうちに生きておられる御霊によるものなのです。

3. 父の声:あなたを励まし続けてくださる方

それから、父の声が聞こえてきます。「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ。」(ルカ3:22)

この声は、イエスの生涯の重要な瞬間にも、繰り返し聞こえてきます。山上の変貌のときには、「これはわたしの選んだ子。彼の言うことを聞きなさい」(ルカ9:35)。ゲツセマネでは、「わたしの願いではなく、あなたのみこころがなりますように」と祈られたとき、「御使いが天から現れて、イエスを力づけた」(ルカ22:42〜43)とあります。父は、御子を励まし続けることをやめられないのです。

そして神は、あなたのことも励ましてくださいます。あなたが打ちのめされていると感じるとき、自分自身への評価が厳しくなるとき、黙り込みたい、あるいは消えてしまいたいと思うとき、それでも神は、あなたについてこう言い続けておられます。「あなたはわたしの愛する子です。」神がそう言われるのは、あなたがより優れた成果を上げるようになったからではありません。あなたがイエスにあって神のものだからこそ、そう言われるのです。

けれども、ただ一度だけ、御子がこの励ましを求めながらも、それを受け取れなかったときがあります。十字架の上で、イエスはこう叫ばれました。「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」、すなわち「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マルコ15:34)。この叫びを、失敗として読む人もいます。しかし、それはまったくの逆なのです。これは、イエスが最後まであなたの罪を負い続けたことの証拠であり、父が目をそらされたただ一度のその瞬間こそ、御子が、あなたが受けるべきさばきを、あなたに代わって受けておられたからなのです。

今日、イエスがあなたの代わりにこの見捨てられることを通り抜けてくださったからこそ、あなたはもうそれを恐れる必要がありません。あなたの上には、今も父の声が響き続けています。「あなたはわたしの愛する子です。」

覚えておきたいポイント

  • イエスは、悔い改めの洗礼を必要とはされませんでした。イエスがそれを受けられたのは、あなたの代わりとなるためです。
  • イエスの洗礼は、働いておられる三位一体を明らかにしています。祈る御子、下られる御霊、語られる父です。
  • イエスご自身でさえ、聖霊の導きのもとで仕えられました。あなたも、一人で信仰生活を送るようにはできていないのです。
  • 天の父は、求める者たちに御霊を与えてくださいます。思い切って大胆に求めてください。
  • 「あなたはわたしの愛する子です」と語りかけるこの声は、あなた自身の自己評価に打ち勝つものです。

個人への適用

  1. あなたの洗礼について、今どのような状態にありますか。すでに受けましたか、それとも、それを求めることを何かがためらわせていますか。
  2. あなたはどの分野で、聖霊に求めることなく、まだ一人で持ちこたえようとしていますか。
  3. もし今朝、神が本当にあなたを喜んでおられると信じるなら、あなたの一週間はどのようなものになるでしょうか。
  4. あなたの周りにいる誰かが、父が自分を愛する子として見てくださっていることを聞く必要がありますか。
  5. 十字架のことを考えるとき、あなたはそれを愛の証しとして感じますか、それとも遠い出来事として感じますか。もし今日それを真剣に受け止めるなら、あなたは何をするでしょうか。

引用聖句

FAQ

罪のないイエスが、なぜ洗礼を受けられたのですか。

イエスには告白すべきものは何一つありませんでしたが、ご自分が救いに来られた罪人たちの側に、公に立つことを望まれました。イエスの洗礼は、その公の働きの始まりを告げるとともに、すでに十字架を指し示しています。そこでイエスは、最後まであなたの代わりとなってくださるのです。

イエスの洗礼は、本当に三位一体を証明しているのですか。

「三位一体」という言葉自体は、この箇所には出てきません。しかし、神の三つの人格がともにそこにおられます。祈る御子、鳩の形で下られる聖霊、そして天から語られる父です。これは、この点について新約聖書の中で最も明確な箇所の一つです。

今日、どうすれば聖霊を受けることができますか。

イエスはシンプルに約束してくださいました。求めなさい、捜しなさい、たたきなさい(ルカ11:9〜13)。御霊に心を開き、自分の弱さを率直に打ち明け、あなたの一日、仕事、人間関係の中で、あなたを満たし、導いてくださることを信頼してください。父は、求める者に御霊を与えることを喜びとしておられます。

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