聖書の人物 十字架上の強盗

生涯、名前の意味、人生の教訓

要約

十字架上の強盗は、ゴルゴタでイエスとともに十字架につけられた二人の犯罪人の一人です。もう一人がイエスをののしる中、彼はそれをたしなめ、自分たちは行いの報いを受けているが、この方は何も悪いことをしていないと語りました。そしてイエスが御国に入られるとき、自分を思い出してくださいと願います。イエスは、今日わたしとともにパラダイスにいますとお答えになりました。死刑囚が最期の時に、何の行いもなく救われた姿は、信仰だけによる恵みの救いの象徴となっています。

十字架上の強盗という名前の意味

聖書は彼の名を記していません。ルカは「犯罪人」、マタイとマルコは「強盗」と呼んでいます。彼が悔い改めたことから、伝統的に「善い強盗」と呼ばれます。ディスマスという名は聖書の外の後世の伝承に由来し、聖書本文にはありません。

十字架上の強盗の生涯

  1. イエスとともに十字架へ

    ルカの福音書23章32-34節

    二人の犯罪人がイエスとともに処刑場へ引かれて行きました。どくろと呼ばれる場所で、一人は右に、一人は左に十字架につけられます。イエスは聖書が告げたとおり、犯罪人の中の一人として死なれました。その間にイエスは、父よ、彼らをお赦しください、自分が何をしているのかわからないのですと祈られました。

  2. 最初はののしる側にいた

    マタイの福音書27章44節

    マタイは、二人の強盗も通行人や宗教指導者たちと同じようにイエスをののしったと記します。つまりこの強盗は、初めから信仰を持っていたのではありません。心の変化が起きたのは、十字架の上で苦しみの時間を過ごし、隣で苦しみながら祈るイエスを見ているうちでした。

  3. 神を恐れないのか

    ルカの福音書23章39-41節

    犯罪人の一人はイエスをののしり、おまえはキリストではないか、自分と私たちを救えと言いました。もう一人は彼をたしなめ、同じ刑罰を受けていながら神を恐れないのかと言います。自分たちは当然の報いを受けているが、この方は何も悪いことをしていない。神への恐れ、罪の告白、イエスの無実の告白がそろっています。

  4. 私を思い出してください

    ルカの福音書23章42節

    彼はイエスに向かい、あなたが御国に入られるときには私を思い出してくださいと願いました。死にかけた囚人の姿の中に、やがて王として来られる方を見たのです。救い出すことも、いのちを延ばすことも求めず、ただ思い出してほしいと願いました。何も差し出せない、純粋な信仰の祈りです。

  5. 今日パラダイスに

    ルカの福音書23章43節

    イエスは、まことに、あなたに言います、あなたは今日わたしとともにパラダイスにいますと答えられました。明日でも、清めの後でもなく、今日。ひとりではなく、イエスとともに。数時間後、この犯罪人は救われて世を去りました。バプテスマも行いもなく、隣で流された血の恵みを最初に受けた者となりました。

十字架上の強盗から学ぶこと

  • イエスに立ち返るのに遅すぎることはありません。この犯罪人は人生の最後の時間に救われました。
  • 救いは信仰だけによって与えられます。強盗は行いもバプテスマも果たせませんでしたが、イエスは彼を受け入れられました。
  • 本当の悔い改めは、自分への刑罰が正しいこと、そしてイエスは何も悪いことをしていないことを認めることから始まります。
  • イエスは、ご自分に属する者に、死の直後からの臨在を約束されます。自分の終わりを恐れずに迎えることができます。

鍵となる聖句

ルカの福音書23章42節

強盗の祈りはほんの数語です。イエスが王として来られるとき、思い出してほしいと願うだけでした。彼の信仰は、十字架の恥の下に隠された王の姿を見抜いていました。

ルカの福音書23章43節

イエスの答えはすぐで確かです。今日、わたしとともに、パラダイスに。信じる者が死の時から何を迎えるかについて、福音が語る最も明確な約束です。

ルカの福音書23章41節

この犯罪人の告白は悔い改めの模範です。言い訳をせず自分の刑の正しさを認め、イエスをののしる人々の前でその無実を宣言しました。

十字架上の強盗についての説教

よくある質問

聖書の十字架上の強盗とは誰ですか?

イエスとともに十字架につけられた二人の犯罪人の一人です。もう一人がイエスをののしる中、彼は自分の罪とイエスの無実を認め、御国でイエスに思い出してほしいと願いました。イエスは、今日わたしとともにパラダイスにいますと約束されました(ルカの福音書23章39-43節)。

十字架上の強盗の名前はディスマスですか?

ディスマスという名は聖書にはありません。聖書の正典の外にある後世の文書が、二人の十字架につけられた人に名前をつけようとして生まれたものです。福音書は彼を無名のままにしており、ルカは犯罪人、マタイとマルコは強盗と呼びます。誰の物語でもありうるからこそ、この話は強く響きます。

十字架上の強盗の記事は聖書のどこにありますか?

イエスとの対話はルカの福音書23章39-43節にだけあります。マタイの福音書27章38-44節とマルコの福音書15章27-32節は、イエスとともに十字架につけられた二人の強盗がイエスをののしったことを記しており、強盗の悔い改めが十字架の上で過ごした時間の中で生まれたことを示しています。

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