聖書 — 口語訳 (1955)

ヘブル人への手紙 6

概要

ヘブル人への手紙6章は、信者に、同じ土台を何度も据え直すのではなく、成熟に向かって進むよう招きます。続いて著者は、神の賜物を味わったのちに堕落する人々への重い警告を置き、そのあと読者を安心させます。神はあなたがたの働きも愛も忘れられないのです。著者は、神が誓いをもって保証された約束を受けたアブラハムのように、忍耐して歩むよう励まします。章は、イエスが入られたところに固定された、たましいの錨としての望みの姿で終わります。

この章の4つの区分

  1. 1-3節基礎から離れて、成熟を目指して進む
  2. 4-8節重い警告:実を結ぶ土地と、いばらの土地
  3. 9-12節より良いこと:神はあなたがたの働きと愛を忘れられない
  4. 13-20節誓いによって保証された約束:たましいの錨である望み

1そういうわけだから、わたしたちは、キリストの教の初歩をあとにして、完成を目ざして進もうではないか。今さら、死んだ行いの悔改めと神への信仰、

2洗いごとについての教と按手、死人の復活と永遠のさばき、などの基本の教をくりかえし学ぶことをやめようではないか。

3神の許しを得て、そうすることにしよう。

4いったん、光を受けて天よりの賜物を味わい、聖霊にあずかる者となり、

5また、神の良きみ言葉と、きたるべき世の力とを味わった者たちが、

6そののち堕落した場合には、またもや神の御子を、自ら十字架につけて、さらしものにするわけであるから、ふたたび悔改めにたち帰ることは不可能である。

7たとえば、土地が、その上にたびたび降る雨を吸い込んで、耕す人々に役立つ作物を育てるなら、神の祝福にあずかる。

8しかし、いばらやあざみをはえさせるなら、それは無用になり、やがてのろわれ、ついには焼かれてしまう。

9しかし、愛する者たちよ。こうは言うものの、わたしたちは、救にかかわる更に良いことがあるのを、あなたがたについて確信している。

10神は不義なかたではないから、あなたがたの働きや、あなたがたがかつて聖徒に仕え、今もなお仕えて、御名のために示してくれた愛を、お忘れになることはない。

11わたしたちは、あなたがたがひとり残らず、最後まで望みを持ちつづけるためにも、同じ熱意を示し、

12怠ることがなく、信仰と忍耐とをもって約束のものを受け継ぐ人々に見習う者となるように、と願ってやまない。

13さて、神がアブラハムに対して約束されたとき、さして誓うのに、ご自分よりも上のものがないので、ご自分をさして誓って、

14「わたしは、必ずあなたを祝福し、必ずあなたの子孫をふやす」と言われた。

15このようにして、アブラハムは忍耐強く待ったので、約束のものを得たのである。

16いったい、人間は自分より上のものをさして誓うのであり、そして、その誓いはすべての反対論を封じる保証となるのである。

17そこで、神は、約束のものを受け継ぐ人々に、ご計画の不変であることを、いっそうはっきり示そうと思われ、誓いによって保証されたのである。

18それは、偽ることのあり得ない神に立てられた二つの不変の事がらによって、前におかれている望みを捕えようとして世をのがれてきたわたしたちが、力強い励ましを受けるためである。

19この望みは、わたしたちにとって、いわば、たましいを安全にし不動にする錨であり、かつ「幕の内」にはいり行かせるものである。

20その幕の内に、イエスは、永遠にメルキゼデクに等しい大祭司として、わたしたちのためにさきがけとなって、はいられたのである。

鍵となる聖句

4-6節
いったん、光を受けて天よりの賜物を味わい、聖霊にあずかる者となり、 また、神の良きみ言葉と、きたるべき世の力とを味わった者たちが、 そののち堕落した場合には、またもや神の御子を、自ら十字架につけて、さらしものにするわけであるから、ふたたび悔改めにたち帰ることは不可能である。

難しい箇所で、理解は分かれています。救いを失う現実の危険を見る人もいれば、本当には信じていなかった人々のことだと説明する人もいます。いずれにしても、文脈は9節で読者を安心させています。

10節
神は不義なかたではないから、あなたがたの働きや、あなたがたがかつて聖徒に仕え、今もなお仕えて、御名のために示してくれた愛を、お忘れになることはない。

神は不義なかたではありません。御名のために示された奉仕も愛も忘れられません。この節は、仕えることに疲れた人を励まします。

18節
それは、偽ることのあり得ない神に立てられた二つの不変の事がらによって、前におかれている望みを捕えようとして世をのがれてきたわたしたちが、力強い励ましを受けるためである。

神の約束と誓いという二つの不変の事がらが、神のもとに逃れてきた人々に力強い励ましを与えます。

19-20節
この望みは、わたしたちにとって、いわば、たましいを安全にし不動にする錨であり、かつ「幕の内」にはいり行かせるものである。 その幕の内に、イエスは、永遠にメルキゼデクに等しい大祭司として、わたしたちのためにさきがけとなって、はいられたのである。

望みは、幕の内にまで入る錨にたとえられます。そこは、イエスがさきがけとして入られた聖所です。私たちの安全は天に固定されています。

説教が語っていること

ヘブル人への手紙6章についてよくある質問

ヘブル人への手紙6章4節から6節は何を意味しますか。救いを失うことはあるのでしょうか。

本文は、光を受け、天の賜物を味わったのちに堕落した人々について語り、彼らをもう一度新たにすることは不可能だと言います。キリスト教の伝統によって見方は分かれ、真の背教の危険を見る立場もあれば、真の信仰を持たない人々の描写と見る立場もあります。しかし著者は9節で、読者についてはより良いことを確信していると述べています。

ヘブル人への手紙6章19節の、たましいの錨とはどういう意味ですか。

著者は、望みを、嵐の中でたましいをつなぎとめる安全で堅固な錨にたとえています。この錨は地上に固定されているのではなく、幕の内にまで入っています。そこは、イエスが大祭司として入られたところです。ですから、信じる者の望みは、神の約束とキリストのみわざの上に立っているのです。

ヘブル人への手紙6章の主なメッセージは何ですか。

この章は、信者が立ち止まらずに成長すること、奉仕と愛を忍耐して続けること、そして誓いによって保証された神の約束に頼ることを励ましています。アブラハムの例は、信仰における忍耐が約束の成就へと導くことを示しています。

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