聖書 — 口語訳 (1955)

マタイによる福音書 25

概要

マタイによる福音書25章には、イエスの再臨を待つことについての三つの教えが集められています。十人のおとめのたとえは、あかりに油を用意して備えているよう招きます。タラントのたとえは、神がそれぞれの能力に応じて財産を預け、それを増やすことを期待され、やがて決算をなさることを示します。裁きの場面では、人の子が羊とやぎを分けます。最も小さい者たちを通して、イエスに仕えたかどうかによってです。目をさましていること、忠実であること、具体的に愛すること。この章は、どのように待つべきかを語っています。

この章の3つの区分

  1. 1-13節十人のおとめ:花婿の到着に備える
  2. 14-30節タラント:預けられたものに忠実である
  3. 31-46節羊とやぎ:最も小さい者たちを通してキリストに仕える

1そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出て行くのに似ている。

2その中の五人は思慮が浅く、五人は思慮深い者であった。

3思慮の浅い者たちは、あかりは持っていたが、油を用意していなかった。

4しかし、思慮深い者たちは、自分たちのあかりと一緒に、入れものの中に油を用意していた。

5花婿の来るのがおくれたので、彼らはみな居眠りをして、寝てしまった。

6夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。

7そのとき、おとめたちはみな起きて、それぞれあかりを整えた。

8ところが、思慮の浅い女たちが、思慮深い女たちに言った、『あなたがたの油をわたしたちにわけてください。わたしたちのあかりが消えかかっていますから』。

9すると、思慮深い女たちは答えて言った、『わたしたちとあなたがたとに足りるだけは、多分ないでしょう。店に行って、あなたがたの分をお買いになる方がよいでしょう』。

10彼らが買いに出ているうちに、花婿が着いた。そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸がしめられた。

11そのあとで、ほかのおとめたちもきて、『ご主人様、ご主人様、どうぞ、あけてください』と言った。

12しかし彼は答えて、『はっきり言うが、わたしはあなたがたを知らない』と言った。

13だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。

14また天国は、ある人が旅に出るとき、その僕どもを呼んで、自分の財産を預けるようなものである。

15すなわち、それぞれの能力に応じて、ある者には五タラント、ある者には二タラント、ある者には一タラントを与えて、旅に出た。

16五タラントを渡された者は、すぐに行って、それで商売をして、ほかに五タラントをもうけた。

17二タラントの者も同様にして、ほかに二タラントをもうけた。

18しかし、一タラントを渡された者は、行って地を掘り、主人の金を隠しておいた。

19だいぶ時がたってから、これらの僕の主人が帰ってきて、彼らと計算をしはじめた。

20すると五タラントを渡された者が進み出て、ほかの五タラントをさし出して言った、『ご主人様、あなたはわたしに五タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに五タラントをもうけました』。

21主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。

22二タラントの者も進み出て言った、『ご主人様、あなたはわたしに二タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに二タラントをもうけました』。

23主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。

24一タラントを渡された者も進み出て言った、『ご主人様、わたしはあなたが、まかない所から刈り、散らさない所から集める酷な人であることを承知していました。

25そこで恐ろしさのあまり、行って、あなたのタラントを地の中に隠しておきました。ごらんください。ここにあなたのお金がございます』。

26すると、主人は彼に答えて言った、『悪い怠惰な僕よ、あなたはわたしが、まかない所から刈り、散らさない所から集めることを知っているのか。

27それなら、わたしの金を銀行に預けておくべきであった。そうしたら、わたしは帰ってきて、利子と一緒にわたしの金を返してもらえたであろうに。

28さあ、そのタラントをこの者から取りあげて、十タラントを持っている者にやりなさい。

29おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。

30この役に立たない僕を外の暗い所に追い出すがよい。彼は、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう』。

31人の子が栄光の中にすべての御使たちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう。

32そして、すべての国民をその前に集めて、羊飼が羊とやぎとを分けるように、彼らをより分け、

33羊を右に、やぎを左におくであろう。

34そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。

35あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、

36裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』。

37そのとき、正しい者たちは答えて言うであろう、『主よ、いつ、わたしたちは、あなたが空腹であるのを見て食物をめぐみ、かわいているのを見て飲ませましたか。

38いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せましたか。

39また、いつあなたが病気をし、獄にいるのを見て、あなたの所に参りましたか』。

40すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』。

41それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使たちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。

42あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせず、かわいていたときに飲ませず、

43旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを尋ねてくれなかったからである』。

44そのとき、彼らもまた答えて言うであろう、『主よ、いつ、あなたが空腹であり、かわいておられ、旅人であり、裸であり、病気であり、獄におられたのを見て、わたしたちはお世話をしませんでしたか』。

45そのとき、彼は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』。

46そして彼らは永遠の刑罰を受け、正しい者は永遠の生命に入るであろう」。

鍵となる聖句

13節
だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。

おとめのたとえの結びであり、この章の中心的な呼びかけです。目をさましていなさい、ということです。日付を言い当てることではなく、神との生きた関係をもって備えて生きることです。イエスの再臨は、誰も知らない時に来るからです。

21節
主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。

忠実な僕は、小さなことに忠実であったことをほめられ、さらに多くを任されます。主人がまず見るのは成果ではなく忠実さです。二タラントの僕は、五タラントの僕と同じ賛辞を受けています。

25節
そこで恐ろしさのあまり、行って、あなたのタラントを地の中に隠しておきました。ごらんください。ここにあなたのお金がございます』。

三番目の僕は、何もしなかった理由を恐れだと言います。その答えは、彼が主人について誤った考えを抱いていたことを示しています。このたとえは、賜物を地に埋めるのではなく、神にゆだねるよう招いています。

40節
すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』。

イエスは、飢えた人、渇いた人、旅人、裸の人、病気の人、獄にいる人と、ご自身を重ねておられます。その人たちにしたことは、イエスにしたことです。最も小さい者がだれを指すかについては、解釈が分かれます。困窮している人すべてか、迫害されている信者かです。

この章に登場する人物

説教が語っていること

ともしびの油、目を覚ましなさい、夜はふけていますおとめのたとえにあらためて立ち返り、説教者はローマ人への手紙13章と黙示録3章を結びつけます。夜は更けているという言葉は、恐れへの呼びかけではなく、冷静に目をさますための呼びかけです。あかりの油を絶やさないよう勧めます。要約を読む →マモンに逆らって投資する:マタイ25章のタラント説教者は、タラントは才能ではなく、貨幣の単位であり、非常に大きな金額だと説明します。それぞれに合わせて額を決め、必要なものをすべて持たせて僕たちを送り出す、善い主人の姿を示します。要約を読む →神から託されたタラントを実らせる生き方チャールズ・ケイは、マタイによる福音書25章14節から30節を、時間、お金、能力、信仰といった、人生全体についての言葉として読みます。すべてはあなたに預けられており、あなたは決算をします。そして父の願いは、いつか主人からのねぎらいの言葉を聞くことです。要約を読む →羊と山羊:苦しむ人の中でイエス様に仕える説教者は、マタイによる福音書25章31節から46節に、王であり、裁き主であり、羊飼いであるイエスを見ます。実際的な愛を強調します。苦しむ人に仕えることで、イエスご自身に仕えるのです。そこには約束と警告があります。要約を読む →忠実な管理者として生きる(1)年末の黙想で、タラントのたとえをもとに、神を愛する人の生活とは具体的にどのようなものかという、素朴な問いを立てます。最初の戒めから出発して、忠実な管理者を描きます。要約を読む →

マタイによる福音書25章についてよくある質問

タラントのたとえはどういう意味ですか

マタイによる福音書25章14節から30節で、主人は旅に出る前に三人の僕に財産を預けます。二人はそれを増やし、三番目の僕は恐れのあまり自分の分を地に埋めます。イエスは、神がすべての人に賜物と責任を預けておられること、同じ結果ではなく忠実さを期待しておられること、そして再び来られるときに決算があることを教えておられます。

十人のおとめのたとえはどういう意味ですか

十人の若い女性が花婿を待っています。五人は油を用意し、五人は用意せず、婚宴に入れたのは前者だけでした。イエスは、その日その時を誰も知らないのだから、目をさましていなさいと結んでおられます。油は、最後の瞬間に他の人から借りることのできない、一人ひとりの霊的ないのちを表すと理解されることが多いです。

マタイによる福音書25章40節の最も小さい者とはだれですか

キリスト者の間でも意見は一致していません。困窮しているすべての人だと考える人もいれば、諸国民が迎え入れたか退けたかした、特に迫害されているイエスの弟子たちのことだと考える人もいます。どちらの場合も、この箇所は、食べさせ、迎え入れ、訪ねるという具体的な愛へと私たちを招いています。

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