聖書 — 口語訳 (1955)

ヨハネの第一の手紙 5

概要

ヨハネの第一の手紙5章は、手紙の主題をもう一度まとめて結ばれます。イエスがキリストであると信じる人は神から生まれた者であり、その信仰は世に勝ちます。ヨハネは、御子についての神のあかしを思い起こさせ、永遠のいのちは御子のうちにあると告げます。信じる者がそのいのちを持っていることを知るために書いたと言い、神の御旨に従って祈るよう励まし、最後に「偶像を避けなさい」という短い警告で手紙を閉じます。

この章の5つの区分

  1. 1-5節神から生まれた者:愛と従順、そして世に勝つ信仰
  2. 6-12節神のあかし:永遠のいのちは御子のうちにある
  3. 13-15節永遠のいのちを持っていることを悟らせるために
  4. 16-17節罪を犯している兄弟のために祈る
  5. 18-21節私たちが知っていること:守られ、神に属し、真実なかたのうちにある

1すべてイエスのキリストであることを信じる者は、神から生れた者である。すべて生んで下さったかたを愛する者は、そのかたから生れた者をも愛するのである。

2神を愛してその戒めを行えば、それによってわたしたちは、神の子たちを愛していることを知るのである。

3神を愛するとは、すなわち、その戒めを守ることである。そして、その戒めはむずかしいものではない。

4なぜなら、すべて神から生れた者は、世に勝つからである。そして、わたしたちの信仰こそ、世に勝たしめた勝利の力である。

5世に勝つ者はだれか。イエスを神の子と信じる者ではないか。

6このイエス・キリストは、水と血とをとおってこられたかたである。水によるだけではなく、水と血とによってこられたのである。そのあかしをするものは、御霊である。御霊は真理だからである。

7あかしをするものが、三つある。

8御霊と水と血とである。そして、この三つのものは一致する。

9わたしたちは人間のあかしを受けいれるが、しかし、神のあかしはさらにまさっている。神のあかしというのは、すなわち、御子について立てられたあかしである。

10神の子を信じる者は、自分のうちにこのあかしを持っている。神を信じない者は、神を偽り者とする。神が御子についてあかしせられたそのあかしを、信じていないからである。

11そのあかしとは、神が永遠のいのちをわたしたちに賜わり、かつ、そのいのちが御子のうちにあるということである。

12御子を持つ者はいのちを持ち、神の御子を持たない者はいのちを持っていない。

13これらのことをあなたがたに書きおくったのは、神の子の御名を信じるあなたがたに、永遠のいのちを持っていることを、悟らせるためである。

14わたしたちが神に対していだいている確信は、こうである。すなわち、わたしたちが何事でも神の御旨に従って願い求めるなら、神はそれを聞きいれて下さるということである。

15そして、わたしたちが願い求めることは、なんでも聞きいれて下さるとわかれば、神に願い求めたことはすでにかなえられたことを、知るのである。

16もしだれかが死に至ることのない罪を犯している兄弟を見たら、神に願い求めなさい。そうすれば神は、死に至ることのない罪を犯している人々には、いのちを賜わるであろう。死に至る罪がある。これについては、願い求めよ、とは言わない。

17不義はすべて、罪である。しかし、死に至ることのない罪もある。

18すべて神から生れた者は罪を犯さないことを、わたしたちは知っている。神から生れたかたが彼を守っていて下さるので、悪しき者が手を触れるようなことはない。

19また、わたしたちは神から出た者であり、全世界は悪しき者の配下にあることを、知っている。

20さらに、神の子がきて、真実なかたを知る知力をわたしたちに授けて下さったことも、知っている。そして、わたしたちは、真実なかたにおり、御子イエス・キリストにおるのである。このかたは真実な神であり、永遠のいのちである。

21子たちよ。気をつけて、偶像を避けなさい。

鍵となる聖句

3節
神を愛するとは、すなわち、その戒めを守ることである。そして、その戒めはむずかしいものではない。

ヨハネは神を愛することを戒めを守ることと結びつけ、その戒めは「むずかしいものではない」と言います。ここでの従順は、愛する子どもの応答であって、奴隷の重荷ではありません。

4節
なぜなら、すべて神から生れた者は、世に勝つからである。そして、わたしたちの信仰こそ、世に勝たしめた勝利の力である。

世に対する勝利は、信仰者の努力ではなく、神の御子イエスへの信仰によるものとされます。ここでの世とは、神に逆らい、神から引き離そうとするものを指します。

11-13節
そのあかしとは、神が永遠のいのちをわたしたちに賜わり、かつ、そのいのちが御子のうちにあるということである。 御子を持つ者はいのちを持ち、神の御子を持たない者はいのちを持っていない。 これらのことをあなたがたに書きおくったのは、神の子の御名を信じるあなたがたに、永遠のいのちを持っていることを、悟らせるためである。

神のあかしとは、永遠のいのちが与えられていること、そしてそのいのちが御子のうちにあることです。ヨハネは、信じる者をためらいの中にとどめるためではなく、確信を持たせるために、はっきりとこの手紙を書きました。

14節
わたしたちが神に対していだいている確信は、こうである。すなわち、わたしたちが何事でも神の御旨に従って願い求めるなら、神はそれを聞きいれて下さるということである。

祈りの確信には条件があります。それは神の御旨に従って願うことです。祈りは望むものを手に入れる手段ではなく、神が望まれることに自分を合わせていくことです。

21節
子たちよ。気をつけて、偶像を避けなさい。

手紙は短い警告で閉じられます。「偶像を避けなさい」とは、まことの神に代わって心を占めようとするあらゆるものから身を守ることです。

説教が語っていること

ヨハネの第一の手紙5章についてよくある質問

「わたしたちの信仰こそ、世に勝たしめた勝利の力である」とはどういう意味ですか。

ヨハネは1ヨハネ5章4節から5節で、神から生まれた者はみな世に勝つこと、その勝利はイエスが神の子であるという信仰を通して得られることを説明しています。この箇所は戦いのない人生を約束するのではなく、キリストがすでに勝利しておられるので、キリストへの信頼が戦いの結末を決めると語っています。

永遠のいのちを持っていると確かに知ることはできますか。

1ヨハネ5章13節は、できると答えています。ヨハネは、神の子の御名を信じる人々が、永遠のいのちを持っていることを悟るために、この手紙を書きました。この確信は、気持ちや自分の努力ではなく、神のあかしに基づいています。いのちは与えられ、そのいのちは御子のうちにあります。

1ヨハネ5章16節の「死に至る罪」とはどういう意味ですか。

本文はどの罪を指すのかを明らかにしておらず、キリスト教の伝統の中でも解釈は分かれます。キリストを信じることを拒み続けること、背教、悔い改めのない重大な罪などです。はっきりしているのは、罪を犯している兄弟のために祈るようにという招きと、すべての不義は罪であるという注意です。

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