聖書 — 口語訳 (1955)

ルカによる福音書 3

概要

ルカによる福音書3章は、皇帝テベリオとポンテオ・ピラトの時代という、現実の世界に物語を置きます。そのとき、神の言葉が荒野でヨハネに臨みました。ヨハネは悔い改めを呼びかけて主の道を備え、何をすればよいのかと尋ねる群衆、取税人、兵士たちに具体的に答えます。続いてイエスが洗礼を受けられると、天が開け、御霊が降り、父が語られます。章の終わりは、アダムにまでさかのぼるイエスの系図です。

この章の5つの区分

  1. 1-6節神の言葉がヨハネに臨む:主の道を備える
  2. 7-14節悔い改めにふさわしい実:私たちは何をすればよいのか
  3. 15-20節ヨハネのあとに来る方、そしてヨハネの投獄
  4. 21-22節イエスの洗礼:御霊が降り、父が語られる
  5. 23-38節アダムにまでさかのぼるイエスの系図

1皇帝テベリオ在位の第十五年、ポンテオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟ピリポがイツリヤ・テラコニテ地方の領主、ルサニヤがアビレネの領主、

2アンナスとカヤパとが大祭司であったとき、神の言が荒野でザカリヤの子ヨハネに臨んだ。

3彼はヨルダンのほとりの全地方に行って、罪のゆるしを得させる悔改めのバプテスマを宣べ伝えた。

4それは、預言者イザヤの言葉の書に書いてあるとおりである。すなわち「荒野で呼ばわる者の声がする、『主の道を備えよ、その道筋をまっすぐにせよ』。

5すべての谷は埋められ、すべての山と丘とは、平らにされ、曲ったところはまっすぐに、わるい道はならされ、

6人はみな神の救を見るであろう」。

7さて、ヨハネは、彼からバプテスマを受けようとして出てきた群衆にむかって言った、「まむしの子らよ、迫ってきている神の怒りから、のがれられると、おまえたちにだれが教えたのか。

8だから、悔改めにふさわしい実を結べ。自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、心の中で思ってもみるな。おまえたちに言っておく。神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ。

9斧がすでに木の根もとに置かれている。だから、良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれるのだ」。

10そこで群衆が彼に、「それでは、わたしたちは何をすればよいのですか」と尋ねた。

11彼は答えて言った、「下着を二枚もっている者は、持たない者に分けてやりなさい。食物を持っている者も同様にしなさい」。

12取税人もバプテスマを受けにきて、彼に言った、「先生、わたしたちは何をすればよいのですか」。

13彼らに言った、「きまっているもの以上に取り立ててはいけない」。

14兵卒たちもたずねて言った、「では、わたしたちは何をすればよいのですか」。彼は言った、「人をおどかしたり、だまし取ったりしてはいけない。自分の給与で満足していなさい」。

15民衆は救主を待ち望んでいたので、みな心の中でヨハネのことを、もしかしたらこの人がそれではなかろうかと考えていた。

16そこでヨハネはみんなの者にむかって言った、「わたしは水でおまえたちにバプテスマを授けるが、わたしよりも力のあるかたが、おいでになる。わたしには、そのくつのひもを解く値うちもない。このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう。

17また、箕を手に持って、打ち場の麦をふるい分け、麦は倉に納め、からは消えない火で焼き捨てるであろう」。

18こうしてヨハネはほかにもなお、さまざまの勧めをして、民衆に教を説いた。

19ところで領主ヘロデは、兄弟の妻ヘロデヤのことで、また自分がしたあらゆる悪事について、ヨハネから非難されていたので、

20彼を獄に閉じ込めて、いろいろな悪事の上に、もう一つこの悪事を重ねた。

21さて、民衆がみなバプテスマを受けたとき、イエスもバプテスマを受けて祈っておられると、天が開けて、

22聖霊がはとのような姿をとってイエスの上に下り、そして天から声がした、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」。

23イエスが宣教をはじめられたのは、年およそ三十歳の時であって、人々の考えによれば、ヨセフの子であった。ヨセフはヘリの子、

24それから、さかのぼって、マタテ、レビ、メルキ、ヤンナイ、ヨセフ、

25マタテヤ、アモス、ナホム、エスリ、ナンガイ、

26マハテ、マタテヤ、シメイ、ヨセク、ヨダ、

27ヨハナン、レサ、ゾロバベル、サラテル、ネリ、

28メルキ、アデイ、コサム、エルマダム、エル、

29ヨシュア、エリエゼル、ヨリム、マタテ、レビ、

30シメオン、ユダ、ヨセフ、ヨナム、エリヤキム、

31メレヤ、メナ、マタタ、ナタン、ダビデ、

32エッサイ、オベデ、ボアズ、サラ、ナアソン、

33アミナダブ、アデミン、アルニ、エスロン、パレス、ユダ、

34ヤコブ、イサク、アブラハム、テラ、ナホル、

35セルグ、レウ、ペレグ、エベル、サラ、

36カイナン、アルパクサデ、セム、ノア、ラメク、

37メトセラ、エノク、ヤレデ、マハラレル、カイナン、

38エノス、セツ、アダム、そして神にいたる。

鍵となる聖句

8節
だから、悔改めにふさわしい実を結べ。自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、心の中で思ってもみるな。おまえたちに言っておく。神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ。

ヨハネは「悔改めにふさわしい実を結べ」と語り、先祖や宗教的な所属に頼ることを退けます。真の悔い改めは、その実、つまり変えられた生き方によってわかります。

10-14節
そこで群衆が彼に、「それでは、わたしたちは何をすればよいのですか」と尋ねた。 彼は答えて言った、「下着を二枚もっている者は、持たない者に分けてやりなさい。食物を持っている者も同様にしなさい」。 取税人もバプテスマを受けにきて、彼に言った、「先生、わたしたちは何をすればよいのですか」。 彼らに言った、「きまっているもの以上に取り立ててはいけない」。 兵卒たちもたずねて言った、「では、わたしたちは何をすればよいのですか」。彼は言った、「人をおどかしたり、だまし取ったりしてはいけない。自分の給与で満足していなさい」。

三つのグループが同じ問いを投げかけ、それぞれにふさわしい答えを受けます。分け与えること、定められた以上を取り立てないこと、力を濫用しないことです。悔い改めは、一人ひとりの具体的な生活に及びます。

16節
そこでヨハネはみんなの者にむかって言った、「わたしは水でおまえたちにバプテスマを授けるが、わたしよりも力のあるかたが、おいでになる。わたしには、そのくつのひもを解く値うちもない。このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう。

ヨハネは自分の立場をわきまえています。自分は水でバプテスマを授けるが、あとから来る方はもっと力があり、聖霊と火でバプテスマを授けると語ります。

21-22節
さて、民衆がみなバプテスマを受けたとき、イエスもバプテスマを受けて祈っておられると、天が開けて、 聖霊がはとのような姿をとってイエスの上に下り、そして天から声がした、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」。

祈られる御子、降られる御霊、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」と語られる父が、ここに一つになります。三位一体が最も明らかに現れる箇所の一つと考える人は少なくありません。

38節
エノス、セツ、アダム、そして神にいたる。

系図は、神の子アダムにまで至ります。ルカは、イエスをイスラエルだけでなく、すべての人類と結びつけています。

この章に登場する人物

説教が語っていること

ルカによる福音書3章についてよくある質問

なぜイエスは洗礼を受けられたのですか(ルカ3章21節)。

イエスには告白すべき罪はありませんでした。民とともに洗礼を受けることで、救いに来られた罪人と自らを重ね、公の働きを始められました。キリスト教の諸伝統は、この行為を近い意味で理解しています。へりくだり、父への従順、そして罪人の身代わりとなる十字架の予告です。

ルカによる福音書3章8節の「悔改めにふさわしい実」とは何ですか。

ヨハネが求めたのは、言葉や宗教的な所属だけでなく、本当に変えられた生き方です。何をすればよいのかと尋ねられると、持ち物を分け合うこと、仕事で誠実であること、権力を濫用しないことなど、具体的に答えています。悔い改めは心の中で始まり、行いに表れます。

ルカによる福音書3章のヨハネとはどんな人ですか。

ザカリヤの子ヨハネは、イエスの到来を備える預言者です。ヨルダン川の近くの荒野で、罪のゆるしを得させる悔い改めのバプテスマを宣べ伝えました。自分はイザヤが預言した声であると語り、自分のあとに来る方ははるかに偉大であると告げています。のちにヘロデに捕らえられます。

なぜルカはイエスの系図を記しているのですか。

マタイの系図がアブラハムから始まるのに対し、ルカの系図はイエスからアダムへとさかのぼります。それによってルカは、イエスがすべての人類に属する方であることを示しています。系図は「神の子」で終わり、人の起源を思い起こさせるとともに、続く、イエスが忠実に誘惑に勝たれる物語への備えとなっています。

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