聖書 — 口語訳 (1955)
創世記 50
概要
創世記50章は、創世記の締めくくりです。ヨセフは父ヤコブの死を嘆き、遺体に防腐処置をさせ、大きな行列とともにカナンに葬ります。エジプトに戻ると、兄弟たちはヨセフの復讐を恐れ、赦しを願いに来ます。ヨセフは彼らを安心させます。あなたがたが悪をたくらんだことを、神は良きに変えて、多くの民を救おうとされた、と。章は、百十歳でのヨセフの死と、自分の骨がいつか約束の地に携え上られるようにという願いで結ばれます。
この章の3つの区分
1ヨセフは父の顔に伏して泣き、口づけした。
2そしてヨセフは彼のしもべである医者たちに、父に薬を塗ることを命じたので、医者たちはイスラエルに薬を塗った。
3このために四十日を費した。薬を塗るにはこれほどの日数を要するのである。エジプトびとは七十日の間、彼のために泣いた。
4彼のために泣く日が過ぎて、ヨセフはパロの家の者に言った、「今もしわたしがあなたがたの前に恵みを得るなら、どうかパロに伝えてください。
5『わたしの父はわたしに誓わせて言いました「わたしはやがて死にます。カナンの地に、わたしが掘って置いた墓に葬ってください」。それで、どうかわたしを上って行かせ、父を葬らせてください。そうすれば、わたしはまた帰ってきます』」。
6パロは言った、「あなたの父があなたに誓わせたように上って行って彼を葬りなさい」。
7そこでヨセフは父を葬るために上って行った。彼と共に上った者はパロのもろもろの家来たち、パロの家の長老たち、エジプトの国のもろもろの長老たち、
8ヨセフの全家とその兄弟たち及びその父の家族であった。ただ子供と羊と牛はゴセンの地に残した。
9また戦車と騎兵も彼と共に上ったので、その行列はたいそう盛んであった。
10彼らはヨルダンの向こうのアタデの打ち場に行き着いて、そこで大いに嘆き、非常に悲しんだ。そしてヨセフは七日の間父のために嘆いた。
11その地の住民、カナンびとがアタデの打ち場の嘆きを見て、「これはエジプトびとの大いなる嘆きだ」と言ったので、その所の名はアベル・ミツライムと呼ばれた。これはヨルダンの向こうにある。
12ヤコブの子らは命じられたようにヤコブにおこなった。
13すなわちその子らは彼をカナンの地へ運んで行って、マクペラの畑のほら穴に葬った。このほら穴はマムレの東にあって、アブラハムがヘテびとエフロンから畑と共に買って、所有の墓地としたものである。
14ヨセフは父を葬った後、その兄弟たち及びすべて父を葬るために一緒に上った者と共にエジプトに帰った。
15ヨセフの兄弟たちは父の死んだのを見て言った、「ヨセフはことによるとわれわれを憎んで、われわれが彼にしたすべての悪に、仕返しするに違いない」。
16そこで彼らはことづけしてヨセフに言った、「あなたの父は死ぬ前に命じて言われました、
17『おまえたちはヨセフに言いなさい、「あなたの兄弟たちはあなたに悪をおこなったが、どうかそのとがと罪をゆるしてやってください」』。今どうかあなたの父の神に仕えるしもべらのとがをゆるしてください」。ヨセフはこの言葉を聞いて泣いた。
18やがて兄弟たちもきて、彼の前に伏して言った、「このとおり、わたしたちはあなたのしもべです」。
19ヨセフは彼らに言った、「恐れることはいりません。わたしが神に代ることができましょうか。
20あなたがたはわたしに対して悪をたくらんだが、神はそれを良きに変らせて、今日のように多くの民の命を救おうと計らわれました。
21それゆえ恐れることはいりません。わたしはあなたがたとあなたがたの子供たちを養いましょう」。彼は彼らを慰めて、親切に語った。
22このようにしてヨセフは父の家族と共にエジプトに住んだ。そしてヨセフは百十年生きながらえた。
23ヨセフはエフライムの三代の子孫を見た。マナセの子マキルの子らも生れてヨセフのひざの上に置かれた。
24ヨセフは兄弟たちに言った、「わたしはやがて死にます。神は必ずあなたがたを顧みて、この国から連れ出し、アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地に導き上られるでしょう」。
25さらにヨセフは、「神は必ずあなたがたを顧みられる。その時、あなたがたはわたしの骨をここから携え上りなさい」と言ってイスラエルの子らに誓わせた。
26こうしてヨセフは百十歳で死んだ。彼らはこれに薬を塗り、棺に納めて、エジプトに置いた。
鍵となる聖句
ヨセフは彼らに言った、「恐れることはいりません。わたしが神に代ることができましょうか。
ヨセフは兄弟たちの恐れに対して、神の代わりになることを拒んで答えます。彼は復讐を手放し、さばきを神に委ねます。
あなたがたはわたしに対して悪をたくらんだが、神はそれを良きに変らせて、今日のように多くの民の命を救おうと計らわれました。
この章の中心です。兄弟たちが悪をたくらんだことを、神は良きに変えられました。この節は悪が良かったと言っているのではなく、神が歴史の主であり、そこから良いことを生み出せると言っています。
それゆえ恐れることはいりません。わたしはあなたがたとあなたがたの子供たちを養いましょう」。彼は彼らを慰めて、親切に語った。
ヨセフは赦すだけにとどまりません。兄弟たちとその子供たちを養うと約束し、心に語りかけて彼らを慰めます。赦しは行いとなって表れます。
ヨセフは兄弟たちに言った、「わたしはやがて死にます。神は必ずあなたがたを顧みて、この国から連れ出し、アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地に導き上られるでしょう」。 さらにヨセフは、「神は必ずあなたがたを顧みられる。その時、あなたがたはわたしの骨をここから携え上りなさい」と言ってイスラエルの子らに誓わせた。
ヨセフは、神が必ず御自分の民を顧みてくださるという望みの中で死にます。彼は自分の骨をカナンに携え上るよう誓わせます。その信仰は、エジプトの先を見つめています。
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説教が語っていること
創世記50章についてよくある質問
創世記50章20節はどういう意味ですか。
ヨセフは兄弟たちに、あなたがたの計画は悪だったが、神はそれを良きに変えて、多くの民のいのちを救おうとされたと語ります。この節は彼らの罪を許し流すものではなく、神が悪を望まれたと言うものでもありません。神は主権者であり続け、他の人が害を与えようとしたことからも良いことを生み出すことができる、と語っているのです。
ヨセフは本当に兄弟たちを赦したのですか。
はい。彼は兄弟たちの願いを聞いて涙を流し、神の代わりになることを拒み、彼らを安心させ、その家族の必要を満たすと約束します。彼の赦しは、受けた悪をなかったことにするものではありません。復讐を手放し、具体的な行いとなり、心に語りかけることにまで及んでいます。
ヨセフはなぜ自分の骨を携え上るよう求めたのですか。
ヨセフは、エジプトがアブラハム、イサク、ヤコブに約束された地ではないことを知っています。そこでイスラエルの子らに、神が顧みてくださるときに自分の骨を携え上るよう誓わせます。これは信仰の行いです。たとえ異国で死んでも、彼は神の約束を信じているのです。
創世記 50を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。