聖書 — 口語訳 (1955)
民数記 12
概要
民数記12章で、ミリアムとアロンは兄弟モーセの妻のことで彼を非難し、さらに、主はわたしたちによっても語られたではないかと、彼の立場に異議を唱えます。神は二人を呼び出し、モーセは忠実なしもべであり、彼とは口と口とで語ると宣言されます。ミリアムは皮膚の病に打たれ、アロンは罪を認め、モーセは妹のために祈ります。七日間、宿営の外にいたあと、彼女は迎え入れられ、民は再び出発します。この章は、ねたみ、へりくだり、赦しについて語っています。
この章の4つの区分
1モーセはクシの女をめとっていたが、そのクシの女をめとったゆえをもって、ミリアムとアロンはモーセを非難した。
2彼らは言った、「主はただモーセによって語られるのか。われわれによっても語られるのではないのか」。主はこれを聞かれた。
3モーセはその人となり柔和なこと、地上のすべての人にまさっていた。
4そこで、主は突然モーセとアロン、およびミリアムにむかって「あなたがた三人、会見の幕屋に出てきなさい」と言われたので、彼ら三人は出てきたが、
5主は雲の柱のうちにあって下り、幕屋の入口に立って、アロンとミリアムを呼ばれた。彼らふたりが進み出ると、
6彼らに言われた、「あなたがたは、いま、わたしの言葉を聞きなさい。あなたがたのうちに、もし、預言者があるならば、主なるわたしは幻をもって、これにわたしを知らせ、また夢をもって、これと語るであろう。
7しかし、わたしのしもべモーセとは、そうではない。彼はわたしの全家に忠信なる者である。
8彼とは、わたしは口ずから語り、明らかに言って、なぞを使わない。彼はまた主の形を見るのである。なぜ、あなたがたはわたしのしもべモーセを恐れず非難するのか」。
9主は彼らにむかい怒りを発して去られた。
10雲が幕屋の上を離れ去った時、ミリアムは、重い皮膚病となり、その身は雪のように白くなった。アロンがふり返ってミリアムを見ると、彼女は重い皮膚病になっていた。
11そこで、アロンはモーセに言った、「ああ、わが主よ、わたしたちは愚かなことをして罪を犯しました。どうぞ、その罰をわたしたちに受けさせないでください。
12どうぞ彼女を母の胎から肉が半ば滅びうせて出る死人のようにしないでください」。
13その時モーセは主に呼ばわって言った、「ああ、神よ、どうぞ彼女をいやしてください」。
14主はモーセに言われた、「彼女の父が彼女の顔につばきしてさえ、彼女は七日のあいだ、恥じて身を隠すではないか。彼女を七日のあいだ、宿営の外で閉じこめておかなければならない。その後、連れもどしてもよい」。
15そこでミリアムは七日のあいだ、宿営の外で閉じこめられた。民はミリアムが連れもどされるまでは、道に進まなかった。
16その後、民はハゼロテを立って進み、パランの荒野に宿営した。
鍵となる聖句
彼らは言った、「主はただモーセによって語られるのか。われわれによっても語られるのではないのか」。主はこれを聞かれた。
モーセの結婚を口実にしながら、本当の問題はねたみでした。なぜ彼だけで、私たちではないのか、と。主はこれを聞かれたと記されており、神がことばを真剣に受け止められることがわかります。
モーセはその人となり柔和なこと、地上のすべての人にまさっていた。
語り手はモーセを、非常に柔和な人と描きます。彼は自分を弁護せず、神にお任せしました。この柔和さは弱さではなく、自分で自分を正当化することをやめる信頼です。
しかし、わたしのしもべモーセとは、そうではない。彼はわたしの全家に忠信なる者である。 彼とは、わたしは口ずから語り、明らかに言って、なぞを使わない。彼はまた主の形を見るのである。なぜ、あなたがたはわたしのしもべモーセを恐れず非難するのか」。
神は、モーセの務めを普通の預言者のそれと区別されます。モーセは神の家全体に忠実であり、神は謎によらず彼に語られます。ヘブル人への手紙は、このモーセの忠実さを取り上げることになります。
その時モーセは主に呼ばわって言った、「ああ、神よ、どうぞ彼女をいやしてください」。
妹に攻撃されたあと、モーセの祈りは短いものでした。どうか彼女をいやしてください、と。彼は仕返しではなく、とりなしを選びました。
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民数記12章についてよくある質問
民数記12章で、ミリアムとアロンはなぜモーセを非難するのですか
聖書はまずモーセが迎えた妻のことを挙げますが、2節で本音が見えます。二人はモーセの役割を分かち合いたいと思い、神は私たちによっても語られるのではないかと問います。多くの人はこれをねたみと見ており、聖書もこの主題を隠してはいません。
民数記12章3節は何を意味しますか
この節は、モーセは地上のだれよりもはるかに柔和な人だったと述べます。この柔和さは、気概がないという意味ではありません。モーセはパロに立ち向かいました。それは彼の反応に表れています。彼は自分を弁護せず、神が弁護してくださるのに任せました。
なぜ、アロンではなくミリアムが打たれるのですか
聖書は説明していません。1節でミリアムの名が先に挙げられており、彼女が批判を主導したことがうかがえます。アロンはそのあと、モーセの前で二人の罪を認めます。注解者たちはいくつかの見方を示しますが、物語が語る以上のことは言えません。
民数記 12を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。