聖書 — 口語訳 (1955)

民数記 11

概要

民数記11章は、荒野を進むイスラエルの苦しい一場面を語ります。民は不平を言い、エジプトを懐かしみ、肉を求めて泣きます。重荷に疲れ果てたモーセは、神に重荷を取り去ってほしいと訴えます。神は御霊を七十人の長老に分け与えて応え、さらに民にうずらを与えますが、民の欲望はさばきを招きます。この章は、不満足の危うさと、力尽きた僕に対する神のいつくしみ、そして民のすべてが御霊を受けることへの願いを示しています。

この章の5つの区分

  1. 1-9節つぶやき、主の火、そしてエジプトへの未練
  2. 10-15節民の重荷に押しつぶされるモーセ
  3. 16-25節神は御霊を七十人の長老に分け与えられる
  4. 26-30節エルダデとメダデ:御霊は囲いに収まらない
  5. 31-35節うずらと、欲望の墓

1さて、民は災難に会っている人のように、主の耳につぶやいた。主はこれを聞いて怒りを発せられ、主の火が彼らのうちに燃えあがって、宿営の端を焼いた。

2そこで民はモーセにむかって叫んだ。モーセが主に祈ったので、その火はしずまった。

3主の火が彼らのうちに燃えあがったことによって、その所の名はタベラと呼ばれた。

4また彼らのうちにいた多くの寄り集まりびとは欲心を起し、イスラエルの人々もまた再び泣いて言った、「ああ、肉が食べたい。

5われわれは思い起すが、エジプトでは、ただで、魚を食べた。きゅうりも、すいかも、にらも、たまねぎも、そして、にんにくも。

6しかし、いま、われわれの精根は尽きた。われわれの目の前には、このマナのほか何もない」。

7マナは、こえんどろの実のようで、色はブドラクの色のようであった。

8民は歩きまわって、これを集め、ひきうすでひき、または、うすでつき、かまで煮て、これをもちとした。その味は油菓子の味のようであった。

9夜、宿営の露がおりるとき、マナはそれと共に降った。

10モーセは、民が家ごとに、おのおのその天幕の入口で泣くのを聞いた。そこで主は激しく怒られ、またモーセは不快に思った。

11そして、モーセは主に言った、「あなたはなぜ、しもべに悪い仕打ちをされるのですか。どうしてわたしはあなたの前に恵みを得ないで、このすべての民の重荷を負わされるのですか。

12わたしがこのすべての民を、はらんだのですか。わたしがこれを生んだのですか。そうではないのに、あなたはなぜわたしに『養い親が乳児を抱くように、彼らをふところに抱いて、あなたが彼らの先祖たちに誓われた地に行け』と言われるのですか。

13わたしはどこから肉を獲て、このすべての民に与えることができましょうか。彼らは泣いて、『肉を食べさせよ』とわたしに言っているのです。

14わたしひとりでは、このすべての民を負うことができません。それはわたしには重過ぎます。

15もしわたしがあなたの前に恵みを得ますならば、わたしにこのような仕打ちをされるよりは、むしろ、ひと思いに殺し、このうえ苦しみに会わせないでください」。

16主はモーセに言われた、「イスラエルの長老たちのうち、民の長老となり、つかさとなるべきことを、あなたが知っている者七十人をわたしのもとに集め、会見の幕屋に連れてきて、そこにあなたと共に立たせなさい。

17わたしは下って、その所で、あなたと語り、またわたしはあなたの上にある霊を、彼らにも分け与えるであろう。彼らはあなたと共に、民の重荷を負い、あなたが、ただひとりで、それを負うことのないようにするであろう。

18あなたはまた民に言いなさい、『あなたがたは身を清めて、あすを待ちなさい。あなたがたは肉を食べることができるであろう。あなたがたが泣いて主の耳に、わたしたちは肉が食べたい。エジプトにいた時は良かったと言ったからである。それゆえ、主はあなたがたに肉を与えて食べさせられるであろう。

19あなたがたがそれを食べるのは、一日や二日や五日や十日や二十日ではなく、

20一か月に及び、ついにあなたがたの鼻から出るようになり、あなたがたは、それに飽き果てるであろう。それはあなたがたのうちにおられる主を軽んじて、その前に泣き、なぜ、わたしたちはエジプトから出てきたのだろうと言ったからである』」。

21モーセは言った、「わたしと共におる民は徒歩の男子だけでも六十万です。ところがあなたは、『わたしは彼らに肉を与えて一か月のあいだ食べさせよう』と言われます。

22羊と牛の群れを彼らのためにほふって、彼らを飽きさせるというのですか。海のすべての魚を彼らのために集めて、彼らを飽きさせるというのですか」。

23主はモーセに言われた、「主の手は短かろうか。あなたは、いま、わたしの言葉の成るかどうかを見るであろう」。

24この時モーセは出て、主の言葉を民に告げ、民の長老たち七十人を集めて、幕屋の周囲に立たせた。

25主は雲のうちにあって下り、モーセと語られ、モーセの上にある霊を、その七十人の長老たちにも分け与えられた。その霊が彼らの上にとどまった時、彼らは預言した。ただし、その後は重ねて預言しなかった。

26その時ふたりの者が、宿営にとどまっていたが、ひとりの名はエルダデと言い、ひとりの名はメダデといった。彼らの上にも霊がとどまった。彼らは名をしるされた者であったが、幕屋に行かなかったので、宿営のうちで預言した。

27時にひとりの若者が走ってきて、モーセに告げて言った、「エルダデとメダデとが宿営のうちで預言しています」。

28若い時からモーセの従者であったヌンの子ヨシュアは答えて言った、「わが主、モーセよ、彼らをさし止めてください」。

29モーセは彼に言った、「あなたは、わたしのためを思って、ねたみを起しているのか。主の民がみな預言者となり、主がその霊を彼らに与えられることは、願わしいことだ」。

30こうしてモーセはイスラエルの長老たちと共に、宿営に引きあげた。

31さて、主のもとから風が起り、海の向こうから、うずらを運んできて、これを宿営の近くに落した。その落ちた範囲は、宿営の周囲で、こちら側も、おおよそ一日の行程、あちら側も、おおよそ一日の行程、地面から高さおおよそ二キュビトであった。

32そこで民は立ち上がってその日は終日、その夜は終夜、またその次の日も終日、うずらを集めたが、集める事の最も少ない者も、十ホメルほど集めた。彼らはみな、それを宿営の周囲に広げておいた。

33その肉がなお、彼らの歯の間にあって食べつくさないうちに、主は民にむかって怒りを発し、主は非常に激しい疫病をもって民を撃たれた。

34これによって、その所の名はキブロテ・ハッタワと呼ばれた。欲心を起した民を、そこに埋めたからである。

35キブロテ・ハッタワから、民はハゼロテに進み、ハゼロテにとどまった。

鍵となる聖句

5-6節
われわれは思い起すが、エジプトでは、ただで、魚を食べた。きゅうりも、すいかも、にらも、たまねぎも、そして、にんにくも。 しかし、いま、われわれの精根は尽きた。われわれの目の前には、このマナのほか何もない」。

民は奴隷の苦しみを忘れ、エジプトの思い出として食べ物だけを覚えています。神が毎日与えてくださるマナが、イスラエルにとっては嫌悪の対象になりました。懐かしさが記憶をゆがめるのです。

14-15節
わたしひとりでは、このすべての民を負うことができません。それはわたしには重過ぎます。 もしわたしがあなたの前に恵みを得ますならば、わたしにこのような仕打ちをされるよりは、むしろ、ひと思いに殺し、このうえ苦しみに会わせないでください」。

モーセは自分の限界をありのままに神へ申し上げます。神はこの正直な祈りを責めず、助け手を与えてくださいます。僕はすべてを一人で負うように召されているのではないことを思い起こさせます。

17節
わたしは下って、その所で、あなたと語り、またわたしはあなたの上にある霊を、彼らにも分け与えるであろう。彼らはあなたと共に、民の重荷を負い、あなたが、ただひとりで、それを負うことのないようにするであろう。

神はモーセの上にある御霊を、七十人の長老に分け与えることを決められます。民の重荷は分かち合う責任となりました。これは教会での奉仕にとっても大切な原則です。

29節
モーセは彼に言った、「あなたは、わたしのためを思って、ねたみを起しているのか。主の民がみな預言者となり、主がその霊を彼らに与えられることは、願わしいことだ」。

ヨシュアがエルダデとメダデを止めようとしたとき、モーセは、民がみな預言者となることを願うと答えます。そこにねたみはなく、御霊がすべての人に注がれることを望んでいます。新約聖書は、これが成就するのを見ています。

33-34節
その肉がなお、彼らの歯の間にあって食べつくさないうちに、主は民にむかって怒りを発し、主は非常に激しい疫病をもって民を撃たれた。 これによって、その所の名はキブロテ・ハッタワと呼ばれた。欲心を起した民を、そこに埋めたからである。

肉がまだ歯の間にあるうちに、さばきが下ります。その場所はキブロテ・ハッタワ、欲望の墓と名づけられました。神の御心に逆らって求め、手に入れても、心は満たされません。

説教が語っていること

神が定められた秩序にとどまりなさい(1)章を順に追う講解です。つぶやく民、疲れ果てるモーセ、枠を守ろうとするヨシュア。神の秩序から外れる三つの道を示し、うずらを、欲望への警告として取り上げます。要約を読む →霊的権威か支配か:その境界線はどこにあるのかレホボト・イタリアは、モーセを、任せることができるほど確信を持った指導者の模範として語ります。神は支配するのではなく、重荷を分かち合うために、七十人の長老の上に御霊を置かれました。要約を読む →イエスに従うために支払うべき代価マル・ビアルタは、エジプトのきゅうりやにんにくを懐かしむヘブル人の姿に、神がすでに救い出してくださったのに後ろを振り返る弟子の姿を見ています。要約を読む →ホレブのエリヤ:神は打ち砕かれた心のもとに来られるエリヤはえにしだの木の下で打ちひしがれましたが、神に死を願った僕は彼だけではありません。モーセも15節で同じことをしました。疲れ果てることは神から遠ざけるのではなく、神に向き直るよう招いています。要約を読む →愛のうちを歩む:クリスチャン生活のGPSパトリック・サラフランクは、忍耐を説明するために15節のモーセの叫びを引用します。四十年にわたってつぶやき続ける民を前に、神ご自身がモーセに対して忍耐してくださったのです。要約を読む →

民数記11章についてよくある質問

民数記11章の中心的なメッセージは何ですか。

この章は、神の恵みを忘れてしまう不満足への警告です。イスラエルはマナに不平を言ってエジプトを懐かしみ、その欲望がさばきを招きました。同時に、神は御霊を七十人の長老に分け与えてモーセを支えられます。神は仕える者を顧みてくださることの証しです。

民数記11章のエルダデとメダデとは誰ですか。

長老として名を記されながら、幕屋に行かず宿営にとどまっていた二人の人です。御霊は彼らの上にもとどまり、二人は預言しました。ヨシュアは彼らを止めようとしますが、モーセは、主の民がみな預言者となることを願うと答えます(29節)。

神はなぜ、うずらのあとで民をさばかれたのですか。

神は肉を与えると約束されましたが、それは、民が自分たちの中におられる主を軽んじ、エジプトを懐かしんだからだと本文は説明しています(18〜20節)。さばきは、食べたことそのものではなく、欲望と、神の賜物を軽んじる心に下りました。

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口語訳(1955年)— パブリックドメイン。