聖書 — 口語訳 (1955)

箴言 25

概要

箴言25章は、ソロモンの作とされ、ヒゼキヤ王の人々が書き写した箴言集の始まりです。冒頭には有名な節があり、ものごとを隠すのは神の栄光、それを探り出すのは王たちの栄光だと語ります。続いて、権力者の前での生き方、秘密を裏切らずに争いを収めること、よい時に語ること、誠実さと忍耐についての助言が並びます。章は、敵への親切と、城壁のない町にたとえられる自制で結ばれます。

この章の4つの区分

  1. 1-7節神の栄光と王たちの栄光、王の前での振る舞い
  2. 8-14節争い、秘密、そして時にかなった言葉
  3. 15-20節人間関係における忍耐、節度、誠実さ
  4. 21-28節敵への親切と自制

1これらもまたソロモンの箴言であり、ユダの王ヒゼキヤに属する人々がこれを書き写した。

2事を隠すのは神の誉であり、事を窮めるのは王の誉である。

3天の高さと地の深さと、王たる者の心とは測ることができない。

4銀から、かなくそを除け、そうすれば、銀細工人が器を造る材料となる。

5王の前から悪しき者を除け、そうすれば、その位は正義によって堅く立つ。

6王の前で自ら高ぶってはならない、偉い人の場に立ってはならない。

7尊い人の前で下にさげられるよりは、「ここに上がれ」といわれるほうがましだ。

8あなたが目に見たことを、軽々しく法廷に出してはならない。あとになり、あなたが隣り人にはずかしめられるとき、あなたはどうしようとするのか。

9隣り人と争うことがあるならば、ただその人と争え、他人の秘密をもらしてはならない。

10そうでないと、聞く者があなたをいやしめ、あなたは、いつまでもそしられる。

11おりにかなって語る言葉は、銀の彫り物に金のりんごをはめたようだ。

12知恵をもって戒める者は、これをきく者の耳にとって、金の耳輪、精金の飾りのようだ。

13忠実な使者はこれをつかわす者にとって、刈入れの日に冷やかな雪があるようだ、よくその主人の心を喜ばせる。

14贈り物をすると偽って誇る人は、雨のない雲と風のようだ。

15忍耐をもって説けば君も言葉をいれる、柔らかな舌は骨を砕く。

16蜜を得たならば、ただ足るほどにこれを食べよ、おそらくは食べすごして、それを吐き出すであろう。

17隣り人の家に足をしげくしてはならない、おそらくは彼は煩わしくなって、あなたを憎むようになろう。

18隣り人に敵して偽りのあかしを立てる人は、こん棒、つるぎ、または鋭い矢のようだ。

19悩みに会うとき不信実な者を頼みにするのは、悪い歯、またはなえた足を頼みとするようなものだ。

20心の痛める人の前で歌をうたうのは、寒い日に着物を脱ぐようであり、また傷の上に酢をそそぐようだ。

21もしあなたのあだが飢えているならば、パンを与えて食べさせ、もしかわいているならば水を与えて飲ませよ。

22こうするのは、火を彼のこうべに積むのである、主はあなたに報いられる。

23北風は雨を起し、陰言をいう舌は人の顔を怒らす。

24争いを好む女と一緒に家におるよりは、屋根のすみにおるほうがよい。

25遠い国から来るよい消息は、かわいている人が飲む冷やかな水のようだ。

26正しい者が悪い者の前に屈服するのは、井戸が濁ったよう、また泉がよごれたようなものだ。

27蜜を多く食べるのはよくない、ほめる言葉は控え目にするがよい。

28自分の心を制しない人は、城壁のない破れた城のようだ。

鍵となる聖句

2節
事を隠すのは神の誉であり、事を窮めるのは王の誉である。

神は隠され、王、すなわち責任を負う者は、探り調べるよう召されています。この節は、表面をなぞるだけでなく深く掘り下げるよう促すもので、神がかくれんぼをしておられるという意味ではありません。

11節
おりにかなって語る言葉は、銀の彫り物に金のりんごをはめたようだ。

ふさわしい時に語られる正しい言葉は、宝飾品にたとえられています。その価値は、正しさと同じくらい、時にもよります。この箴言は、真実を語るだけでは足りず、ふさわしい時に語ることも必要だと教えています。

21-22節
もしあなたのあだが飢えているならば、パンを与えて食べさせ、もしかわいているならば水を与えて飲ませよ。 こうするのは、火を彼のこうべに積むのである、主はあなたに報いられる。

敵に食べ物と飲み物を与えることは、具体的な親切の行いです。燃える炭は、一般に、人を変わるように導きうる、救いに至る恥と理解されています。パウロはローマ12章でこの箇所を引いています。

28節
自分の心を制しない人は、城壁のない破れた城のようだ。

自分を制することのできない人は、あらゆる攻撃にさらされた町のようです。この箴言は、自制を束縛ではなく、守りとして語っています。

説教が語っていること

箴言25章についてよくある質問

箴言25章2節はどういう意味ですか

この節は、ものを隠すのは神の栄光、それを探り出すのは王たちの栄光だと語ります。神は一度にすべてを明かされるのではなく、私たちを、探し、考え、忍耐するよう招いておられます。責任ある立場にある人は、真剣に調べるよう召されています。多くの説教者は、これを試練にあてはめ、神がそこに教えを隠しておられることがあると語ります。

敵の頭に燃える炭火を積むとはどういう意味ですか

21節と22節は、敵に食べ物と水を与えて、よく扱うことを語っています。燃える炭の像は、復讐としてではなく、たいていは悔い改めに導きうる恥として理解されます。パウロはこの箇所をローマ12章で取り上げています。

箴言25章28節は自制について何と言っていますか

この節は、自分を制することのできない人を、破られて城壁のない町にたとえています。古代では、城壁が住民を守っていました。同じように、自制は、怒りや行き過ぎ、後悔する言葉から人を守ります。新約聖書は、自制を御霊の実のひとつに数えています。

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