聖書 — 口語訳 (1955)

イザヤ書 9

概要

イザヤ書9章は、希望で始まります。暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見、しいたげる者のくびきは折られます。預言者は、与えられたひとりの男の子を告げ、その名は、霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君と呼ばれ、その支配は限りがありません。後半は調子が変わり、エフライムの高ぶりへのさばき、分裂と暴力が描かれます。クリスチャンは、この章をクリスマスに、イエスを告げるものとして読みます。

この章の4つの区分

  1. 1-5節大いなる光としいたげの終わり
  2. 6-7節ひとりのみどりごが生まれた:平和の支配
  3. 8-12節イスラエルの高ぶりと、迫るさばき
  4. 13-21節神に帰らない民と、迷った指導者たち

1しかし、苦しみにあった地にも、やみがなくなる。さきにはゼブルンの地、ナフタリの地にはずかしめを与えられたが、後には海に至る道、ヨルダンの向こうの地、異邦人のガリラヤに光栄を与えられる。

2暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。

3あなたが国民を増し、その喜びを大きくされたので、彼らは刈入れ時に喜ぶように、獲物を分かつ時に楽しむように、あなたの前に喜んだ。

4これはあなたが彼らの負っているくびきと、その肩のつえと、しえたげる者のむちとを、ミデアンの日になされたように折られたからだ。

5すべて戦場で、歩兵のはいたくつと、血にまみれた衣とは、火の燃えくさとなって焼かれる。

6ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君」ととなえられる。

7そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、ダビデの位に座して、その国を治め、今より後、とこしえに公平と正義とをもって これを立て、これを保たれる。万軍の主の熱心がこれをなされるのである。

8主はひと言をヤコブにおくり、これをイスラエルの上にくだされる。

9すべてこの民、エフライムとサマリヤに住む者とは知るであろう。彼らは高ぶり、心おごって言う、

10「かわらがくずれても、われわれは切り石をもって建てよう。くわの木が切り倒されても、われわれは香柏をもってこれにかえよう」と。

11それゆえ、主は敵を起して彼らを攻めさせ、そのあだを奮い立たせられる。

12東にスリヤびとあり、西にペリシテびとあり、彼らは大口をあけてイスラエルを食い尽す。それでも主の怒りはやまず、なおも、そのみ手を伸ばされる。

13しかもなお、この民は自分たちを撃った者に帰らず、万軍の主を求めない。

14それゆえ、主はイスラエルから頭と尾と、しゅろの枝と葦とを一日のうちに断ち切られる。

15その頭とは、長老と尊き人、その尾とは、偽りを教える預言者である。

16この民を導く者は、これを迷わせ、彼らに導かれる者は、のみ尽される。

17それゆえ、主はその若き人々を喜ばれず、そのみなしごと寡婦とをあわれまれない。彼らはみな、不信仰であって、悪を行う者、すべての口は愚かな事を語るからである。それでも主の怒りはやまず、なおも、そのみ手を伸ばされる。

18悪は火のように燃え、いばらと、おどろとを食い尽し、茂りあう林を焼き、煙の柱となって巻きあがる。

19万軍の主の怒りによって地は焼け、その民は火の燃えくさのようになり、だれもその兄弟をあわれむ者がない。

20彼らは右手につかんでも、なお飢え、左手で食べても飽くことがない。おのおのその隣り人の肉を食う。

21マナセはエフライムを、エフライムはマナセを食い、彼らは共にユダを攻める。それでも主の怒りはやまず、なおも、そのみ手を伸ばされる。

鍵となる聖句

2節
暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。

「暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た」。マタイは、ここにゼブルンとナフタリの地、ガリラヤでのイエスの働きの告知を見ます。

6節
ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君」ととなえられる。

「ひとりのみどりごがわれわれのために生れた」。まつりごとはその肩にあり、その名は、知恵、力、永遠、平和を表します。クリスチャンはそこにイエスを見ます。

7節
そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、ダビデの位に座して、その国を治め、今より後、とこしえに公平と正義とをもって これを立て、これを保たれる。万軍の主の熱心がこれをなされるのである。

その支配は限りなく、公平と正義によって立てられます。本文は、これをなすのは人の努力ではなく、万軍の主の熱心であると明らかにしています。

13節
しかもなお、この民は自分たちを撃った者に帰らず、万軍の主を求めない。

民は、自分たちを撃った方に帰らず、主を求めません。告げられた光は、かたくなな心という現実と対照をなしています。

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説教が語っていること

イザヤ書9章についてよくある質問

「ひとりのみどりごがわれわれのために生れた」はどこにありますか。

口語訳では、この預言は6節にあります。預言者は、民に与えられ、支配をその肩に負うひとりの子を告げます。ユダヤ人とクリスチャンは同じように読むわけではありません。クリスチャンはそこにイエスを認め、その誕生がこのクリスマスの約束を成就したと見ます。

メシヤの名にはどんなものがありますか。

本文は、霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君という名を挙げます。それらは、その知恵、力、永遠、そして与える平和を表します。クリスマスに、イエスを告げるものとして読まれます。ただし、句読点のとり方により、四つの称号として読む人もいます。

イザヤ書9章の後半は何を語っていますか。

1節から7節の明るい告知のあとで、預言者は、自分たちはもっとよく建て直すと考えるエフライムとサマリヤの高ぶりを描き、神を求めない民に降りかかるさばきを語ります。この対照は、告げられた光の必要を際立たせます。それなしには、かたくなな心は暴力へと導くからです。

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