聖書 — 口語訳 (1955)
テモテへの第一の手紙 3
概要
テモテへの第一の手紙3章でパウロは、エペソの教会に仕えるテモテに、教会を導く人にはどのような人格が必要かを伝えます。まず監督(長老)、次に執事とその妻たち(訳によっては女性の執事)について述べます。ほとんどが人格に関することです。非難のない生き方、よく治められた家庭、外部の人からの良い評判。章の終わりでは、教会が神の家であり、真理の柱、真理の基礎であることを思い起こさせ、キリストを中心とする信心の奥義を要約します。
この章の3つの区分
1「もし人が監督の職を望むなら、それは良い仕事を願うことである」とは正しい言葉である。
2さて、監督は、非難のない人で、ひとりの妻の夫であり、自らを制し、慎み深く、礼儀正しく、旅人をもてなし、よく教えることができ、
3酒を好まず、乱暴でなく、寛容であって、人と争わず、金に淡泊で、
4自分の家をよく治め、謹厳であって、子供たちを従順な者に育てている人でなければならない。
5自分の家を治めることも心得ていない人が、どうして神の教会を預かることができようか。
6彼はまた、信者になって間もないものであってはならない。そうであると、高慢になって、悪魔と同じ審判を受けるかも知れない。
7さらにまた、教会外の人々にもよく思われている人でなければならない。そうでないと、そしりを受け、悪魔のわなにかかるであろう。
8それと同様に、執事も謹厳であって、二枚舌を使わず、大酒を飲まず、利をむさぼらず、
9きよい良心をもって、信仰の奥義を保っていなければならない。
10彼らはまず調べられて、不都合なことがなかったなら、それから執事の職につかすべきである。
11女たちも、同様に謹厳で、他人をそしらず、自らを制し、すべてのことに忠実でなければならない。
12執事はひとりの妻の夫であって、子供と自分の家とをよく治める者でなければならない。
13執事の職をよくつとめた者は、良い地位を得、さらにキリスト・イエスを信じる信仰による、大いなる確信を得るであろう。
14わたしは、あなたの所にすぐ行きたいと望みながら、この手紙を書いている。
15万一わたしが遅れる場合には、神の家でいかに生活すべきかを、あなたに知ってもらいたいからである。神の家というのは、生ける神の教会のことであって、それは真理の柱、真理の基礎なのである。
16確かに偉大なのは、この信心の奥義である、「キリストは肉において現れ、霊において義とせられ、御使たちに見られ、諸国民の間に伝えられ、世界の中で信じられ、栄光のうちに天に上げられた」。
鍵となる聖句
「もし人が監督の職を望むなら、それは良い仕事を願うことである」とは正しい言葉である。
指導する立場を望むことは悪いことではなく、パウロはそれを良い仕事と呼んでいます。続く節は、その願いを支えるにふさわしい人格が伴うべきだと述べているだけです。
さて、監督は、非難のない人で、ひとりの妻の夫であり、自らを制し、慎み深く、礼儀正しく、旅人をもてなし、よく教えることができ、
リストは「非難のない人」で始まります。挙げられた十数項目のうち、ほとんどが人格に関するもので、能力にあたるのは「よく教えることができる」ことだけです。
自分の家をよく治め、謹厳であって、子供たちを従順な者に育てている人でなければならない。 自分の家を治めることも心得ていない人が、どうして神の教会を預かることができようか。
家庭をどのように治めているかは、その人が教会をどう世話するかを示す手がかりです。これが家庭の状況にどう当てはまるかは、教会によって理解が異なります。
万一わたしが遅れる場合には、神の家でいかに生活すべきかを、あなたに知ってもらいたいからである。神の家というのは、生ける神の教会のことであって、それは真理の柱、真理の基礎なのである。
パウロはテモテに、生ける神の教会である神の家でどう生活すべきかを伝えます。教会は真理の柱、真理の基礎とされ、指導者の基準に重みを与えています。
説教が語っていること
テモテへの第一の手紙3章についてよくある質問
テモテへの第一の手紙3章によると、長老にはどんな資質が必要ですか
パウロは、非難されるところがなく、自らを制し、慎み深く、礼儀正しく、旅人をもてなし、よく教えることができる人を求めます。酒を好まず、乱暴でなく、金に淡泊で、自分の家をよく治め、信者になって間もない人ではなく、外部の人からも良い評判を得ている人です。強調されているのは人格です。
長老と執事の違いは何ですか
長老(監督)は教会を見守り、教え、導きます。執事は具体的な奉仕を担い、共同体の必要が満たされるようにします。パウロは両者に試された人格を求めますが、教えることができる必要があるのは長老だけです。
「ひとりの妻の夫」とはどういう意味ですか
信者の理解は一致していません。夫婦の貞潔を求めていると見る人もいれば、離婚して再婚した人や一夫多妻の人を除く意味だと見る人もいます。中心となる考えは、指導者は夫婦関係において模範的な誠実さをもつ人でなければならないということで、すべての人が認めています。
テモテへの第一の手紙 3を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。