聖書 — 口語訳 (1955)
ネヘミヤ記 8
概要
ネヘミヤ記8章で、民は皆、水の門の前の広場に集まり、エズラに律法を読むよう求めます。何時間にもわたり、レビびとは律法をめいりょうに読み、その意味を解き明かします。民は悟って泣きますが、嘆いてはならない、この日は聖なる日であり、主を喜ぶことが力であると告げられます。翌日、仮庵の祭りが見いだされ、民は大いに喜んで祝います。この章は、悟られた御言葉から生まれるリバイバルを描いています。
この章の3つの区分
1その時民は皆ひとりのようになって水の門の前の広場に集まり、主がイスラエルに与えられたモーセの律法の書を持って来るように、学者エズラに求めた。
2祭司エズラは七月の一日に律法を携えて来て、男女の会衆およびすべて聞いて悟ることのできる人々の前にあらわれ、
3水の門の前にある広場で、あけぼのから正午まで、男女および悟ることのできる人々の前でこれを読んだ。民はみな律法の書に耳を傾けた。
4学者エズラはこの事のために、かねて設けた木の台の上に立ったが、彼のかたわらには右の方にマッタテヤ、シマ、アナヤ、ウリヤ、ヒルキヤおよびマアセヤが立ち、左の方にはペダヤ、ミサエル、マルキヤ、ハシュム、ハシバダナ、ゼカリヤおよびメシュラムが立った。
5エズラはすべての民の前にその書を開いた。彼はすべての民よりも高い所にいたからである。彼が書を開くと、すべての民は起立した。
6エズラは大いなる神、主をほめ、民は皆その手をあげて、「アァメン、アァメン」と言って答え、こうべをたれ、地にひれ伏して主を拝した。
7エシュア、バニ、セレビヤ、ヤミン、アックブ、シャベタイ、ホデヤ、マアセヤ、ケリタ、アザリヤ、ヨザバデ、ハナン、ペラヤおよびレビびとたちは民に律法を悟らせた。民はその所に立っていた。
8彼らはその書、すなわち神の律法をめいりょうに読み、その意味を解き明かしてその読むところを悟らせた。
9総督であるネヘミヤと、祭司であり、学者であるエズラと、民を教えるレビびとたちはすべての民に向かって「この日はあなたがたの神、主の聖なる日です。嘆いたり、泣いたりしてはならない」と言った。すべての民が律法の言葉を聞いて泣いたからである。
10そして彼らに言った、「あなたがたは去って、肥えたものを食べ、甘いものを飲みなさい。その備えのないものには分けてやりなさい。この日はわれわれの主の聖なる日です。憂えてはならない。主を喜ぶことはあなたがたの力です」。
11レビびともまたすべての民を静めて、「泣くことをやめなさい。この日は聖なる日です。憂えてはならない」と言った。
12すべての民は去って食い飲みし、また分け与えて、大いに喜んだ。これは彼らが読み聞かされた言葉を悟ったからである。
13次の日、すべての民の氏族の長たち、祭司、レビびとらは律法の言葉を学ぶために学者エズラのもとに集まってきて、
14律法のうちに主がモーセに命じられたこと、すなわちイスラエルの人々は七月の祭の間、仮庵の中に住むべきことがしるされているのを見いだした。
15またすべての町々およびエルサレムにのべ伝えて、「あなたがたは山に出て行って、オリブと野生のオリブ、ミルトス、なつめやし、および茂った木の枝を取ってきて、しるされてあるとおり、仮庵を造れ」と言ってあるのを見いだした。
16それで民は出て行って、それを持って帰り、おのおのその家の屋根の上、その庭、神の宮の庭、水の門の広場、エフライムの門の広場などに仮庵を造った。
17捕囚から帰って来た会衆は皆仮庵を造って、仮庵に住んだ。ヌンの子ヨシュアの日からこの日まで、イスラエルの人々はこのように行ったことがなかった。それでその喜びは非常に大きかった。
18エズラは初めの日から終りの日まで、毎日神の律法の書を読んだ。人々は七日の間、祭を行い、八日目になって、おきてにしたがって聖会を開いた。
鍵となる聖句
水の門の前にある広場で、あけぼのから正午まで、男女および悟ることのできる人々の前でこれを読んだ。民はみな律法の書に耳を傾けた。
民は、あけぼのから正午まで、律法の書に耳を傾けます。この章は、神の言葉に飢えている民の姿を示しています。
彼らはその書、すなわち神の律法をめいりょうに読み、その意味を解き明かしてその読むところを悟らせた。
レビびとは律法をめいりょうに読み、その意味を解き明かして悟らせました。読むだけでは足りず、御言葉は、悟り、生きるために解き明かされなければなりません。
そして彼らに言った、「あなたがたは去って、肥えたものを食べ、甘いものを飲みなさい。その備えのないものには分けてやりなさい。この日はわれわれの主の聖なる日です。憂えてはならない。主を喜ぶことはあなたがたの力です」。
「主を喜ぶことはあなたがたの力です」。この喜びは状況から来るものではなく、神ご自身から来ます。また、備えのない人に分けてやることで、分かち合われます。
すべての民は去って食い飲みし、また分け与えて、大いに喜んだ。これは彼らが読み聞かされた言葉を悟ったからである。
民は、読み聞かされた言葉を悟ったので、大いに喜びました。喜びは、御言葉を悟ることに続きます。
捕囚から帰って来た会衆は皆仮庵を造って、仮庵に住んだ。ヌンの子ヨシュアの日からこの日まで、イスラエルの人々はこのように行ったことがなかった。それでその喜びは非常に大きかった。
ヌンの子ヨシュアの日から、イスラエルは仮庵の祭りをこのように行ったことがありませんでした。御言葉への立ち返りは、民の生活に具体的な新しさを生みます。
この章に登場する人物
説教が語っていること
ネヘミヤ記8章についてよくある質問
「主を喜ぶことはあなたがたの力です」とはどういう意味ですか。
民のかしらたちは、律法を聞いて泣いている人々にこう告げました。この日は神にささげられた日だから、喜ぶよう促したのです。力は、努力や気分から来るのではなく、神が与え、神ご自身がその源である喜びから来ます。それは、乏しい人と分かち合うことでも表されます。
民はなぜ律法を聞いて泣いたのですか。
律法を聞いて、民は、神が求めておられることと、自分たちが生きてきたことの隔たりに気づきました。涙は自然なことです。しかしネヘミヤ、エズラ、レビびとたちは、嘆きの中にとどまらないよう促します。この日は聖なる日であり、御言葉を悟ることは、祝いと喜びへと導くのです。
ネヘミヤ記8章はリバイバルについて何を教えていますか。
リバイバルは、民が神の言葉に飢え、それが読まれ、解き明かされ、悟られるところから始まります。それは悔い改めに、そして喜びと、仮庵の祭りのような具体的な従順に導きます。多くの説教者は、そこに今日のためのリバイバルの模範を見ています。
ネヘミヤ記 8を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。