喜びに関する聖書の言葉20選

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はじめに

神から来る喜びは、状況に左右されるものではありません。それは神の臨在から湧き出し、試練の中を通り抜け、御霊によって日々新たにされていきます。ここに挙げる20の聖書箇所は、口語訳聖書から引用したもので、この喜びの5つの側面を探ります。すなわち、神の臨在の中にある源、試練の只中で発揮される力、救いから生まれる誕生、御霊の実としての開花、そして信者の共同体に広がる輝きです。それぞれの箇所には全文へのリンクを付けていますので、単なる上機嫌よりも深く根ざしたこの喜びの言葉を、黙想し、暗唱し、祈りとして用いてください。

神の臨在から来る喜び

1. 詩篇16篇11節

「あなたはいのちの道をわたしに示される。あなたの前には満ちあふれる喜びがあり、あなたの右には、とこしえにもろもろの楽しみがある。」

ダビデが求めているのは束の間の感情ではなく、一つの道です。それは神の「御顔の前」へと至る道です。神との親しい交わりの中にこそ、喜びは満ちあふれ、とこしえに見出されるのです。詩篇16篇11節を聖書で読む

2. ネヘミヤ記8章10節

そして彼らに言った、「あなたがたは去って、肥えたものを食べ、甘いものを飲みなさい。その備えのないものには分けてやりなさい。この日はわれわれの主の聖なる日です。憂えてはならない。主を喜ぶことはあなたがたの力です」。

民は律法を再び聞いて泣きますが、ネヘミヤは嘆くのではなく祝うようにと促します。主の喜びは任意のおまけではなく、人を支え、長く立たせ続ける力そのものなのです。ネヘミヤ記8章10節を聖書で読む

3. ゼパニヤ書3章17節

あなたの神、主はあなたのうちにいまし、勇士であって、勝利を与えられる。彼はあなたのために喜び楽しみ、その愛によってあなたを新にし、祭の日のようにあなたのために喜び呼ばわられる」。

この箇所は普段の視点を逆転させます。私たちが神を喜ぶだけでなく、神ご自身が「喜び呼ばわる」ほどに私たちを喜んでくださるのです。神の喜びこそが、私たちの喜びに先立ち、その土台となります。ゼパニヤ書3章17節を聖書で読む

4. イザヤ書12章3節

「あなたがたは喜びをもって、救の井戸から水をくむ。」

水をくむという日常のしぐさが、喜びの行為となる。そのイメージは単純で具体的です。なぜなら、その源が神ご自身の救いだからです。喜びは決して涸れることのないものに根ざしています。イザヤ書12章3節を聖書で読む

試練の只中にある喜び

5. 詩篇30篇5節

「その怒りはただつかのまで、その恵みはいのちのかぎり長いからである。夜はよもすがら泣きかなしんでも、朝と共に喜びが来る。」

ダビデは自らくぐり抜けたひとつの周期を証しします。涙の夜が最後の言葉ではなく、神の朝は必ず訪れるのです。この約束は、困難な季節を絶望せずに乗り越える助けとなります。詩篇30篇5節を聖書で読む

6. ヤコブの手紙1章2節

「わたしの兄弟たちよ。あなたがたが、いろいろな試錬に会った場合、それをむしろ非常に喜ばしいことと思いなさい。」

ヤコブは試練の痛みを否定せよとは言いません。むしろそこに、神が忍耐と成熟を形作る土壌を見るようにと促します。喜びとは、神が密かに成し遂げてくださることに基づいた、ものの見方の選択なのです。ヤコブの手紙1章2節を聖書で読む

7. ハバクク書3章18節

「しかし、わたしは主によって楽しみ、わが救の神によって喜ぶ。」

この直前で預言者は、実らないいちじく、実を結ばないぶどうの木、消えた家畜など、失われたものを次々と数え上げます。それでもなお、彼は自ら進んで喜びを選び取ります。その喜びは持ち物ではなく、神に基づいているからです。ハバクク書3章18節を聖書で読む

8. ペテロの第一の手紙1章8節

「あなたがたは、イエス・キリストを見たことはないが、彼を愛している。現在、見てはいないけれども、信じて、言葉につくせない、輝きにみちた喜びにあふれている。」

ペテロは離散し、苦しみの中にある信者たちに書き送っていますが、彼らの喜びはすでに「言葉につくせない、輝きにみちた」ものです。それはキリストとの生きた関係から来るものであり、目で見ることにも、今の安らかさにも左右されません。ペテロの第一の手紙1章8節を聖書で読む

救いから生まれる喜び

9. 詩篇51篇12節

「あなたの救の喜びをわたしに返し、自由の霊をもって、わたしをささえてください。」

罪を犯した後、ダビデは赦しだけでなく、失われた喜びの回復を求めます。回復された救いは罪責を消し去るだけでなく、神と共に生きる味わいを取り戻させてくれるのです。詩篇51篇12節を聖書で読む

10. ルカによる福音書15章7節

「よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう。」

イエスは、迷った一人が立ち返ることによって引き起こされる天の喜びを明らかにされます。どんなに目立たない回心であっても、それは天にお祝いを引き起こします。救いの喜びは、決してありふれた出来事ではないのです。ルカによる福音書15章7節を聖書で読む

11. ヨハネによる福音書16章22節

「このように、あなたがたにも今は不安がある。しかし、わたしは再びあなたがたと会うであろう。そして、あなたがたの心は喜びに満たされるであろう。その喜びをあなたがたから取り去る者はいない。」

イエスは弟子たちを十字架の悲しみに備えさせつつも、ご自身の復活の後に訪れる喜び、誰にも奪われることのない喜びを告げられます。その喜びは、状況ではなく、関係の中に根ざしているのです。ヨハネによる福音書16章22節を聖書で読む

12. ヨハネによる福音書16章24節

「今までは、あなたがたはわたしの名によって求めたことはなかった。求めなさい、そうすれば、与えられるであろう。そして、あなたがたの喜びが満ちあふれるであろう。」

イエスは、完全な喜びを「御名によって」信頼して祈ることと結びつけられます。求めることは信仰の欠如のしるしではなく、満ちあふれる喜びへと至る通常の道なのです。ヨハネによる福音書16章24節を聖書で読む

御霊の実としての喜びとキリストとの歩み

13. ヨハネによる福音書15章11節

「わたしがこれらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにも宿るため、また、あなたがたの喜びが満ちあふれるためである。」

この箇所は、ぶどうの木と枝についての教えの結びです。キリストにとどまることは、まず義務ではなく、満ちあふれ、分かち合われる喜びの条件なのです。ヨハネによる福音書15章11節を聖書で読む

14. ガラテヤ人への手紙5章22節

「しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、」

喜びは一部の人だけに与えられた気質ではなく、神にささげられたすべての人生の中で御霊が育ててくださる実です。それは、良く植えられた木に実る果実のように、時をかけて育っていきます。ガラテヤ人への手紙5章22節を聖書で読む

15. ローマ人への手紙14章17節

「神の国は飲食ではなく、義と、平和と、聖霊における喜びとである。」

パウロは、些細な事柄をめぐる共同体内の論争を、本質へと引き戻します。神の国は、それぞれの好みをはるかに超えて、御霊が生み出す義と平和と喜びによって見分けられるのです。ローマ人への手紙14章17節を聖書で読む

16. ローマ人への手紙15章13節

「どうか、望みの神が、信仰から来るあらゆる喜びと平安とを、あなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを、望みにあふれさせて下さるように。」

この祈りは、喜びと平安と希望を、御霊に支えられた一つの信仰の動きの中で結び合わせます。喜びは孤立した到達点ではなく、それを受け入れる者たちの希望を満ちあふれさせ、養うものなのです。ローマ人への手紙15章13節を聖書で読む

共同体の中に輝く喜び

17. ピリピ人への手紙4章4節

「あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい。繰り返して言うが、喜びなさい。」

パウロはこの言葉を獄中から書き記しており、そのことがこの呼びかけを一層印象深いものにしています。「主にある」喜びは、どこにいても手にすることができるのです。彼はそれを繰り返すことで、あらゆる言い訳を断ち切ろうとしています。ピリピ人への手紙4章4節を聖書で読む

18. テサロニケ人への第一の手紙5章16節

「いつも喜んでいなさい。」

聖書の中でも最も短い命令の一つであり、祈りと感謝についての教えの間にさりげなく置かれています。共に祈り、感謝し、喜び合う共同体は、信仰が育つ土壌を形作ります。テサロニケ人への第一の手紙5章16節を聖書で読む

19. 詩篇126篇5節

「涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。」

この箇所は、涙をもって種をまくすべての人に語りかけます。目立たない奉仕、長く担ってきた祈り、代価を払った献身。神は、労苦して蒔かれたものに、遅かれ早かれ応える喜びの収穫を約束してくださいます。詩篇126篇5節を聖書で読む

20. 使徒行伝13章52節

「弟子たちは、ますます喜びと聖霊とに満たされていた。」

この箇所は、パウロとバルナバがピシデヤのアンテオケから追い出された直後の場面を締めくくります。拒絶されたにもかかわらず、生まれたばかりの教会は喜びにあふれています。この喜びが人々の歓迎ではなく、御霊の臨在に基づいていることの証しです。使徒行伝13章52節を聖書で読む

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よくある質問

これらの喜びについての聖書箇所を日々どのように黙想すればよいですか。

毎朝一つを選び、ゆっくりと声に出して読み、その喜びが今日一日のどこに現れ得るかを具体的に問いかけてみてください。同じ箇所に数日間繰り返し立ち返ることで、それをより深く心に根付かせることができます。

試練を乗り越えるために最初に暗唱すべき箇所はどれですか。

ハバクク書3章18節詩篇30篇5節ヨハネによる福音書16章22節が特に適しています。これらは実際の困難を認めつつ、今の状況に左右されない喜びを指し示しています。

聖書が語る喜びは、幸福と同じものですか。

いいえ、異なります。幸福はしばしば状況に左右されますが、ここで語られている喜びは、神の臨在、神の救い、神の御霊に基づいています。だからこそ、ヤコブの手紙1章2節ペテロの第一の手紙1章8節が示すように、この喜びは涙と共存し得るのです。

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