聖書 — 口語訳 (1955)

ヨハネによる福音書 21

概要

ヨハネによる福音書21章は、この福音書の最後の章です。復活のあと、イエスはガリラヤ湖のほとりで弟子たちに現れます。夜通し何も捕れなかったあとの大漁、そしてイエスが用意された食事です。続いてイエスは、三度イエスを知らないと言ったペテロを、愛についての三つの問いと、「わたしの羊を飼いなさい」という使命によって回復させます。イエスはペテロに自分の最期がどのようなものかを告げ、最初の召しの言葉をもう一度語ります。「わたしに従ってきなさい」。章は、愛する弟子の証しで閉じられます。

この章の4つの区分

  1. 1-14節奇跡の大漁と、湖畔の食事
  2. 15-19節回復されたペテロ:「わたしを愛するか」「わたしの羊を飼いなさい」
  3. 20-23節「あなたは、わたしに従ってきなさい」:一人ひとりの道
  4. 24-25節弟子の証しと、福音書の結び

1そののち、イエスはテベリヤの海べで、ご自身をまた弟子たちにあらわされた。そのあらわされた次第は、こうである。

2シモン・ペテロが、デドモと呼ばれているトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子らや、ほかのふたりの弟子たちと一緒にいた時のことである。

3シモン・ペテロは彼らに「わたしは漁に行くのだ」と言うと、彼らは「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って舟に乗った。しかし、その夜はなんの獲物もなかった。

4夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。しかし弟子たちはそれがイエスだとは知らなかった。

5イエスは彼らに言われた、「子たちよ、何か食べるものがあるか」。彼らは「ありません」と答えた。

6すると、イエスは彼らに言われた、「舟の右の方に網をおろして見なさい。そうすれば、何かとれるだろう」。彼らは網をおろすと、魚が多くとれたので、それを引き上げることができなかった。

7イエスの愛しておられた弟子が、ペテロに「あれは主だ」と言った。シモン・ペテロは主であると聞いて、裸になっていたため、上着をまとって海にとびこんだ。

8しかし、ほかの弟子たちは舟に乗ったまま、魚のはいっている網を引きながら帰って行った。陸からはあまり遠くない五十間ほどの所にいたからである。

9彼らが陸に上って見ると、炭火がおこしてあって、その上に魚がのせてあり、またそこにパンがあった。

10イエスは彼らに言われた、「今とった魚を少し持ってきなさい」。

11シモン・ペテロが行って、網を陸へ引き上げると、百五十三びきの大きな魚でいっぱいになっていた。そんなに多かったが、網はさけないでいた。

12イエスは彼らに言われた、「さあ、朝の食事をしなさい」。弟子たちは、主であることがわかっていたので、だれも「あなたはどなたですか」と進んで尋ねる者がなかった。

13イエスはそこにきて、パンをとり彼らに与え、また魚も同じようにされた。

14イエスが死人の中からよみがえったのち、弟子たちにあらわれたのは、これで既に三度目である。

15彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか」。ペテロは言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に「わたしの小羊を養いなさい」と言われた。

16またもう一度彼に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。彼はイエスに言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を飼いなさい」。

17イエスは三度目に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。ペテロは「わたしを愛するか」とイエスが三度も言われたので、心をいためてイエスに言った、「主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛していることは、おわかりになっています」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を養いなさい。

18よくよくあなたに言っておく。あなたが若かった時には、自分で帯をしめて、思いのままに歩きまわっていた。しかし年をとってからは、自分の手をのばすことになろう。そして、ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくない所へ連れて行くであろう」。

19これは、ペテロがどんな死に方で、神の栄光をあらわすかを示すために、お話しになったのである。こう話してから、「わたしに従ってきなさい」と言われた。

20ペテロはふり返ると、イエスの愛しておられた弟子がついて来るのを見た。この弟子は、あの夕食のときイエスの胸近くに寄りかかって、「主よ、あなたを裏切る者は、だれなのですか」と尋ねた人である。

21ペテロはこの弟子を見て、イエスに言った、「主よ、この人はどうなのですか」。

22イエスは彼に言われた、「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか。あなたは、わたしに従ってきなさい」。

23こういうわけで、この弟子は死ぬことがないといううわさが、兄弟たちの間にひろまった。しかし、イエスは彼が死ぬことはないと言われたのではなく、ただ「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか」と言われただけである。

24これらの事についてあかしをし、またこれらの事を書いたのは、この弟子である。そして彼のあかしが真実であることを、わたしたちは知っている。

25イエスのなさったことは、このほかにまだ数多くある。もしいちいち書きつけるならば、世界もその書かれた文書を収めきれないであろうと思う。

鍵となる聖句

6節
すると、イエスは彼らに言われた、「舟の右の方に網をおろして見なさい。そうすれば、何かとれるだろう」。彼らは網をおろすと、魚が多くとれたので、それを引き上げることができなかった。

何も捕れなかった夜のあと、弟子たちは一言の言葉に従い、網を右側に打ちます。豊かさは、さらなる努力からではなく、聞き従うことから来ました。

15-17節
彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか」。ペテロは言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に「わたしの小羊を養いなさい」と言われた。 またもう一度彼に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。彼はイエスに言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を飼いなさい」。 イエスは三度目に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。ペテロは「わたしを愛するか」とイエスが三度も言われたので、心をいためてイエスに言った、「主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛していることは、おわかりになっています」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を養いなさい。

イエスは、三度イエスを知らないと言ったペテロに、同じ問いを三度されます。それぞれの答えのあとに使命が続きます。回復は、信頼を取り戻していただくことを通して行われるのだとわかります。

19節
これは、ペテロがどんな死に方で、神の栄光をあらわすかを示すために、お話しになったのである。こう話してから、「わたしに従ってきなさい」と言われた。

イエスは、ペテロがどのような死に方で神の栄光を現すかを告げ、そのあとで「わたしに従ってきなさい」と言われます。最初の召しと同じ言葉が、失敗のあとにもう一度語られたのです。

22節
イエスは彼に言われた、「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか。あなたは、わたしに従ってきなさい」。

ペテロは、愛する弟子の行く末を気にかけます。イエスは、他の人と比べず、自分の道を従って行くようにと答えられます。

この章に登場する人物

説教が語っていること

回復されたペテロ、恵みが破る沈黙(ヨハネ21章)ヒュー・ウェッセルはヨハネ21章1節から19節を五つの段階でたどります。ペテロは網のところへ戻り、イエスは岸辺に立ち、告白の前にまず交わりがあり、三度の否認に三つの問いが対応し、そして「わたしの羊を飼いなさい」へと至ります。要約を読む →教会はあなたの家族です:根を張り、そこにいて、つながっていようガエタナ・ル・ヴェオは、ペテロが他の弟子たちの前で回復されたことに注目します。教会という家族の中に、いて、根を下ろし、つながっているようにとの招きを、そこに見ています。要約を読む →「私についてきなさい。あなたを作り変えよう」:ペテロの召命説教者は、二つの「わたしに従ってきなさい」を並べます。湖畔での召しの言葉と、否認のあとのヨハネ21章19節の言葉です。ペテロの召しは、私たちの召しでもあります。要約を読む →運命と方向性:あなたの未来は毎日決まるラリー・ブレイは、運命と方向を区別します。ヨハネ21章15節から17節を、イエスがペテロの人生で主となられた時として読み直し、成熟は毎日選び取る方向から生まれると語ります。要約を読む →人々の救い主となりなさい(2)イエスとペテロの対話(「わたしを愛するか」「わたしの羊を飼いなさい」)を通して、イエスへの愛は、イエスを知らない人々へのイエスの心を担うことで示されると語られます。要約を読む →

ヨハネによる福音書21章についてよくある質問

なぜイエスはペテロに三度「わたしを愛するか」と尋ねられたのですか

ペテロは、イエスが捕らえられた夜に三度イエスを知らないと言いました。三つの問いによって、ペテロは否認の一つひとつに対応して、公にその立場を取り戻すことができました。それぞれの答えのあとには、小羊を飼い、さらに羊を飼うという務めが続きます。イエスはただ赦すだけでなく、もう一度使命を委ねられたのです。

「わたしの羊を飼いなさい」とはどういう意味ですか

イエスは、ご自分に属する人々を世話する責任をペテロに委ねられました。教えによって養い、守り、寄り添うことです。羊飼いのイメージが用いられています。これはイエスへの愛と結びついています。イエスの群れを世話することが、イエスを愛していることを示す方法なのです。

ヨハネ21章22節の「あなたは、わたしに従ってきなさい」とはどういう意味ですか

ペテロは自分を待ち受けることを聞いたばかりで、愛する弟子はどうなるのかと尋ねます。イエスは、それはあなたに関係のないことだと答え、大切なこと、つまりイエスに従うことへ連れ戻されます。人にはそれぞれの道があり、人と比べることは、自分自身の従順から目をそらさせます。

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