聖書 — 口語訳 (1955)
ヨハネの黙示録 20
概要
ヨハネの黙示録20章は、新しい世界の前の最後の出来事を描きます。サタンは千年の間つながれ、イエスに忠実であった人々はキリストとともに支配します。その後サタンは解放され、諸国民を惑わし、最終的に敗れます。続いて大きな白い御座のさばきがあり、死者はさばかれ、いのちの書に名がしるされている者だけが第二の死を免れます。千年の意味についてクリスチャンの理解は分かれますが、悪に対する神の確かな勝利を見る点では一致しています。
この章の4つの区分
1またわたしが見ていると、ひとりの御使が、底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から降りてきた。
2彼は、悪魔でありサタンである龍、すなわち、かの年を経たへびを捕えて千年の間つなぎおき、
3そして、底知れぬ所に投げ込み、入口を閉じてその上に封印し、千年の期間が終るまで、諸国民を惑わすことがないようにしておいた。その後、しばらくの間だけ解放されることになっていた。
4また見ていると、かず多くの座があり、その上に人々がすわっていた。そして、彼らにさばきの権が与えられていた。また、イエスのあかしをし神の言を伝えたために首を切られた人々の霊がそこにおり、また、獣をもその像をも拝まず、その刻印を額や手に受けることをしなかった人々がいた。彼らは生きかえって、キリストと共に千年の間、支配した。
5(それ以外の死人は、千年の期間が終るまで生きかえらなかった。)これが第一の復活である。
6この第一の復活にあずかる者は、さいわいな者であり、また聖なる者である。この人たちに対しては、第二の死はなんの力もない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストと共に千年の間、支配する。
7千年の期間が終ると、サタンはその獄から解放される。
8そして、出て行き、地の四方にいる諸国民、すなわちゴグ、マゴグを惑わし、彼らを戦いのために召集する。その数は、海の砂のように多い。
9彼らは地上の広い所に上ってきて、聖徒たちの陣営と愛されていた都とを包囲した。すると、天から火が下ってきて、彼らを焼き尽した。
10そして、彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄との池に投げ込まれた。そこには、獣もにせ預言者もいて、彼らは世々限りなく日夜、苦しめられるのである。
11また見ていると、大きな白い御座があり、そこにいますかたがあった。天も地も御顔の前から逃げ去って、あとかたもなくなった。
12また、死んでいた者が、大いなる者も小さき者も共に、御座の前に立っているのが見えた。かずかずの書物が開かれたが、もう一つの書物が開かれた。これはいのちの書であった。死人はそのしわざに応じ、この書物に書かれていることにしたがって、さばかれた。
13海はその中にいる死人を出し、死も黄泉もその中にいる死人を出し、そして、おのおのそのしわざに応じて、さばきを受けた。
14それから、死も黄泉も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。
15このいのちの書に名がしるされていない者はみな、火の池に投げ込まれた。
鍵となる聖句
彼は、悪魔でありサタンである龍、すなわち、かの年を経たへびを捕えて千年の間つなぎおき、 そして、底知れぬ所に投げ込み、入口を閉じてその上に封印し、千年の期間が終るまで、諸国民を惑わすことがないようにしておいた。その後、しばらくの間だけ解放されることになっていた。
一人の御使いが、諸国民をもう惑わすことのないように、サタンを千年の間つなぎます。この箇所についてクリスチャンの見方は分かれます。将来の期間と見る人もいれば、キリストの今の支配を表す姿と見る人もいます。
また見ていると、かず多くの座があり、その上に人々がすわっていた。そして、彼らにさばきの権が与えられていた。また、イエスのあかしをし神の言を伝えたために首を切られた人々の霊がそこにおり、また、獣をもその像をも拝まず、その刻印を額や手に受けることをしなかった人々がいた。彼らは生きかえって、キリストと共に千年の間、支配した。 (それ以外の死人は、千年の期間が終るまで生きかえらなかった。)これが第一の復活である。 この第一の復活にあずかる者は、さいわいな者であり、また聖なる者である。この人たちに対しては、第二の死はなんの力もない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストと共に千年の間、支配する。
イエスに忠実であった人々はイエスとともに支配し、第二の死は彼らに対してなんの力もありません。本文は、この第一の復活にあずかる人々の幸いを強調しています。
そして、彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄との池に投げ込まれた。そこには、獣もにせ預言者もいて、彼らは世々限りなく日夜、苦しめられるのである。
最後の反乱のあと、悪魔は火と硫黄の池に投げ込まれます。諸国民を惑わしていた敵は、永久に取り除かれます。悪が最後の言葉を持つことはないという保証です。
また見ていると、大きな白い御座があり、そこにいますかたがあった。天も地も御顔の前から逃げ去って、あとかたもなくなった。 また、死んでいた者が、大いなる者も小さき者も共に、御座の前に立っているのが見えた。かずかずの書物が開かれたが、もう一つの書物が開かれた。これはいのちの書であった。死人はそのしわざに応じ、この書物に書かれていることにしたがって、さばかれた。
大きな白い御座の前で、死者は書物に書かれていることに従い、そのしわざに応じてさばかれ、いのちの書が開かれます。最終的なさばきは重大であり、だれもが神の前に責任を負うことを思い起こさせます。
このいのちの書に名がしるされていない者はみな、火の池に投げ込まれた。
最後の節は、いのちの書を前面に出します。信じる者にとって、確信はイエス・キリストにあり、この書にしるされた名が救いの保証です。
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説教が語っていること
ヨハネの黙示録20章についてよくある質問
黙示録20章の千年とは何を意味しますか。
クリスチャンの答えはいくつかあります。前千年王国説では、キリストが再臨されたあと、地上で目に見える支配をされる期間です。他の見方では、イエスの初臨と再臨の間の、現在の期間とされます。象徴的な表現と見る人もいます。どの伝統も、キリストの最終的な勝利では一致しています。
大きな白い御座とは何ですか。
11節から15節に描かれる最終的なさばきの場面です。死者が神の前に立ち、いのちの書を含む書物が開かれます。多くの説教は、信じる者はその罪の宣告を負われたイエス・キリストに拠り頼むことを思い起こさせます。同時に、この箇所は、信仰による決断の重さを教えています。
黙示録20章の第二の死とは何ですか。
本文は14節で、それを火の池と定義します。そこには、死も黄泉も、いのちの書に名がしるされていない者も投げ込まれます。6節は、第一の復活にあずかる者に対して、第二の死はなんの力もないと述べています。
ヨハネの黙示録 20を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。