聖書 — 口語訳 (1955)
ヨハネの黙示録 21
概要
ヨハネの黙示録21章は、この書の最後の幻を描きます。新しい天と新しい地、そして花嫁のように整えられて天から下る聖なる都です。章の中心にあるのは神の臨在です。神は人とともに住み、あらゆる涙をぬぐい、もはや死はありません。御座にすわる方はすべてのものを新たにし、かわいている者を価なしに招かれます。新しいエルサレムには神殿がありません。主なる神と小羊が、その神殿だからです。これらの描写を文字どおりに読むか象徴として読むかは、クリスチャンの間でも違いがありますが、同じ希望がそこに見いだされています。
この章の5つの区分
1わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。
2また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。
3また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、
4人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。
5すると、御座にいますかたが言われた、「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」。また言われた、「書きしるせ。これらの言葉は、信ずべきであり、まことである」。
6そして、わたしに仰せられた、「事はすでに成った。わたしは、アルパでありオメガである。初めであり終りである。かわいている者には、いのちの水の泉から価なしに飲ませよう。
7勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐであろう。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。
8しかし、おくびょうな者、信じない者、忌むべき者、人殺し、姦淫を行う者、まじないをする者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者には、火と硫黄の燃えている池が、彼らの受くべき報いである。これが第二の死である」。
9最後の七つの災害が満ちている七つの鉢を持っていた七人の御使のひとりがきて、わたしに語って言った、「さあ、きなさい。小羊の妻なる花嫁を見せよう」。
10この御使は、わたしを御霊に感じたまま、大きな高い山に連れて行き、聖都エルサレムが、神の栄光のうちに、神のみもとを出て天から下って来るのを見せてくれた。
11その都の輝きは、高価な宝石のようであり、透明な碧玉のようであった。
12それには大きな、高い城壁があって、十二の門があり、それらの門には、十二の御使がおり、イスラエルの子らの十二部族の名が、それに書いてあった。
13東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。
14また都の城壁には十二の土台があり、それには小羊の十二使徒の十二の名が書いてあった。
15わたしに語っていた者は、都とその門と城壁とを測るために、金の測りざおを持っていた。
16都は方形であって、その長さと幅とは同じである。彼がその測りざおで都を測ると、一万二千丁であった。長さと幅と高さとは、いずれも同じである。
17また城壁を測ると、百四十四キュビトであった。これは人間の、すなわち、御使の尺度によるのである。
18城壁は碧玉で築かれ、都はすきとおったガラスのような純金で造られていた。
19都の城壁の土台は、さまざまな宝石で飾られていた。第一の土台は碧玉、第二はサファイヤ、第三はめのう、第四は緑玉、
20第五は縞めのう、第六は赤めのう、第七はかんらん石、第八は緑柱石、第九は黄玉石、第十はひすい、第十一は青玉、第十二は紫水晶であった。
21十二の門は十二の真珠であり、門はそれぞれ一つの真珠で造られ、都の大通りは、すきとおったガラスのような純金であった。
22わたしは、この都の中には聖所を見なかった。全能者にして主なる神と小羊とが、その聖所なのである。
23都は、日や月がそれを照す必要がない。神の栄光が都を明るくし、小羊が都のあかりだからである。
24諸国民は都の光の中を歩き、地の王たちは、自分たちの光栄をそこに携えて来る。
25都の門は、終日、閉ざされることはない。そこには夜がないからである。
26人々は、諸国民の光栄とほまれとをそこに携えて来る。
27しかし、汚れた者や、忌むべきこと及び偽りを行う者は、その中に決してはいれない。はいれる者は、小羊のいのちの書に名をしるされている者だけである。
鍵となる聖句
また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、
章の中心です。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となるという契約の約束が、ここで成就します。エデンの園のときから、神のご計画は、ご自分の民とともに住むことでした。
人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。
とても具体的な慰めの約束です。涙も、死も、悲しみも、叫びも、痛みも、過ぎ去った「先のもの」に属しています。今の苦しみを否定するのではなく、その終わりを告げています。
すると、御座にいますかたが言われた、「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」。また言われた、「書きしるせ。これらの言葉は、信ずべきであり、まことである」。
神ご自身が語られます。この書の中では数少ない場面です。神は、すべてを別のものに取り替えるとは言われず、すべてのものを新たにすると言われます。説教者は、神が今日もそのように働いておられる姿をも、そこに見ています。
そして、わたしに仰せられた、「事はすでに成った。わたしは、アルパでありオメガである。初めであり終りである。かわいている者には、いのちの水の泉から価なしに飲ませよう。
救いは、価なしに与えられる泉として示されています。必要なのはかわきだけで、功績は何も求められません。
しかし、汚れた者や、忌むべきこと及び偽りを行う者は、その中に決してはいれない。はいれる者は、小羊のいのちの書に名をしるされている者だけである。
都には、小羊のいのちの書に名がしるされている者が入ります。ここでの恵みとは、キリストによって自分の名が書き込まれていることです。
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説教が語っていること
ヨハネの黙示録21章についてよくある質問
ヨハネの黙示録21章はどういう意味ですか
この章は歴史の終わりを描いています。新しい天と新しい地、そして神がご自分の民とともに住まわれる新しいエルサレムです。死も悲しみも痛みも終わることが告げられます。描写のどこまでが文字どおりでどこからが象徴かについては、クリスチャンの間で見解が分かれますが、神がご自分の契約に忠実であり、すべてを完成へ導かれるという中心点では一致しています。
ヨハネの黙示録21章5節の「すべてのものを新たにする」とはどういう意味ですか
これは御座にすわる方のことばです。被造物の最終的な刷新を告げるとともに、神の働き方をも示しています。神は、壊れたものを造り直されます。多くの信者は、神にとって失われるものは何もないという希望をここに見いだしますが、それはすべてがすぐに解決するという約束ではありません。
新しいエルサレムとは何ですか
ヨハネが、天から下ってくるのを見る聖なる都です。小羊の花嫁として示されています。十二の門にはイスラエルの十二部族の名があり、十二の土台には使徒たちの名があって、旧い契約と新しい契約が結ばれています。神の臨在がすべてを満たすので、神殿はありません。
だれが新しいエルサレムに入るのですか
本文は、小羊のいのちの書に名がしるされている者だけが入ると語ります(27節)。しかし招きは広く開かれています。かわいている者は、いのちの水を価なしに受けます(6節)。同時にこの章は、神を拒み続けることへの警告も語っています。
ヨハネの黙示録 21を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。