はじめに
Ollie Lansdowneは、All Souls Langham Placeの日曜夜の礼拝で、パウロのテサロニケ人への第一の手紙を扱う「Children of the Light」シリーズの説教をしています。この手紙が自分の中に生み出したものを一言でまとめるなら、それは福音の力にあふれているということだと彼は言います。福音の力は、特に苦しみ、反対、痛みを通して、人の人生をつかむことができるのです。
前の週の1章では、クリスチャンとは何かが示されました。今回の2章では、パウロがテサロニケの人々に、自分の働きを信頼してよい理由を語ります。パウロの言葉に耳を傾けるなら、福音の奉仕者であるとはどういうことかを教えてくれる、と説教者は言います。
その答えは一文に収まります。福音の奉仕者とは、あなたに福音を宣べ伝えながら、あなたを気にかけてくれる人のことです。しかも、これは牧師だけの務めではありません。
メッセージの流れ
1. もろい教会と一つの疑い:三週間は無駄だったのか
- パウロがテサロニケを去ったとき、教会ができてまだ数週間でした。パウロの働きを通して霊的ないのちを受けた、生まれたばかりの教会です。しかし反対はあまりにも激しく、パウロと仲間たちは、自分たちと教会全体の安全のために、夜のうちに町から逃げなければなりませんでした。
- この教会がもろい理由は三つあります。始まったばかりであること、激しい敵意に直面していること、そしてそのような状況の中で完全に取り残されていることです。
- それでもパウロの手紙は確信にあふれています。1章で彼は、神がテサロニケの人々を選ばれたと確信しています。福音が彼らの人生の中で力として働き、それは彼の内で働くのと同じ力だったからです。
- テサロニケの人々には疑問が浮かんだはずです。使徒の働き17章によれば、パウロが彼らと過ごしたのは三週間、つまり三度の安息日だけで、そのあと去りました。Ollie Lansdowneは敵対者の言葉を思い描きます。そんなに早くあなたがたを置いて行ったのか。彼にとってあなたがたはそれほど小さな存在だったのか。そもそも彼が主に仕えていたと、まだ言い切れるのか。
- 1節からうかがえるのは、こうした非難です。中身のない、むなしい、何の実りもない訪問だったのではないか、というものです。
2. 福音の奉仕者は福音を言葉にする
- パウロの確信の第一の土台は2節にあります。神の助けによって、激しい反対のただ中でも、大胆に福音を語ったということです。
- 説教者は問いかけます。福音を宣べ伝えることが、どうして空しく、無駄で、役に立たないものでありえるでしょうか。パウロはテサロニケの人々に、イエスが彼らを罪の結果から救うために死なれたと伝えました。それだけで、彼の訪問を正当化するには十分でした。
- たとえテサロニケの人々が信仰を捨てていたとしても、それはパウロが実際に恐れていたことですが(テサロニケ第一3章5節)、ほかに何ができたでしょうか。クリスチャンをつくるのは福音であり、聖霊がその言葉を取り、確信させるために用いてくださるのです。
- 福音を宣べ伝えることが無駄なら、すべてが無駄だ、とパウロは友人たちに言います。人生における福音の力にまさる力も目的もありません。これに価値がないなら、価値あるものは何もありません。
- 福音の奉仕者とは、福音を言葉にして人々に語る人のことで、それ以上のものではありません。町には、牧師として報酬を受けている人も、その装いをしている人も、その誓いを立てた人も大勢います。けれども、この務めを果たす人とそうでない人を分ける線は一本だけです。神の助けによって、福音を言葉にして宣べ伝える勇気があるかどうかです。
- それがなければ、ピリピ、テサロニケ、ベレヤへのパウロのすべての旅も、すべての手紙も、空しいものになっていたでしょう。
3. 神に試され、福音を委ねられる
- 4節で、パウロと同労者たちは、福音を委ねるために神に試された者として語っています。福音の奉仕者が福音を宣べ伝える人であるなら、その人は試されることで整えられ、そのうえで福音を委ねられるのです。
- Ollie Lansdowneは、この夏に英国国教会で按手を受けました。彼ははっきりと認めています。この教会が牧師を認める方法は、今日、非常に深刻な問題を抱えており、それが、霊的な惨事と呼ぶのが正しいと彼が考える状況の一因になっているというのです。
- 按手を受けているからといって、その人があなたに福音を伝え、講壇からあなたをだましたり誤りを教えたりしようとしないとは限りません。それは彼の心を痛め、強い怒りを覚えさせる、と彼は言います。
- それでも彼は、自分の按手を喜んでいます。神の摂理により、この教会は今もパウロとテモテの時代から続く方法で牧師を養成しています。彼は福音を教えると約束し、そのあと神の前で、教会、主教、大執事の前で、イエスの良い知らせを宣べ伝えに行く任務を受けました。
- 彼が受け取った証書には要点が書かれています。イエスが、罪に対する神のさばきから私たちを救ってくださり、私たちがその再び来られる日を待てるようになるという良い知らせです。教会そのものの規定によって、それを宣べ伝えることが義務づけられていることを、彼は喜んでいます。
- 英国国教会がこれほどの霊的混乱にある今、忠実な者として、あらゆる手段でそれを行うと決意することが、かつてないほど大切です。
4. 二つのお願い:私の約束を守らせ、私と一緒に歩んでください
- 第一のお願いは、説教者が約束したことを守らせることです。福音を宣べ伝えれば、必ず反対を招きます。パウロが神ではなく人に喜ばれようとしていたなら、彼の人生ははるかに楽だったでしょう。Ollie Lansdowneも、この誘惑が自分をねらっていることを知っています。私たち皆がねらわれているのと同じです。
- 福音を宣べ伝えることが簡単なら、教会が一部の人に、神の前で決して止めないと約束させる必要はないでしょう。
- 第二のお願いは、彼と一緒に歩むことです。按手のことを考えてもよいでしょう。いずれにしても、教会に来て、福音について語ってください。
- イエスの良い知らせ以外のことを教えたなら、彼は職を失います。彼はそのことを喜んでいます。あなたは、礼拝のあとに福音の話を一度もしなくても、おそらく仕事を失うことはありません。彼はそれも喜んでいます。しかし、だからといって大切ではないということにはなりません。
- あなたの福音は彼の福音と同じで、あなたの聖書も同じです。あなたを助けてくださる神も同じで、あなたを通して働く御霊も同じです。牧師がこうした誓いを立てるのは、私たち全員がお互いに福音について語り合うことが欠かせないからです。だから彼はお願いします。この務めを彼らだけに任せないでください。
5. あなたを気にかけながら福音を宣べ伝える
- 福音は言葉以下のものではありませんが、いつも言葉以上のものです。1章5節でパウロは、福音がことばだけでなく、力と聖霊と強い確信とをもって伝えられたと書いています。
- この節は、福音がテサロニケの人々に及ぼした影響を述べていますが、同時にパウロのやり方も表しています。彼はただ言葉を伝えただけではありません。自分自身の人生を分かち合い、その中で言葉が力となっていったのです。
- 8節はこう語ります。パウロは、神の福音だけでなく、自分自身のいのちさえも彼らに与えたいと願っていました。それほどに、彼らは愛する者となっていたからです。
- この力は、彼を駆り立てて、人にではなく神に喜ばれようと求めさせ(4節)、心惹かれやすいへつらいや貪欲から遠ざけ(5節)、だれにも重荷を負わせないように夜昼働かせ(9節)、何よりも正しく、非難されるところのない生き方をさせました(10節)。
- 彼は、わずか三週間しか知らなかった人々に対して、わが子を育てる乳母のように優しく接しました。驚くべきことではないでしょうか。私たちのだれも、自分の力だけではそれができません。
- 13節から15節での彼の目標は、テサロニケの人々が福音を人の言葉としてではなく、神の言葉として受け入れることでした。説教者にとって、それが唯一の正しい受け入れ方です。福音が、神が気にかけておられる人々、つまり生活を楽にしてくれる人だけでなくすべての人を、気にかけるよう私たちを動かす力として見えることです。
6. あなたが耳を傾けるリーダーの健康診断
- これらの節は、私たちが耳を傾ける人々の生き方を知るよう促します。牧会チーム、説教者、小グループのリーダー、一緒に祈る人たちです。彼らは人間の生まれつきの力で生きているでしょうか。それとも福音の力で生きているでしょうか。
- ロンドンでは、教会の中でもインターネット上でも、多くの人があなたに耳を傾けてほしいと願っていて、有益なことを語る人も大勢います。しかし、私たちが最も耳を傾けるクリスチャンのリーダーは、私たちがよく知っていて、私たちのこともよく知っている人であるべきです。
- 説教者は大げさに言うつもりはありません。テサロニケの人々はパウロを深く知っていたわけではありません。それでも、パウロがこう言えるくらいには知っていました。私があなたがたに気に入られようとしたり、自分の貪欲を満たそうとしたりしなかったこと、あなたがたのために懸命に働き、反対にも立ち向かったこと、乳母のようにあなたがたを世話し、父のように励ましたことを、あなたがたは知っています。
- All Soulsは、数年とどまってから去る人が多い教会で、ロンドンでまだ自分の教会を探している人もいます。そこで、あなたが耳を傾けるリーダーについて、ここで、広い意味での教会で、あるいはオンラインで、二つの問いを立ててみてください。彼らは、イエスの良い知らせをあなたに伝え続けるために、苦しみを受ける覚悟があるでしょうか。自分の評判よりもあなたのことを大切にしているでしょうか。
- 答えられるほど彼らを知らないなら、知るよう努めてください。反対に会うことがまったくなさそうな牧師には注意が必要です。あなたを本当に気にかけていない牧師には、さらに注意が必要です。そして、どちらのタイプもたくさんいます。
- 彼のように、それを行うと約束し、止めたら責任を問われる人もいます。しかし、こうした約束の唯一の理由は、私たちが教会に来たとき、少なくとも一人はそれを行ってくれると確かめるためです。私たち全員が、いつもそのようである教会に身を置きたいと思いませんか。
- Ollie Lansdowneはこの基準を自分自身にも当てはめます。神がみことばで語っておられること以外を説教したり、あなたよりも自分の評判を気にかけたりしているなら、あなたは彼を脇に呼んで、そのことを伝えてかまいません。
7. チャレンジ:教会で時間を無駄にしないでください
- パウロはテサロニケで時間を無駄にしませんでした。あなたは、今夜教会に来て時間を無駄にするつもりでしたか。
- やっとの思いで来られた方には、説教者から感謝を伝えます。努力して教会にたどり着いたなら、その時間は決して無駄にはなりません。また、自分をクリスチャンだと思っていない方がここにいることを、彼はとても喜んでいます。このチャレンジはあなた向けではありません。
- けれども、クリスチャンであるなら、時間を無駄にする方法が一つあります。福音について語らないこと、そして周りに座っている人たちを気にかけないことです。
- チャレンジはこうです。帰る前に、少なくとも一人に「今、福音のどんなところがあなたにとって大切ですか」と尋ねてください。そして、同じ問いに自分でも答えてください。クリスチャンでなくても、周りに座っている人たちに尋ねるのにふさわしい良い質問です。
- メッセージは祈りで締めくくられます。教会が、福音がいつも言葉にされ、御霊がそれを用いて確信させてくださり、福音だけでなく私たち自身の人生さえも喜んで分かち合う場所となりますように。
ポイント
- 福音の奉仕者とは、あなたに福音を宣べ伝えながら、あなたを気にかけてくれる人のことです。
- 福音を宣べ伝えることは決して無駄な時間ではありません。これに価値がないなら、価値あるものは何もありません。
- 福音は言葉以下のものではありませんが、いつも言葉以上のものです。イエスが人々を気にかけてくださるように、他の人を気にかけるよう私たちを動かす力となります。
- あなたが最も耳を傾けるリーダーは、あなたがよく知っている人であるべきです。福音のために苦しむ覚悟があり、自分の評判よりもあなたのことを大切にする人です。
- 福音について語ることは牧師だけの務めではありません。あなたには同じ福音、同じ聖書、同じ御霊があります。
自分に当てはめてみましょう
- 福音について語る務めを、牧師たちに任せきりにしていませんか。今週、だれに話せるでしょうか。
- 教会やオンラインで最も耳を傾けているクリスチャンのリーダーの生き方について、あなたは実際にどれだけ知っていますか。
- どの分野で、神にではなく人に喜ばれたい誘惑を感じていますか。
- あなたの周りで、福音だけでなく、あなたの人生の一部も分かち合ってほしいと思っている人はだれでしょうか。
- 今、福音のどんなところがあなたにとって大切ですか。
引用された聖句
よくある質問
テサロニケ第一2章によると、福音の奉仕者とはどんな人ですか。
Ollie Lansdowneによれば、それは端的に言って、あなたに福音を宣べ伝えながら、あなたを気にかけてくれる人です。反対に直面してもイエスの良い知らせを言葉にし、パウロがテサロニケの人々にしたように、自分自身の人生も分かち合います。
なぜパウロのテサロニケ滞在は無駄ではなかったのですか。
パウロが滞在したのは三週間ほどで、敵対者たちは彼の訪問はむなしかったと言いました。しかし彼は、イエスが罪から救うために死なれたことをテサロニケの人々に伝えました。説教者にとって、福音を宣べ伝えることは決して無駄ではありません。これに価値がないなら、価値あるものは何もありません。
クリスチャンのリーダーが耳を傾けるに値するかどうか、どうすればわかりますか。
Ollie Lansdowneは二つの問いを挙げています。イエスの良い知らせをあなたに伝え続けるために、苦しみを受ける覚悟があるか。自分の評判よりもあなたのことを大切にしているか。答えられるほどその人を知らないなら、知るよう努めてください。
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