聖書 — 口語訳 (1955)

使徒行伝 17

概要

使徒行伝17章は、パウロの第二回宣教旅行をたどります。テサロニケでパウロは、キリストが苦しみを受けて死人の中からよみがえるはずであったことを聖書から論証し、町に騒ぎを引き起こします。ベレヤでは、聞く人々が毎日、パウロの語ることを確かめます。偶像に満ちた町アテネでは、「知られない神に」と刻まれた祭壇を出発点に、アレオパゴスの哲学者たちに語りかけます。創造主は宮にはお住みにならず、求められることを望んでおられ、イエスのよみがえりを根拠に、すべての人に悔い改めを命じておられるのです。

この章の5つの区分

  1. 1-9節テサロニケ:福音は弟子を生み、騒ぎも引き起こす
  2. 10-15節ベレヤ:日々聖書を調べる聞き手たち
  3. 16-21節アテネ:偶像に憤り、哲学者たちと語り合うパウロ
  4. 22-31節アレオパゴスの説教:悔い改めを求める創造主なる神
  5. 32-34節あざ笑う者、先延ばしにする者、そして信じた幾人か

1一行は、アムピポリスとアポロニヤとをとおって、テサロニケに行った。ここにはユダヤ人の会堂があった。

2パウロは例によって、その会堂にはいって行って、三つの安息日にわたり、聖書に基いて彼らと論じ、

3キリストは必ず苦難を受け、そして死人の中からよみがえるべきこと、また「わたしがあなたがたに伝えているこのイエスこそは、キリストである」とのことを、説明もし論証もした。

4ある人たちは納得がいって、パウロとシラスにしたがった。その中には、信心深いギリシヤ人が多数あり、貴婦人たちも少なくなかった。

5ところが、ユダヤ人たちは、それをねたんで、町をぶらついているならず者らを集めて暴動を起し、町を騒がせた。それからヤソンの家を襲い、ふたりを民衆の前にひっぱり出そうと、しきりに捜した。

6しかし、ふたりが見つからないので、ヤソンと兄弟たち数人を、市の当局者のところに引きずって行き、叫んで言った、「天下をかき回してきたこの人たちが、ここにもはいり込んでいます。

7その人たちをヤソンが自分の家に迎え入れました。この連中は、みなカイザルの詔勅にそむいて行動し、イエスという別の王がいるなどと言っています」。

8これを聞いて、群衆と市の当局者は不安に感じた。

9そして、ヤソンやほかの者たちから、保証金を取った上、彼らを釈放した。

10そこで、兄弟たちはただちに、パウロとシラスとを、夜の間にベレヤへ送り出した。ふたりはベレヤに到着すると、ユダヤ人の会堂に行った。

11ここにいるユダヤ人はテサロニケの者たちよりも素直であって、心から教を受けいれ、果してそのとおりかどうかを知ろうとして、日々聖書を調べていた。

12そういうわけで、彼らのうちの多くの者が信者になった。また、ギリシヤの貴婦人や男子で信じた者も、少なくなかった。

13テサロニケのユダヤ人たちは、パウロがベレヤでも神の言を伝えていることを知り、そこにも押しかけてきて、群衆を煽動して騒がせた。

14そこで、兄弟たちは、ただちにパウロを送り出して、海べまで行かせ、シラスとテモテとはベレヤに居残った。

15パウロを案内した人たちは、彼をアテネまで連れて行き、テモテとシラスとになるべく早く来るようにとのパウロの伝言を受けて、帰った。

16さて、パウロはアテネで彼らを待っている間に、市内に偶像がおびただしくあるのを見て、心に憤りを感じた。

17そこで彼は、会堂ではユダヤ人や信心深い人たちと論じ、広場では毎日そこで出会う人々を相手に論じた。

18また、エピクロス派やストア派の哲学者数人も、パウロと議論を戦わせていたが、その中のある者たちが言った、「このおしゃべりは、いったい、何を言おうとしているのか」。また、ほかの者たちは、「あれは、異国の神々を伝えようとしているらしい」と言った。パウロが、イエスと復活とを、宣べ伝えていたからであった。

19そこで、彼らはパウロをアレオパゴスの評議所に連れて行って、「君の語っている新しい教がどんなものか、知らせてもらえまいか。

20君がなんだか珍らしいことをわれわれに聞かせているので、それがなんの事なのか知りたいと思うのだ」と言った。

21いったい、アテネ人もそこに滞在している外国人もみな、何か耳新しいことを話したり聞いたりすることのみに、時を過ごしていたのである。

22そこでパウロは、アレオパゴスの評議所のまん中に立って言った。「アテネの人たちよ、あなたがたは、あらゆる点において、すこぶる宗教心に富んでおられると、わたしは見ている。

23実は、わたしが道を通りながら、あなたがたの拝むいろいろなものを、よく見ているうちに、『知られない神に』と刻まれた祭壇もあるのに気がついた。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、いま知らせてあげよう。

24この世界と、その中にある万物とを造った神は、天地の主であるのだから、手で造った宮などにはお住みにならない。

25また、何か不足でもしておるかのように、人の手によって仕えられる必要もない。神は、すべての人々に命と息と万物とを与え、

26また、ひとりの人から、あらゆる民族を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに時代を区分し、国土の境界を定めて下さったのである。

27こうして、人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見いだせるようにして下さった。事実、神はわれわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない。

28われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。あなたがたのある詩人たちも言ったように、『われわれも、確かにその子孫である』。

29このように、われわれは神の子孫なのであるから、神たる者を、人間の技巧や空想で金や銀や石などに彫り付けたものと同じと、見なすべきではない。

30神は、このような無知の時代を、これまでは見過ごしにされていたが、今はどこにおる人でも、みな悔い改めなければならないことを命じておられる。

31神は、義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかたによってそれをなし遂げようとされている。すなわち、このかたを死人の中からよみがえらせ、その確証をすべての人に示されたのである」。

32死人のよみがえりのことを聞くと、ある者たちはあざ笑い、またある者たちは、「この事については、いずれまた聞くことにする」と言った。

33こうして、パウロは彼らの中から出て行った。

34しかし、彼にしたがって信じた者も、幾人かあった。その中には、アレオパゴスの裁判人デオヌシオとダマリスという女、また、その他の人々もいた。

鍵となる聖句

11節
ここにいるユダヤ人はテサロニケの者たちよりも素直であって、心から教を受けいれ、果してそのとおりかどうかを知ろうとして、日々聖書を調べていた。

ベレヤのユダヤ人は、素直な心の持ち主として称えられています。彼らは心から教えを受け入れながら、それが本当かどうかを毎日聖書で確かめました。真剣な信仰は、考えることを排除しません。

23節
実は、わたしが道を通りながら、あなたがたの拝むいろいろなものを、よく見ているうちに、『知られない神に』と刻まれた祭壇もあるのに気がついた。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、いま知らせてあげよう。

パウロは文化の接点、つまり知られない神の祭壇から語り始め、知らずに拝まれている神を告げ知らせます。ギリシャ人の前で聖書をそのまま読み上げるのではなく、彼らの世界から語りかけています。

27-28節
こうして、人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見いだせるようにして下さった。事実、神はわれわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない。 われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。あなたがたのある詩人たちも言ったように、『われわれも、確かにその子孫である』。

神は求められることを望み、私たちひとりびとりから遠く離れてはおられません。パウロは「われわれは神のうちに生き、動き、存在している」と言い、聞き手に伝わるようギリシャの詩人の言葉も引いています。

30-31節
神は、このような無知の時代を、これまでは見過ごしにされていたが、今はどこにおる人でも、みな悔い改めなければならないことを命じておられる。 神は、義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかたによってそれをなし遂げようとされている。すなわち、このかたを死人の中からよみがえらせ、その確証をすべての人に示されたのである」。

メッセージはここで絞り込まれます。神は今、どこにいる人でもみな悔い改めるよう命じておられます。よみがえらせたかたによって、義をもって世界をさばかれるからです。その確証として示されたのが、よみがえりです。

この章に登場する人物

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説教が語っていること

絶えぬ反対の中でも進む御言葉使徒行伝17章1節から15節の説教です。テサロニケでは反対が執拗に続き、ベレヤでは御言葉が日々吟味されます。信仰を隠さないこと、そして自分自身で聖書を調べることをすすめています。要約を読む →神はどのようにご自身を知らせるのか:アンリ・ブロシェとの対話神学者アンリ・ブロシェは、アテネでの説教に立ちます。すべての人は創造に由来する神への感覚を持っており、神を知ることが偶像を倒すと語ります。要約を読む →エフェソ6章、御霊の剣を抜け ― 神の言葉という武器神の武具のシリーズでは、アテネのパウロが引かれます。世界に神を示すには、相手の文化を理解し、イエスがその人の深い願いに答えてくださることを示す必要があると語ります。要約を読む →小さな雲がヨーロッパに来るリバイバルを告げるカンファレンスのメッセージで、霊的に飢えた人々の前に立つアテネのパウロが取り上げられ、ヨーロッパでの信仰復興を信じるよう励まします。要約を読む →私たちは霊的な医者ですテサロニケ人への手紙の背景を説明しながら、この説教は、パウロとシラスが去ったあと、使徒行伝17章で生まれた教会が圧力と迫害の中で成長したことを思い起こさせます。要約を読む →

使徒行伝17章についてよくある質問

使徒行伝17章23節の「知られない神」の祭壇とは何ですか。

アテネの人々は、どの神も忘れることのないよう、知られない神のための祭壇を築いていました。パウロはそれを出発点とし、あなたがたが知らずに拝んでいるものを知らせましょう、と語ります。そして、万物の創造主であり、イエス・キリストにおいてご自身を現された唯一の神を示します。

使徒行伝17章11節で、ベレヤの人々はなぜ素直だと言われているのですか。

彼らは御言葉を心から受け入れながら、パウロの語ることが本当かどうかを、毎日聖書で調べたからです。何でも無批判に受け入れることも、頭から拒むこともしませんでした。この姿勢は、聖書を読み、教えられることを確かめる上での模範です。

パウロのアレオパゴスでの説教のメッセージは何ですか。

パウロは、何も必要とせず、命を与え、求められることを望んでおられる創造主を告げ知らせます。さばきの日が定められているので、すべての人に悔い改めを命じておられること、その確証がイエスのよみがえりであることを語ります。ある人々はあざ笑い、ある人々は時間をおくと言い、幾人かは信じました。

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