家族:神様が諦めなかった最初の計画

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はじめに

なぜ夫婦や家族というものは、あなたにこれほど夢を見させると同時に、これほど恐れを抱かせるのでしょうか。エティエンヌはこの説教を、冷静な現実の確認から始めます。人口統計の研究は、あなたが周りで目にしていることを裏づけています。私たちは初めから「プランB」を用意した上で夫婦になろうとします。子どもの数は減っています。関わりへの決断は先延ばしにされます。それでも、これほど脆いものなら、なぜ完全に諦めてしまわないのでしょうか。それは、あなたの心の奥深くに、それでもなお消えない、前向きで深い願いが残っているからです。この願いは偶然ではありません。それは、家族に対する神様の最初の計画とあなたがつながっている証しなのです。聖書はあなたの挫折感を理解する鍵を与えてくれるだけでなく、その挫折の背後にある、もともとの前向きな理由も思い出させてくれます。創世記1〜2章の中に、あなたはこのあまりに良い計画を見出すことになります。そして、神様がそれを決して諦めなかったことも分かるでしょう。

メッセージの構成

1. これほど良い計画なら…(創世記1章と2章)

  • エティエンヌは、神様の計画の良さを測るための鍵となる概念を示します。それは「関係」です。神様はあなたを、神様との間に、他者との間に、そして被造物全体との間に、完全な関係の中で生きるようにと造ってくださいました。調和と喜びに満ちた関係です。
  • それを生き、それを目にするための最初の場所こそ、家族です。初めから三つの使命が与えられています。神様の栄光を映し出すこと、神様の良い権威のもとで神様に仕えること、補い合いを喜ぶことです。
  • ここで一つの招きがあります。今日機能不全になっているものすべてを数え上げる前に、まずこの最初の計画の美しさを見る時間を取ってください。そうすることで、現実の見方そのものが変わってきます。

2. 神様の栄光を映し出すための家族(創世記1:27-28)

  • 「神は自分のかたちに人を創造された。神のかたちにこれを創造し、男と女に彼らを創造された。」神様はご自分の栄光に満ちた姿を地上に刻んでくださいました。それは、一人ひとりの人間を通して、神様の美しさの反映を見ることができるようにするためです。
  • 「生めよ、ふえよ、地に満ちよ。」神様はご自分の栄光の美しさのうちに増え広がっていく命の源です。家族こそ、この祝福が何よりも祝われ、生きられる場所です。
  • 具体的に言えば、神様の計画に沿った家族とは、尊厳の場所です(「あなたは神様のかたちに造られている、わが子よ」)。それは、自分で勝ち取る必要のないアイデンティティを受け取る場所であり、安心の場所です。エティエンヌは、結婚・家族カウンセラーである妻ロランスがあまりにも頻繁に目にすることを思い起こします。自分自身の家族の中で、自分は価値がない、愛されていないと感じている子どもたちのことです。神様の計画は、その正反対なのです。
  • そして(エティエンヌはユーモアを交えて「人口の再武装」という話題に触れつつ)、創世記1章28節を読むだけで十分です。子どもを生み、命と愛の神様のもとで育つ男女で地を満たしなさい、ということです。

3. 神様の良い権威のもとで神様に仕えるための家族(創世記2:15-17)

  • 2章に焦点を当てます。神様は人を取り、エデンの園に置いて「これを耕させ、これを守らせる」ようにされました。それは所有ではなく、責任です。虐げることではなく、大切に世話することです。
  • 善悪の知識の木についての命令は、神様が権威の源であることを思い起こさせます。そして良い知らせがあります。神様は善そのものの作者だということです。善の源が存在するのは、神様がそれを据えてくださったからです。
  • 神様の良い権威のもとで仕えるとは、神様があなたの手に委ねてくださったものを大切に世話し、この祝福された家族の中で自分の家族を育て、良いもの、正しいもの、大切なものを、あなたの夫婦関係や子どもたちに伝えていくことを意味します。
  • エティエンヌは率直にこう語ります。権威に対する多くの壊れた関係は、家族の中での権威の悪い行使や悪い経験、つまり権威の不在や抑圧的な権威から来ている、と。神様の良い権威に基づくとき、回復された権威が可能になります。

4. 互いの補い合いを喜ぶための家族(創世記2:18-25)

  • 「人がひとりでいるのは良くない。」エティエンヌはこの節を自分自身に当てはめます。「エティエンヌがひとりでいるのは良くない。」一人だけでは神様を映し出すことはできません。男と女が共にあってこそ、神様のかたちなのです。
  • 「彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」ここで使われている「助け手」ということば(エゼル)は、聖書の他の箇所で、神様がご自分の民に対する助けを表すために使うのと同じことばです。ですからこれは、格下の助け手ではありません。使命に見合う、対等な助け手なのです。
  • 創世記2章23節は聖書に記された最初の詩です。「これこそ、私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女(イシャー)と名づけよう。これは男(イシュ)から取られたものだから。」構造の上では本当に異なる二つの存在でありながら、共に神様を映し出すために完璧に対応し合っています。
  • 創世記2章24〜25節。「それゆえ、男はその父母を離れ、その妻と結び合い、ふたりは一体となる。人とその妻とは、ふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。」誠実さ、安定、永続性、そしてもう一人は脅威ではありませんでした。それが、神様の望まれた「異なる存在同士の美しさ」です。
  • 創世記1章31節における神様の評価です。「見よ、それは非常に良かった。」この計画は、感謝と礼拝と信頼のうちに生きられるにふさわしいものです。

5. 神様はそれを諦めなかった(創世記12:1-3)

  • 聖書のその後の展開は容赦がありません。反逆、洪水、バベルの塔、そしてアブラハム、ヤコブ、ダビデの家族。どれも機能不全でした。聖書はその破れを隠しません。
  • それでも、神様から離れてしまったこの人類の只中で、神様はアブラハムを召されます。「あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民とする。地上のすべての家族は、あなたによって祝福される。」一つの家族が、すべての家族を祝福するために選ばれたのです。
  • ここでの適用点です。神様は、あなた以上に決意を固めています。神様はご自分の計画を諦めていません。あなたが落胆し、諦めたくなり、壊れた家族の痛みを背負うように誘惑されるとき、粘り強く歩み続けてください。希望を持ち続けてください。神様がご自分の最初の計画を諦めなかったのなら、神様はあなたにも、あなたの家族と夫婦関係の中で、そのみこころを求め続ける力を与えてくださいます。

6. キリストにおける完全な成就(マルコ3:31-35)

  • エティエンヌはこう認めます。聖書の物語のその後も、あまり良くはなりません。反逆的で、分裂し、疲れ果てた民です。しかし、まさにこの歴史の中で、神様はご自分の御子イエス様を与えられ、イエス様を通してご自分の最初の計画を成就させてくださいました。
  • マルコ3章。イエス様の母と兄弟たちが、外からイエス様を呼びます。イエス様はご自分の周りに座っている群衆を見渡してこう宣言されます。「見なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。神様のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、母なのです。」
  • これは、家族的な修道生活を送れという招きではありません。これは力強い宣言です。教会は、個人や夫婦や家族を無効にするのではなく、それらを豊かにするのです。父、母、子どもたち、血縁の家族が取り除かれるのではなく、神様の大きな家族の中に浸されることによって回復されるのです。
  • ここには二つの結論があります。まず、教会は、自分自身の家族での経験によって傷つけられた人たちが、キリストにあって愛、尊厳、アイデンティティ、再建、赦し、希望を見出せる場所です。次に、どの家族も「自分中心」「夫婦中心」「家族中心」といった視点にとどまることはできません。すべての家族は、イエス様が築いておられる大きな家族に仕えるようにと召されているのです。

心に留めておきたいポイント

  • 壊れた家族を前にしたあなたの挫折感は、今の時代の欠陥のしるしではありません。それはむしろ、神様が最初に据えてくださった、あまりに良い計画の記憶を、あなたがまだ抱いている証しです。
  • 創世記1〜2章は、家族に三つの使命を与えています。神様の栄光を映し出すこと、神様の良い権威のもとで神様に仕えること、神様が望まれた補い合いを喜ぶことです。
  • 「人がひとりでいるのは良くない。」人に与えられた助け手は、格下の存在ではありません。使命に見合う対等な相手であり、共に神様を映し出すために欠かせない存在です。
  • 神様はご自分の計画を決して諦めませんでした。反逆、洪水、機能不全の家族があったにもかかわらず、神様はアブラハムを召し、地上のすべての家族を祝福しようとされます。
  • イエス様にあって、あなたの血縁の家族は取り除かれることも、絶対化されることもありません。それは神様の大きな家族の中に浸され、父のみこころを行う者はだれでも兄弟、姉妹、母となるのです。

個人的な適用

  1. あなたが自分の家族のことを考えるとき、最初に湧いてくる思いは、懐かしさですか、失望ですか、それとも感謝ですか。今日、少し時間を取って、あなたの家族の歴史の中で、神様のあまりに良い計画をまだ映し出しているものを書き出してみてください。
  2. エティエンヌが思い起こさせてくれた三つの使命(神様の栄光を映し出すこと、神様の権威のもとで仕えること、補い合いを喜ぶこと)のうち、今のあなたにとって最も弱くなっているのはどれですか。それを強めるために、今週あなたが下せる具体的な決断は何ですか。
  3. あなたの家庭の中で、今日改めてこう伝える必要がある人はいますか。「あなたは神様に望まれて生まれてきた。あなたの尊厳は神様から来ている。あなたは神様のかたちに造られている」と。それを書き、それを口にし、それを伝えてください。
  4. もしあなたの家族が破れや失望に彩られているなら、今のあなたが信じにくく感じている神様の姿は何ですか。決して諦めない神様の姿ですか。今週、創世記12章1〜3節のようなみことばを取り上げ、それを自分自身への語りかけとして黙想してみてください。
  5. あなたの個人的な計画、夫婦としての計画、家族としての計画の中で、教会はどんな位置を占めていますか。あなたは「家族が中心」という見方から、「家族は神様の大きな家族に仕えるためにある」という見方へと移る備えができていますか。そのための最初の一歩は何ですか。

引用された聖句

よくある質問

なぜ家族についての考察を創世記1章と2章から始めるのですか。

それは、創世記1〜2章があなたに、堕落の前、傷や機能不全が生まれる前の、神様の最初の計画を示してくれるからです。そこであなたは、家族が文化的な発明ではなく神様の意図であることを知ります。それは神様の栄光を映し出し、神様の良い権威のもとで神様に仕え、男と女の補い合いを喜ぶために造られた場所です。この出発点がなければ、壊れた家族を前にしたあなたの深い挫折感も、調和を求め続けるあなたの願いも、理解することはできないでしょう。エティエンヌはこれを「あまりに良い計画」と呼びます。それは、その後に起こるすべてのことを測る基準であり続けます。

神様の計画がそんなに良いものなら、なぜ現実の家族はこれほど厳しいのですか。

聖書は破れを隠しません。創世記1〜2章の後、反逆、洪水、バベルの塔、そしてアブラハム、ヤコブ、ダビデの家族(いずれも機能不全でした)は、罪が最初の計画を損なってしまったことを示しています。それでも神様はご自分の計画を諦めませんでした。創世記12章でアブラハムを選び、地上のすべての家族を祝福すると約束し、罪が壊したものを回復するためにイエス様を送ってくださいました。家族の苦しみは現実です。けれどもキリスト者の希望は、それ以上に現実なのです。だからこそエティエンヌはこう強調します。諦めたくなったとき、粘り強く歩み続けてください。神様は、あなた以上に決意を固めておられます。

自分の家族が傷ついていたり壊れていたりするとき、教会はどんな場所になりますか。

マルコ3章でイエス様は家族の定義を広げます。神様のみこころを行う者はだれでも、イエス様の兄弟、姉妹、母だというのです。教会はあなたの血縁の家族を無効にするのではなく、それを豊かにしてくれます。教会はまた、自分の家族によって傷つけられた人たちが、キリストにあって愛、尊厳、アイデンティティ、再建、赦し、希望を見出せる場所でもあります。結婚していても、独身でも、離婚していても、配偶者を亡くしていても、あなたには神様の大きな家族の中に居場所があり、そこで果たすべき使命があります。どのキリスト者の家族も、自分の中に閉じこもって生きることはできません。すべての家族は、イエス様が築いておられる大きな家族に仕えるようにと召されているのです。

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