繁栄より先に聖化を:日々成長する歩み

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はじめに

人生が豊かになることを願うのは、とても自然なことです。すべてのクリスチャン、すべての人が前進したい、成長したいと願っています。しかし、ジャン=ブレーズ・アムグ牧師はメッセージの冒頭で、すべてを正しい位置に戻すある事実を思い出させてくれます。あなたはある方に属しており、あなたを望むままに成長させてくださるのは、まさにその方だということです。

今回のメッセージのテーマははっきりしています。繁栄より先に聖化と救いを。神はあなたが夢見るように祝福される前に、まずあなたを変えたいと願っておられます。あなたを高い場所に立たせる前に、まず谷間であなたを形作りたいと願っておられます。つまり、霊的成熟は短距離走ではありません。それは、日々神とともに歩む道であり、自分を捨てること、試練を受け入れること、目に見える実、そして忍耐から成り立っています。

メッセージの構成

1. 霊的成熟は新しい誕生から始まる

  • 子どもが成熟していない間は、しもべのままです。ただ耐え、ただ従うだけで、父が何を望んでおられるかをまだ理解していません。神のみこころに入るためには息子・娘とならなければならず、それは新しい誕生から始まります。
  • ニコデモは律法(トーラー)を暗記しており、イスラエルの教師でしたが、イエスは彼にこう言われました。「人は新しく生まれなければ、神の国を見ることができない」(ヨハネ 3章)。知的な知識は新しい誕生の代わりにはなりません。
  • 新しく生まれるとは、イエスなしにはすべてが台無しになると認め、古い人生を捨て、キリストをただひとりの主、個人的な救い主として受け入れることです。肉はあなたの内になお残っていますが、イエスはそれに勝利されました。キリストにある者に、もはや罪の宣告はありません。
  • 説教者は強調します。あなたは聖霊の宮です。すべてを創造された全能の神ご自身が、あなたの内に住んでくださるのです。新しく生まれ、聖霊に満たされたクリスチャンに必要なのは、悪霊からの解放ではなく、肉の業からの解放です。

2. 成長は日々のプロセスである

  • 「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい」(ルカ 9:23)。日々です。突然の出来事ではありません。礼拝の中での一時的な感情でもありません。少しずつ進む道なのです。
  • 神は神なる陶器師です。砕き、形作り、あなたを傷つけかねない小さな石のかけらを取り除いてくださいます。望むままに行われます。子どもは一日で大人にはなりません。弟子も一歩一歩成長していくのです。
  • 成熟は日々の規則正しい習慣によって築かれます。神に語りかけ、また黙って耳を傾ける日々の祈り、御言葉の(読むだけでなく)黙想、神が求めることへの絶えざる従順です。
  • あなたを変えるのは、たまに行う大きな行動ではなく、イエスにあって、イエスによって、イエスのために生きる規則正しい習慣です。自分の意志ではなく、神のみこころを行うことによってです。

3. 神は時と試練を用いてあなたを成長させる

  • ここでつまずく人が多いのです。試練が来るとすぐに犯人を探します。「サタンのせいだ、悪霊のせいだ、おじのせいだ、おばのせいだ」。説教者は方向を正します。神はあなたを日々、経験と試練と訓練によって形作っておられるのです。
  • 「あなたがたの信仰が試されることで忍耐が生まれると知りなさい。忍耐を十分に働かせなさい。それは、あなたがたが完全で申し分のない者となり、何一つ欠けたところのない者となるためです」(ヤコブ 1:3-4)。神の時、それは多くの人が待つことを嫌うものです。
  • 困難はあなたの人生における事故ではなく、変化のための道具です。試練がなければ、深みもありません。試練を一度も経験したことのないクリスチャンは、子どものままで、まだ息子・娘にはなっていません。
  • 説教者は1994年、トゥーロンでの実体験を語ります。牧会研修のために滞在していた家庭で、妻はいつも歌い、喜びに満ちていました。夫は十年前に離婚を求めて家を出て行っていたにもかかわらずです。十年間、彼女はひざまずき続けました。「父よ、これはあなたが私に与えてくださった夫です。彼に恵みを与えてください」。ある日、トゥーロンでの伝道集会から帰る途中の見知らぬ人が夫を通りで呼び止め、こう言いました。「主が、今すぐ家に戻りなさいとあなたに伝えるようにと私を遣わされました」。夫は帰宅し、階段でひざまずき、額を床につけて、神と妻に赦しを求めました。二人の息子は今、南部の大きな教会の牧師であり、聖霊に満たされた戦士です。この女性は何一つ欠けることがありませんでした。彼女は最後まで踏みとどまったのです。

4. 成熟は言葉ではなく実に現れる

  • 御霊の実はひとつです。愛、喜び、平安、忍耐、親切、善意、誠実、柔和、自制(ガラテヤ 5:22-23)。説教者は特に自制を強調します。これこそ、例外なく誰もがつまずくところだからです。
  • 誰かがあなたを攻撃してくると、自制はすぐに消え去ります。あなたは言い返してしまいます。「あなたは何者ですか。どうしてそんな言い方をするのですか」。しかし使徒パウロは思い起こさせます。私たちは同じ御霊をいただいているのです。その御霊は分かれてはいません。
  • 愛するとは、礼拝でのスローガンではありません。すべてがうまくいかないときでも、あなたと兄弟の間に隔たりがないことを自分自身に証明することです。相手を正すとき、柔らかい言葉で語ることです。嫉妬、軽蔑、つまらない争いを手放すことです。
  • 「成熟とは、あなたが語ることではなく、あなたがイエス・キリストにあってどう変わっていくかです」。

5. 成長には訓練と忍耐が必要である

  • 「すべての訓練は、そのときは喜ばしいものではなく、むしろ悲しいものと思われますが、後になるとそれによって鍛えられた人々に、義という平安の実を結ばせます」(ヘブル 12:11)。あなたは、神があなたをご自身の訓練の道へと導かれることを受け入れますか。
  • 多くの人が拒みます。「クリスチャンである私が苦しむはずがない」。しかし、苦しまなかった使徒がいるでしょうか。パウロは死んだと思われるほど打たれました。ペテロは殉教して死にました。神ご自身が、パウロが高慢にならないようにと、ある悪霊が彼につきまとうことさえ許されました。苦しみは道の一部なのです。
  • 神はある種の習慣を打ち砕きたいと願っておられます。あなたを解放するために、あなたが心の奥深くに隠しているものを表に出させたいのです。多くのクリスチャンが病み、苛立ち、苦しんでいるのは、隠しているものをイエスに明け渡さずに抱え込んでいるからです。
  • やる気が起きなくても忍耐しなさい。カメルーンでよく言うように、「押しては、くさびをかませる」のです。あなたは自分の人生を坂の上へと押し進め、疲れたときにはくさびをかませて休み、そしてまた押します。真実であるとは、教会で賛美歌を歌っているときのことではありません。涙すら流れなくなり、うめきしか残っていないときのことです。今日つらいことが、明日、揺るがない人生を生み出すのです。

覚えておきたいポイント

  • 霊的成熟は短距離走ではありません。それは日々、少しずつ、意図をもって歩む神との道です。
  • それは新しい誕生から始まります。新しい誕生がなければ、ニコデモのように聖書を暗記していても、神の国を見ることは決してできません。
  • 試練は事故ではありません。神があなたを砕き、形作り、より強くするために用いる道具です。
  • あなたの成長を測る本当の指標は、あなたの人生における御霊の実です。愛、忍耐、柔和、自制。特にうまくいかないときにこそ問われます。
  • 真実であるとは、力も涙も残っていないときに忍耐し続けることです。今日つらいことが、明日、揺るがない人生を生み出します。

自分への適用

  1. あなたはまだ自分の欲望のしもべである子どものままですか。それとも、父のみこころを行おうとする息子・娘ですか。今、実際にどこにいますか。
  2. 祈り、御言葉を黙想し、神に耳を傾けるために、日々どのような具体的な習慣を築いていますか。それとも、まだ大きな霊的出来事を待っていますか。
  3. あなたは今、どんな試練の中にいますか。それから逃げよう、誰かのせいにしようとしていますか、それとも神の御手の中で変化のための道具として受け止めていますか。
  4. 今週、自制、柔和、家族や配偶者、教会の兄弟姉妹への愛において、どこで失敗しましたか。今日、告白すべきことは何ですか。
  5. あなたが心の奥深くに隠していて、神が解放のために表に出したいと願っているものはありますか。ありのままの心を神に明け渡す備えができていますか。

引用された聖句

  • ルカ 9:23 · 「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。」
  • 2ペテロ 3:11-18 · 「私たちの主また救い主イエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。」
  • ヨハネ 3:3 · 「人は新しく生まれなければ、神の国を見ることができない。」
  • ローマ 1:18-21 · 「神の怒りは、天から啓示されている……」
  • ヤコブ 1:3-4 · 「あなたがたの信仰が試されることで忍耐が生まれる。」
  • ガラテヤ 5:22-23 · 御霊の実。愛、喜び、平安、忍耐、親切、善意、誠実、柔和、自制。
  • ヘブル 12:11 · 「すべての訓練は、そのときは喜ばしいものではなく……後になると義という平安の実を結ばせる。」
  • ヘブル 12:14 · 「聖化を追い求めなさい。それがなければ、だれも主を見ることができません。」
  • ローマ 8:1 · 「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。」

よくある質問

なぜ聖化が繁栄より先に来る必要があるのですか。

神はまずあなたを祝福することよりも、あなたを変えることを求めておられるからです。聖化がなければ、「だれも主を見ることができません」(ヘブル 12:14)。変えられた人生を伴わない物質的・感情的な繁栄は、空虚で表面的で、もろいものにとどまります。神はあなたを高い場所に立たせる前に、まずあなたを新しい創造物としたいと願っておられます。

自分が本当に霊的に成長しているかどうか、どうすれば分かりますか。

それを証明するのは、教会での在籍年数や聖書の知識、任されている働きではありません。ニコデモは律法をすべて知っていましたが、まだ新しく生まれていませんでした。むしろ、あなたの人生における御霊の実を見てください。愛、喜び、平安、忍耐、柔和、自制(ガラテヤ 5:22-23)。そして、あなたが試練をどう乗り越えているかも見てください。成熟とは、あなたが語ることではなく、あなたがイエス・キリストにあってどう変わっていくかです。

なぜ神は私の人生にこれほど多くの試練を許されるのですか。

説教者ははっきりと語ります。困難は事故ではなく、変化のための道具です。陶器師が粘土を砕き、形作るように、神は時と試練を用いてあなたを成長させます。試練がなければ、霊的な深みも成熟もありません。今日つらいことが、明日、揺るがない人生を生み出します。ですから問うべきは「なぜですか」ではなく、「主よ、あなたは私に何を分からせようとしておられるのですか」です。

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