聖書 — 口語訳 (1955)
マタイによる福音書 15
概要
マタイ15章は四つの場面を続けて描きます。パリサイ人たちは、弟子たちが昔の人の言い伝えを守らないと責め、イエスは、彼らの言い伝えが神の言を無にしていると答えられます。次に、人をけがすものは食べるものではなく、心から出てくるものだと説明されます。ツロとシドンの近くで、イエスはカナンの女の信仰を受け入れ、その娘を解放されます。最後に、ガリラヤの海のほとりで、群衆をいやし、七つのパンで四千人を養われます。
この章の4つの区分
1ときに、パリサイ人と律法学者たちとが、エルサレムからイエスのもとにきて言った、
2「あなたの弟子たちは、なぜ昔の人々の言伝えを破るのですか。彼らは食事の時に手を洗っていません」。
3イエスは答えて言われた、「なぜ、あなたがたも自分たちの言伝えによって、神のいましめを破っているのか。
4神は言われた、『父と母とを敬え』、また『父または母をののしる者は、必ず死に定められる』と。
5それだのに、あなたがたは『だれでも父または母にむかって、あなたにさしあげるはずのこのものは供え物です、と言えば、
6父または母を敬わなくてもよろしい』と言っている。こうしてあなたがたは自分たちの言伝えによって、神の言を無にしている。
7偽善者たちよ、イザヤがあなたがたについて、こういう適切な預言をしている、
8『この民は、口さきではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。
9人間のいましめを教として教え、無意味にわたしを拝んでいる』」。
10それからイエスは群衆を呼び寄せて言われた、「聞いて悟るがよい。
11口にはいるものは人を汚すことはない。かえって、口から出るものが人を汚すのである」。
12そのとき、弟子たちが近寄ってきてイエスに言った、「パリサイ人たちが御言を聞いてつまずいたことを、ご存じですか」。
13イエスは答えて言われた、「わたしの天の父がお植えにならなかったものは、みな抜き取られるであろう。
14彼らをそのままにしておけ。彼らは盲人を手引きする盲人である。もし盲人が盲人を手引きするなら、ふたりとも穴に落ち込むであろう」。
15ペテロが答えて言った、「その譬を説明してください」。
16イエスは言われた、「あなたがたも、まだわからないのか。
17口にはいってくるものは、みな腹の中にはいり、そして、外に出て行くことを知らないのか。
18しかし、口から出て行くものは、心の中から出てくるのであって、それが人を汚すのである。
19というのは、悪い思い、すなわち、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、誹りは、心の中から出てくるのであって、
20これらのものが人を汚すのである。しかし、洗わない手で食事することは、人を汚すのではない」。
21さて、イエスはそこを出て、ツロとシドンとの地方へ行かれた。
22すると、そこへ、その地方出のカナンの女が出てきて、「主よ、ダビデの子よ、わたしをあわれんでください。娘が悪霊にとりつかれて苦しんでいます」と言って叫びつづけた。
23しかし、イエスはひと言もお答えにならなかった。そこで弟子たちがみもとにきて願って言った、「この女を追い払ってください。叫びながらついてきていますから」。
24するとイエスは答えて言われた、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外の者には、つかわされていない」。
25しかし、女は近寄りイエスを拝して言った、「主よ、わたしをお助けください」。
26イエスは答えて言われた、「子供たちのパンを取って小犬に投げてやるのは、よろしくない」。
27すると女は言った、「主よ、お言葉どおりです。でも、小犬もその主人の食卓から落ちるパンくずは、いただきます」。
28そこでイエスは答えて言われた、「女よ、あなたの信仰は見あげたものである。あなたの願いどおりになるように」。その時に、娘はいやされた。
29イエスはそこを去って、ガリラヤの海べに行き、それから山に登ってそこにすわられた。
30すると大ぜいの群衆が、足、手、目や口などが不自由な人々、そのほか多くの人々を連れてきて、イエスの足もとに置いたので、彼らをおいやしになった。
31群衆は、口のきけなかった人が物を言い、手や足が不自由だった人がいやされ、盲人が見えるようになったのを見て驚き、そしてイスラエルの神をほめたたえた。
32イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた、「この群衆がかわいそうである。もう三日間もわたしと一緒にいるのに、何も食べるものがない。しかし、彼らを空腹のままで帰らせたくはない。恐らく途中で弱り切ってしまうであろう」。
33弟子たちは言った、「荒野の中で、こんなに大ぜいの群衆にじゅうぶん食べさせるほどたくさんのパンを、どこで手に入れましょうか」。
34イエスは弟子たちに「パンはいくつあるか」と尋ねられると、「七つあります。また小さい魚が少しあります」と答えた。
35そこでイエスは群衆に、地にすわるようにと命じ、
36七つのパンと魚とを取り、感謝してこれをさき、弟子たちにわたされ、弟子たちはこれを群衆にわけた。
37一同の者は食べて満腹した。そして残ったパンくずを集めると、七つのかごにいっぱいになった。
38食べた者は、女と子供とを除いて四千人であった。
39そこでイエスは群衆を解散させ、舟に乗ってマガダンの地方へ行かれた。
鍵となる聖句
父または母を敬わなくてもよろしい』と言っている。こうしてあなたがたは自分たちの言伝えによって、神の言を無にしている。
イエスはパリサイ人たちが、両親を敬うことについて、自分たちの言い伝えを神の言よりも優先させたと責められます。危険は、神が語られたことを無力にしてしまうことです。
というのは、悪い思い、すなわち、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、誹りは、心の中から出てくるのであって、
イエスは、心から出てきて人をけがすものを挙げられます。悪い思い、殺人、盗み、誹りです。問題は、外にある前に、まず内にあります。
そこでイエスは答えて言われた、「女よ、あなたの信仰は見あげたものである。あなたの願いどおりになるように」。その時に、娘はいやされた。
イエスは、沈黙や試練にも屈せず願い続けるカナンの女の大きな信仰をたたえられ、その娘はその時にいやされます。
イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた、「この群衆がかわいそうである。もう三日間もわたしと一緒にいるのに、何も食べるものがない。しかし、彼らを空腹のままで帰らせたくはない。恐らく途中で弱り切ってしまうであろう」。
イエスは、三日間も一緒にいる群衆をかわいそうに思われます。彼らを空腹のまま帰らせたくはないのです。
聖書クイズに挑戦
この章に登場する人物
説教が語っていること
マタイによる福音書15章についてよくある質問
マタイ15章によれば、本当に人をけがすものは何ですか。
イエスは、食べ物は腹に入るだけで心には届かず、言葉は内にあるものを映し出すと説明されます。悪い思い、偽り、誹りは、心から生まれます。神の前で人をけがすのは、外側の儀式ではなく、その人の内面の状態なのです。
なぜイエスはカナンの女に厳しいように見えるのですか。
イエスはまず沈黙し、次にイスラエルの失われた羊のところにつかわされたと言い、子供たちのパンと小犬のことを語られます。女は謙遜に食い下がり、イエスはその大きな信仰をたたえられます。注解者たちは、これを彼女の信仰を試す機会と見ており、それは娘の解放へと実を結びます。
五千人と四千人を養われた奇跡には、どんな違いがありますか。
マタイは二つの奇跡を語ります。四千人の奇跡は、群衆がいやされたあとに、七つのパンで行われ、残りは七つのかごに集められました。これは、ユダヤ人以外の人々にもより開かれた地域で起こり、イエスの同情がすべての人に向けられていることを示しています。
マタイによる福音書 15を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。