聖書 — 口語訳 (1955)

マタイによる福音書 7

概要

マタイの福音書7章は、山上の説教の結びです。イエスは、自分の目の梁を忘れて厳しく人をさばかないこと、父の善に信頼して粘り強く祈ること、人にしてほしいように人にすることを教えます。狭い門から入ること、実によって見分けられるにせ預言者に警戒することを勧め、主よ、主よと言うだけでは足りないと語ります。章は二つの家で終わります。イエスのことばを聞いて行う人は、岩の上に建てるのです。

この章の5つの区分

  1. 1-6節さばいてはならない:ちりと梁
  2. 7-12節求め、捜し、たたく、そして黄金律
  3. 13-14節狭い門と広い門
  4. 15-23節にせ預言者と本当の実
  5. 24-29節岩の上に建てられた家

1人をさばくな。自分がさばかれないためである。

2あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。

3なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。

4自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。

5偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。

6聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。

7求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。

8すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。

9あなたがたのうちで、自分の子がパンを求めるのに、石を与える者があろうか。

10魚を求めるのに、へびを与える者があろうか。

11このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。

12だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。これが律法であり預言者である。

13狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。

14命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。

15にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。

16あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。

17そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。

18良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない。

19良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれる。

20このように、あなたがたはその実によって彼らを見わけるのである。

21わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。

22その日には、多くの者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか』と言うであろう。

23そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』。

24それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。

25雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

26また、わたしのこれらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができよう。

27雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまう。そしてその倒れ方はひどいのである」。

28イエスがこれらの言を語り終えられると、群衆はその教にひどく驚いた。

29それは律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように、教えられたからである。

鍵となる聖句

1-2節
人をさばくな。自分がさばかれないためである。 あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。

イエスは、あらゆる見分けを捨てよと言っているのではなく、厳しく偽善的なさばきを避けなさいと言っています。人に用いる量りは、自分にも用いられます。

7-8節
求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。 すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。

三つの動詞は、信頼に満ちた粘り強い祈りを表します。イエスはこの信頼の土台を父の善に置いています。それは、親が子に抱く思いよりもさらに大きなものです。

12節
だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。これが律法であり預言者である。

黄金律と呼ばれるこの教えは、律法と預言者を要約しています。人にしてほしいと思うことを、人にもしなさいということです。

13-14節
狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。 命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。

イエスは二つの門と二つの道を対比します。群衆についていくことで満足せず、選んで入りなさいという招きです。

24-25節
それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。 雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

賢い人とは、聞くだけの人ではなく、行う人です。嵐は二つの家に等しく来ます。違いを生むのは土台です。

説教が語っていること

あなたは何者ですか:ヤコブ4章に学ぶ、人を裁く前に気づくべき自分の目の梁リヨンのコム・ラ・メゾン教会の説教者が、人をさばくことは正しいのかと問います。ヤコブ4章から出発し、舌の力と目の中の梁を思い起こしながら、聖書の目印を繊細に探ります。要約を読む →求めなさい、探しなさい、門をたたきなさい:世界の中で働くあなたの祈りマタイ7章7節から12節について、モメンタムのこのメッセージは、求め、捜し、たたくことの中に、粘り強く、キリストと結ばれ、隣人への愛によって生きる、行動する祈りを見ています。要約を読む →二つの門、ひとつの人生:狭い門から入る説教者はマタイ7章13節から14節にとどまります。イエスは知恵ある人の言葉で、たとえを用いて二つの門を示します。入ることは選択肢ではなく、現実の決断への招きです。要約を読む →岩の上に信仰を築いて、嵐の中でも揺るがずに立つルネ・ウアンジは、ルカ6章の並行箇所も用いながら、二つの家のたとえを語ります。建てるとは動き出すことです。みことばを行うことが、試練の中で立ち続ける鍵です。要約を読む →崩れない人生のための三つの土台ブレンダン・ホワイトは、子どものころ、大きすぎる土台の上に鳥の巣箱を作った思い出から語ります。嵐の中で家が立つかどうかは、その下に何を置いたかで決まります。要約を読む →

マタイによる福音書7章についてよくある質問

マタイ7章1節の、さばいてはいけないとはどういう意味ですか。

イエスは、断罪する、厳しい、自分の過ちを忘れたさばきを戒めています。目の中の梁がその例です。しかし見分けることを禁じているわけではありません。同じ章で、にせ預言者に警戒することが語られています。他人を正す前に、まず自分の心を吟味しなさいということです。

マタイ7章の狭い門とは何ですか。

イエスが示す、いのちに至る道の姿です。滅びに至る広い門と対比されています。安易さや群衆に従うのではなく、イエスに従う人生を選ぶようにという招きです。キリスト教のどの伝統も、これを個人的な決断への呼びかけと理解しています。

二つの家のたとえはどういう意味ですか。

イエスは、自分のことばを聞いて行う人を、岩の上に家を建てた賢い人にたとえ、聞いても行わない人を、砂の上に建てた愚かな人にたとえます。嵐は二つの家に来ます。違いを生むのは土台、つまりみことばへの従順です。

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