聖書 — 口語訳 (1955)

マラキ書 3

概要

マラキ書3章は、捕囚から戻ったものの、気落ちして熱の冷めた民に語りかけます。神は使者を遣わすと告げ、続いて、精錬する者の火のようにきよめる主が来られることを告げます。神は変わることがないと宣言し、特に十分の一とささげ物において、ご自分に立ち返るよう民を招かれます。民は、神に仕えるのはむなしいと不平を言います。章は、主を恐れる者たちのための記念の書で、これに答えます。

この章の5つの区分

  1. 1-5節使者と、来られてきよめてくださる主
  2. 6-7節神は変わらない:わたしに帰れ
  3. 8-12節十分の一とささげ物:わたしを試みよ
  4. 13-15節民の不平:神に仕えて何の益があるのか
  5. 16-18節記念の書と、義人と悪人との区別

1「見よ、わたしはわが使者をつかわす。彼はわたしの前に道を備える。またあなたがたが求める所の主は、たちまちその宮に来る。見よ、あなたがたの喜ぶ契約の使者が来ると、万軍の主が言われる。

2その来る日には、だれが耐え得よう。そのあらわれる時には、だれが立ち得よう。彼は金をふきわける者の火のようであり、布さらしの灰汁のようである。

3彼は銀をふきわけて清める者のように座して、レビの子孫を清め、金銀のように彼らを清める。そして彼らは義をもって、ささげ物を主にささげる。

4その時ユダとエルサレムとのささげ物は、昔の日のように、また先の年のように主に喜ばれる。

5そしてわたしはあなたがたに近づいて、さばきをなし、占い者、姦淫を行う者、偽りの誓いをなす者にむかい、雇人の賃銀をかすめ、やもめと、みなしごとをしえたげ、寄留の他国人を押しのけ、わたしを恐れない者どもにむかって、すみやかにあかしを立てると、万軍の主は言われる。

6主なるわたしは変ることがない。それゆえ、ヤコブの子らよ、あなたがたは滅ぼされない。

7あなたがたは、その先祖の日から、わが定めを離れて、これを守らなかった。わたしに帰れ、わたしはあなたがたに帰ろうと、万軍の主は言われる。ところが、あなたがたは『われわれはどうして帰ろうか』と尋ねる。

8人は神の物を盗むことをするだろうか。しかしあなたがたは、わたしの物を盗んでいる。あなたがたはまた『どうしてわれわれは、あなたの物を盗んでいるのか』と言う。十分の一と、ささげ物をもってである。

9あなたがたは、のろいをもって、のろわれる。あなたがたすべての国民は、わたしの物を盗んでいるからである。

10わたしの宮に食物のあるように、十分の一全部をわたしの倉に携えてきなさい。これをもってわたしを試み、わたしが天の窓を開いて、あふるる恵みを、あなたがたに注ぐか否かを見なさいと、万軍の主は言われる。

11わたしは食い滅ぼす者を、あなたがたのためにおさえて、あなたがたの地の産物を、滅ぼさないようにしよう。また、あなたがたのぶどうの木が、その熟する前に、その実を畑に落すことのないようにしようと、万軍の主は言われる。

12こうして万国の人は、あなたがたを祝福された者ととなえるであろう。あなたがたは楽しい地となるからであると、万軍の主は言われる。

13主は言われる、あなたがたは言葉を激しくして、わたしに逆らった。しかもあなたがたは『われわれはあなたに逆らって、どんな事を言ったか』と言う。

14あなたがたは言った、『神に仕える事はつまらない。われわれがその命令を守り、かつ万軍の主の前に、悲しんで歩いたからといって、なんの益があるか。

15今われわれは高ぶる者を、祝福された者と思う。悪を行う者は栄えるばかりでなく、神を試みても罰せられない』」。

16そのとき、主を恐れる者は互に語った。主は耳を傾けてこれを聞かれた。そして主を恐れる者、およびその名を心に留めている者のために、主の前に一つの覚え書がしるされた。

17「万軍の主は言われる、彼らはわたしが手を下して事を行う日に、わたしの者となり、わたしの宝となる。また人が自分に仕える子をあわれむように、わたしは彼らをあわれむ。

18その時あなたがたは、再び義人と悪人、神に仕える者と、仕えない者との区別を知るようになる。

鍵となる聖句

1節
「見よ、わたしはわが使者をつかわす。彼はわたしの前に道を備える。またあなたがたが求める所の主は、たちまちその宮に来る。見よ、あなたがたの喜ぶ契約の使者が来ると、万軍の主が言われる。

この預言は、主の道を備える使者を告げます。福音書はこれをバプテスマのヨハネに当てはめます。彼はイエスの来臨に備えました。

6節
主なるわたしは変ることがない。それゆえ、ヤコブの子らよ、あなたがたは滅ぼされない。

神はご自分が変わらない方であると断言されます。民が背きにもかかわらず滅ぼされなかったのは、民自身の忠実さではなく、神の変わらなさのゆえです。

10節
わたしの宮に食物のあるように、十分の一全部をわたしの倉に携えてきなさい。これをもってわたしを試み、わたしが天の窓を開いて、あふるる恵みを、あなたがたに注ぐか否かを見なさいと、万軍の主は言われる。

イスラエルに向けられた、十分の一をことごとく倉に携えて来て、神の家に食物があるようにせよという招きです。今日への適用については、教会によって読み方が異なります。今も有効な原則と見る人もいれば、古い契約に固有の本文であって、惜しみなく与える呼びかけが残ると見る人もいます。聖書は、与えることを、神を動かす手段としては示していません。

16節
そのとき、主を恐れる者は互に語った。主は耳を傾けてこれを聞かれた。そして主を恐れる者、およびその名を心に留めている者のために、主の前に一つの覚え書がしるされた。

落胆の中で、神を恐れる者たちは互いに語り合い、神は耳を傾けられ、記念の書が書かれます。神は、ご自分の民の忠実さを忘れられません。

17-18節
「万軍の主は言われる、彼らはわたしが手を下して事を行う日に、わたしの者となり、わたしの宝となる。また人が自分に仕える子をあわれむように、わたしは彼らをあわれむ。 その時あなたがたは、再び義人と悪人、神に仕える者と、仕えない者との区別を知るようになる。

神は、ご自分を恐れる者を、ご自分のものと呼ばれます。仕える子をあわれむ父のようにです。義人と悪人との区別は、神が備えておられる日に、再びはっきり見えるようになります。

この章に登場する人物

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説教が語っていること

神を第一に:初穂の奇跡ブレンダン・ホワイトは、マラキ書3章10節、11節から、初穂、十分の一、ささげ物の原則を示します。それを、宗教的な行いではなく、神がすべてのものの源であることを認める一つの方法として見ています。要約を読む →「わたしを試してみよ」:神と十分の一このメッセージは、マラキ書3章8節から10節を、十分の一についての中心の本文としています。説教者はアブラハムとメルキゼデクを結びつけ、十分の一が律法より前にあったことを示し、自分の教会で見たことを証ししています。要約を読む →主の日が来る:目を覚まし、その力を身にまといなさいマルセイユでの礼拝で、このメッセージは、マラキ書3章10節を引用し、十分の一を宗教的な重荷ではなく、従順の一歩として示します。使徒行伝1章やヨハネによる福音書14章など、ほかの本文も結びつけています。要約を読む →天が裂ける時:あなたの解放は上から降りてくる説教者は、イザヤ書64章1節と、天を裂いて下ってくださいという叫びから出発し、マラキ書3章10節と、天の窓という比喩に至ります。今週、神がどのように試みるよう招いておられるかを問いかけます。要約を読む →洗礼者ヨハネ:イエスを指し示す人生の三つの刻印このメッセージは、バプテスマのヨハネが、マラキ書3章1節で告げられた、主の道を備える使者であることを思い起こさせます。そこから、イエスを指し示す生き方の三つのしるしを引き出します。要約を読む →

マラキ書3章についてよくある質問

マラキ書3章10節の十分の一についてはどういう意味ですか

神はご自分の民に、十分の一をことごとく倉に携えて来て、それによって神を試みるよう求められます。文脈は、古い契約のもとにあるイスラエルです。キリスト者の間では適用について意見が分かれ、原則として十分の一を守る人もいれば、むしろ自由な寛大さを語る人もいます。いずれにしても、この本文は、与える人に物質的な利益を保証するものではありません。

マラキ書3章1節の使者とはだれですか

本文は、主の前に道を備える使者を告げています。福音書はこれを、イエスの来臨を告げたバプテスマのヨハネに当てはめます。続く「契約の使者」は、キリスト者によって、イエス・キリストを指すと理解されています。

マラキ書3章6節で神が変わらないとはどういう意味ですか

神は、ご自分が変わらず、約束と契約に忠実であると語られます。この変わらなさは、民が不忠実であったにもかかわらず滅ぼされなかった理由を説明しています。また、神に立ち返るようにという呼びかけの土台でもあります。

マラキ書3章16節の記念の書は何を意味しますか

落胆した民の中で、神を恐れる者たちは互いに語り合い、神は耳を傾けられます。記念の書が書かれます。この比喩は、悪人が正しいように見えるときでも、神はご自分を敬う者の忠実さを忘れられないことを語っています。

マラキ書 3を引用している記事

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