聖書 — 口語訳 (1955)
ヨハネの第一の手紙 4
概要
ヨハネの第一の手紙4章は、見分ける力への呼びかけから始まります。霊を試しなさい。その基準は、イエス・キリストが肉体をとって来られたと告白することです。信じる者たちの内におられる方は、世にある者より力があります。続いてヨハネは愛について語ります。愛は神から出ており、神は愛であり、御子を遣わしてそれを現されました。他の人を愛することは、受けたこの愛への応答です。全き愛は恐れを締め出し、神を愛する者は兄弟をも愛さなければなりません。
この章の5つの区分
1愛する者たちよ。すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、ためしなさい。多くのにせ預言者が世に出てきているからである。
2あなたがたは、こうして神の霊を知るのである。すなわち、イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ているものであり、
3イエスを告白しない霊は、すべて神から出ているものではない。これは、反キリストの霊である。あなたがたは、それが来るとかねて聞いていたが、今やすでに世にきている。
4子たちよ。あなたがたは神から出た者であって、彼らにうち勝ったのである。あなたがたのうちにいますのは、世にある者よりも大いなる者なのである。
5彼らは世から出たものである。だから、彼らは世のことを語り、世も彼らの言うことを聞くのである。
6しかし、わたしたちは神から出たものである。神を知っている者は、わたしたちの言うことを聞き、神から出ない者は、わたしたちの言うことを聞かない。これによって、わたしたちは、真理の霊と迷いの霊との区別を知るのである。
7愛する者たちよ。わたしたちは互に愛し合おうではないか。愛は、神から出たものなのである。すべて愛する者は、神から生れた者であって、神を知っている。
8愛さない者は、神を知らない。神は愛である。
9神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。
10わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。
11愛する者たちよ。神がこのようにわたしたちを愛して下さったのであるから、わたしたちも互に愛し合うべきである。
12神を見た者は、まだひとりもいない。もしわたしたちが互に愛し合うなら、神はわたしたちのうちにいまし、神の愛がわたしたちのうちに全うされるのである。
13神が御霊をわたしたちに賜わったことによって、わたしたちが神におり、神がわたしたちにいますことを知る。
14わたしたちは、父が御子を世の救主としておつかわしになったのを見て、そのあかしをするのである。
15もし人が、イエスを神の子と告白すれば、神はその人のうちにいまし、その人は神のうちにいるのである。
16わたしたちは、神がわたしたちに対して持っておられる愛を知り、かつ信じている。神は愛である。愛のうちにいる者は、神におり、神も彼にいます。
17わたしたちもこの世にあって彼のように生きているので、さばきの日に確信を持って立つことができる。そのことによって、愛がわたしたちに全うされているのである。
18愛には恐れがない。完全な愛は恐れをとり除く。恐れには懲らしめが伴い、かつ恐れる者には、愛が全うされていないからである。
19わたしたちが愛し合うのは、神がまずわたしたちを愛して下さったからである。
20「神を愛している」と言いながら兄弟を憎む者は、偽り者である。現に見ている兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することはできない。
21神を愛する者は、兄弟をも愛すべきである。この戒めを、わたしたちは神から授かっている。
鍵となる聖句
子たちよ。あなたがたは神から出た者であって、彼らにうち勝ったのである。あなたがたのうちにいますのは、世にある者よりも大いなる者なのである。
偽預言者について語る箇所での励ましの言葉です。あなたがたの内におられる方は、世にある者より力があります。勝利は、信じる者の強さではなく、神がともにおられることによるとされています。
愛さない者は、神を知らない。神は愛である。
ヨハネは、神が何をなさるかに基づいて、神を定義します。愛さない者は神を知りません。神は愛だからです。愛は、いくつかある性質の一つではなく、神がどなたであるかの中心にあります。
わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。
愛は私たちから始まったのではありません。神が先に私たちを愛し、私たちの罪のために御子を遣わされたことにあります。十字架が、この愛の証拠として示されています。
愛には恐れがない。完全な愛は恐れをとり除く。恐れには懲らしめが伴い、かつ恐れる者には、愛が全うされていないからである。
全き愛は恐れを締め出します。恐れには罰が伴うからです。この聖句は、脅かされている者としてではなく、愛されていることを知っている者として生きるよう招いています。
わたしたちが愛し合うのは、神がまずわたしたちを愛して下さったからである。 「神を愛している」と言いながら兄弟を憎む者は、偽り者である。現に見ている兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することはできない。
私たちが愛するのは、神がまず私たちを愛してくださったからです。ヨハネはそこから、非常に具体的な結論を導きます。神を愛すると言いながら兄弟を憎むことはできません。
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説教が語っていること
ヨハネの第一の手紙4章についてよくある質問
ヨハネの第一の手紙4章の、神は愛であるとはどういう意味ですか
ヨハネは、愛が神のご性質そのものに属すると述べ、それを一つの行いで示します。神が御子を遣わされ、私たちがその方によって生きるためです。愛は、まず私たちが作り出す感情ではなく、受けたものです。そして受けた愛が、他の人を愛するように私たちを促します。
ヨハネの第一の手紙4章18節の、全き愛は恐れを締め出すとはどういう意味ですか
この節は、恐れには罰が伴うが、神の全き愛はそれを締め出すと語ります。信じる者が決して恐れを感じないと言っているのではありません。神に愛されていることを知るよう招いており、それが恐れ、特にさばかれることへの恐れとの向き合い方を変えます。
ヨハネの第一の手紙4章1節にある、霊を試すとは、どのようにするのですか
ヨハネは、すべての霊を信じるのではなく、神から出たものかどうかを確かめるよう求めます。2節と3節にある基準は、イエス・キリストが肉体をとって来られたと告白することです。ですから信じる者は、聞いたことを、聖書がイエスについて語ることと照らし合わせるよう求められています。
なぜヨハネは、兄弟を愛さない者は神を愛することができないと言うのですか
20節で、ヨハネは単純に論じます。目に見える兄弟を愛さない者は、見えない神を愛することはできません。神への愛は、他の人への具体的な愛によって確かめられます。21節は、これを神から受けた戒めとして示しています。
ヨハネの第一の手紙 4を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。