聖書 — 口語訳 (1955)
ヨブ記 1
概要
ヨブ記1章は、聖書の中で苦しみについて最も深く語る書の一つの幕開けです。そこには、全く、かつ正しく、祝福され、忠実なヨブがいます。続いて天上の場面が描かれ、サタンがヨブの信仰の真実さを疑います。神はサタンに限られた許可を与えられます。ほんの短い間に、ヨブは財産も、しもべたちも、十人の子どもたちも失います。それでも彼は地にひれ伏し、主のみ名をほめたたえます。この章はすべてに説明を与えてはいません。理解できなくても揺るがない信仰とは何か、という問いを投げかけています。
この章の4つの区分
1ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。
2彼に男の子七人と女の子三人があり、
3その家畜は羊七千頭、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭で、しもべも非常に多く、この人は東の人々のうちで最も大いなる者であった。
4そのむすこたちは、めいめい自分の日に、自分の家でふるまいを設け、その三人の姉妹をも招いて一緒に食い飲みするのを常とした。
5そのふるまいの日がひとめぐり終るごとに、ヨブは彼らを呼び寄せて聖別し、朝早く起きて、彼らすべての数にしたがって燔祭をささげた。これはヨブが「わたしのむすこたちは、ことによったら罪を犯し、その心に神をのろったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつも、このように行った。
6ある日、神の子たちが来て、主の前に立った。サタンも来てその中にいた。
7主は言われた、「あなたはどこから来たか」。サタンは主に答えて言った、「地を行きめぐり、あちらこちら歩いてきました」。
8主はサタンに言われた、「あなたはわたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか」。
9サタンは主に答えて言った、「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。
10あなたは彼とその家およびすべての所有物のまわりにくまなく、まがきを設けられたではありませんか。あなたは彼の勤労を祝福されたので、その家畜は地にふえたのです。
11しかし今あなたの手を伸べて、彼のすべての所有物を撃ってごらんなさい。彼は必ずあなたの顔に向かって、あなたをのろうでしょう」。
12主はサタンに言われた、「見よ、彼のすべての所有物をあなたの手にまかせる。ただ彼の身に手をつけてはならない」。サタンは主の前から出て行った。
13ある日ヨブのむすこ、娘たちが第一の兄の家で食事をし、酒を飲んでいたとき、
14使者がヨブのもとに来て言った、「牛が耕し、ろばがそのかたわらで草を食っていると、
15シバびとが襲ってきて、これを奪い、つるぎをもってしもべたちを打ち殺しました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
16彼がなお語っているうちに、またひとりが来て言った、「神の火が天から下って、羊およびしもべたちを焼き滅ぼしました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
17彼がなお語っているうちに、またひとりが来て言った、「カルデヤびとが三組に分れて来て、らくだを襲ってこれを奪い、つるぎをもってしもべたちを打ち殺しました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
18彼がなお語っているうちに、またひとりが来て言った、「あなたのむすこ、娘たちが第一の兄の家で食事をし、酒を飲んでいると、
19荒野の方から大風が吹いてきて、家の四すみを撃ったので、あの若い人たちの上につぶれ落ちて、皆死にました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
20このときヨブは起き上がり、上着を裂き、頭をそり、地に伏して拝し、
21そして言った、「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。
22すべてこの事においてヨブは罪を犯さず、また神に向かって愚かなことを言わなかった。
鍵となる聖句
ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。
試練の前に、まずヨブの人となりが描かれます。「全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった」人でした。ですから彼の苦しみは、何かの罪の結果として示されているのではありません。
主はサタンに言われた、「あなたはわたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか」。
主はサタンの前で、ヨブを誇らしげに語られます。神はご自分のしもべたちをよく知っておられ、このあとの試練は、神が彼らを忘れたという意味ではありません。
サタンは主に答えて言った、「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。 あなたは彼とその家およびすべての所有物のまわりにくまなく、まがきを設けられたではありませんか。あなたは彼の勤労を祝福されたので、その家畜は地にふえたのです。 しかし今あなたの手を伸べて、彼のすべての所有物を撃ってごらんなさい。彼は必ずあなたの顔に向かって、あなたをのろうでしょう」。
サタンは、ヨブが神を恐れるのは祝福のためにすぎないと主張します。根本の問いがここで投げかけられます。人は、神からの賜物のためだけでなく、神ご自身のゆえに神を愛することができるのか、という問いです。
そして言った、「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。 すべてこの事においてヨブは罪を犯さず、また神に向かって愚かなことを言わなかった。
ヨブは、すべては自分に託されたものであり、与えるのも取るのも神であると認めます。神を責めずに礼拝します。この応答は、彼の悲しみも疑問も封じ込めるものではなく、それらは書の続きで語られていきます。
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ヨブ記1章についてよくある質問
ヨブ記1章で、なぜ神はヨブが苦しむことを許されたのですか。
本文はすべての問いに答えてはいません。ヨブが非の打ちどころのない人であること、そしてサタンがその信仰の真実さに異議を唱えたことが示されています。神は限られた範囲内で試練を許されました。サタンはヨブ自身には手を触れることができません。この書全体は、苦しみを説明することよりも、理解できないときに神の前でどう立ち続けるかを示そうとしています。
21節のヨブの応答「主が与え、主が取られたのだ」はどういう意味ですか。
ヨブは、財産も子どもたちさえも、神から託されたものだったと認めています。彼はのろわず、主のみ名をほめたたえます。これは、神がすべての災いを引き起こすという意味でも、痛みが否定されているという意味でもありません。ヨブは泣き、上着を裂き、ひれ伏しています。彼の応答は、喪失のただ中での信頼の行いです。
ヨブ記1章のサタンとは何者ですか。
サタンという名は訴える者を意味します。サタンは神の子らとともに主の前に出て、ヨブの信仰に疑いを向けますが、神が定められた範囲内でしか働けません。この章は、サタンが実在し、敵対する存在であることと、同時に神の権威の下にあることを示しています。信者の理解は様々ですが、この限界についてはみな認めています。
ヨブ記 1を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。