聖書 — 口語訳 (1955)

ローマ人への手紙 8

概要

ローマ人への手紙8章は、この手紙の頂点と呼ばれることがあります。すべての人が罪を犯し、救いは信仰によることを示したあと、パウロはキリストに属する人の新しいいのちを描きます。もはや罪に定められることはなく、神の御霊が内に住み、神の子として迎えられています。パウロは今の時の苦しみを隠しませんが、それを確かな希望の中に置きます。そして最後に、時代を超えて信仰者を支えてきた言葉で結びます。キリスト・イエスにおける神の愛から、何ものも私たちを引き離すことはできません。

この章の5つの区分

  1. 1-11節もはや罪に定められることはない:御霊によるいのち
  2. 12-17節神の子ども、キリストとともに受け継ぐ者
  3. 18-25節被造物はうめき、解放を待ち望んでいる
  4. 26-30節御霊がとりなし、神は万事を益としてくださる
  5. 31-39節何ものも神の愛から引き離すことはできない

1こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。

2なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放したからである。

3律法が肉により無力になっているためになし得なかった事を、神はなし遂げて下さった。すなわち、御子を、罪の肉の様で罪のためにつかわし、肉において罪を罰せられたのである。

4これは律法の要求が、肉によらず霊によって歩くわたしたちにおいて、満たされるためである。

5なぜなら、肉に従う者は肉のことを思い、霊に従う者は霊のことを思うからである。

6肉の思いは死であるが、霊の思いは、いのちと平安とである。

7なぜなら、肉の思いは神に敵するからである。すなわち、それは神の律法に従わず、否、従い得ないのである。

8また、肉にある者は、神を喜ばせることができない。

9しかし、神の御霊があなたがたの内に宿っているなら、あなたがたは肉におるのではなく、霊におるのである。もし、キリストの霊を持たない人がいるなら、その人はキリストのものではない。

10もし、キリストがあなたがたの内におられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、霊は義のゆえに生きているのである。

11もし、イエスを死人の中からよみがえらせたかたの御霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリスト・イエスを死人の中からよみがえらせたかたは、あなたがたの内に宿っている御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも、生かしてくださるであろう。

12それゆえに、兄弟たちよ。わたしたちは、果すべき責任を負っている者であるが、肉に従って生きる責任を肉に対して負っているのではない。

13なぜなら、もし、肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬ外はないからである。しかし、霊によってからだの働きを殺すなら、あなたがたは生きるであろう。

14すべて神の御霊に導かれている者は、すなわち、神の子である。

15あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。

16御霊みずから、わたしたちの霊と共に、わたしたちが神の子であることをあかしして下さる。

17もし子であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしている以上、キリストと共同の相続人なのである。

18わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。

19被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。

20なぜなら、被造物が虚無に服したのは、自分の意志によるのではなく、服従させたかたによるのであり、

21かつ、被造物自身にも、滅びのなわめから解放されて、神の子たちの栄光の自由に入る望みが残されているからである。

22実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている。

23それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。

24わたしたちは、この望みによって救われているのである。しかし、目に見える望みは望みではない。なぜなら、現に見ている事を、どうして、なお望む人があろうか。

25もし、わたしたちが見ないことを望むなら、わたしたちは忍耐して、それを待ち望むのである。

26御霊もまた同じように、弱いわたしたちを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。

27そして、人の心を探り知るかたは、御霊の思うところがなんであるかを知っておられる。なぜなら、御霊は、聖徒のために、神の御旨にかなうとりなしをして下さるからである。

28神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。

29神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。

30そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである。

31それでは、これらの事について、なんと言おうか。もし、神がわたしたちの味方であるなら、だれがわたしたちに敵し得ようか。

32ご自身の御子をさえ惜しまないで、わたしたちすべての者のために死に渡されたかたが、どうして、御子のみならず万物をも賜わらないことがあろうか。

33だれが、神の選ばれた者たちを訴えるのか。神は彼らを義とされるのである。

34だれが、わたしたちを罪に定めるのか。キリスト・イエスは、死んで、否、よみがえって、神の右に座し、また、わたしたちのためにとりなして下さるのである。

35だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのか。患難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か。

36「わたしたちはあなたのために終日、死に定められており、ほふられる羊のように見られている」と書いてあるとおりである。

37しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある。

38わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、

39高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである。

鍵となる聖句

1節
こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。

章の冒頭の一節が福音を要約しています。キリストにある人は、もはや罪の宣告の下にはいません。それは気持ちではなく、神が宣言してくださる立場です。

15節
あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。

パウロは神との二つの関係を対比します。奴隷の恐れと、子どもの信頼です。受けた御霊によって、私たちは「アバ、父よ」と、親しく神を呼ぶことができます。

28節
神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。

よく引用され、よく誤解される聖句です。起こることがすべて良いと言っているのではなく、神を愛する者のために神がすべてのことの中で働かれると語っています。その益とは何かを、次の29節が示しています。御子のかたちに似た者となることです。

38-39節
わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、 高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである。

章の結びは、死から力あるものまで、私たちを神から遠ざけかねないものを挙げ、そのどれもできないと宣言します。キリスト教の葬儀で最もよく読まれる箇所の一つです。

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説教が語っていること

ローマ人への手紙8章についてよくある質問

ローマ人への手紙8章28節はどういう意味ですか

この聖句は、神を愛する者のために、神が万事を益としてくださると語っています。起こることがすべて良いという意味ではありません。苦しみは苦しみのままです。けれども、神の御手の外にあるものは何もなく、神は試練からさえ良いものを生み出すことがおできになります。その益とは、次の節が示すように、イエス・キリストに似た者となることです。

ローマ人への手紙8章の中心的なメッセージは何ですか

キリスト・イエスにある人は、もはや罪に定められることはなく、神の御霊を受け、神の子とされています。今の時の苦しみは現実ですが、やがて現される栄光とは比べものにならず、何ものもその人を神の愛から引き離すことはできません。

なぜローマ人への手紙8章は葬儀でよく読まれるのですか

結びの38節と39節が、死も生も、キリスト・イエスにおける神の愛から私たちを引き離すことはできないと宣言しているからです。悲しみの中にある家族にとって、痛みを否定せず、それを神の真実の中に置く希望の言葉となります。

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