聖書 — 口語訳 (1955)
民数記 23
概要
民数記23章で、モアブの王バラクはイスラエルを恐れ、占い師バラムを雇ってこの民をのろわせようとします。バラムは七つの祭壇を築かせ、神は彼の口にことばを授けられます。バラムはのろう代わりに、二つの祝福の託宣を語ります。神はご自分の民をのろわず、ご自分のことばを翻さず、彼らのうちに災いを見ておられません。バラクは二度も場所を変えますが、うまくいきません。この章は、神の祝福をだれも覆すことはできないことを示しています。
この章の5つの区分
1バラムはバラクに言った、「わたしのために、ここに七つの祭壇を築き、七頭の雄牛と七頭の雄羊とを整えなさい」。
2バラクはバラムの言ったとおりにした。そしてバラクとバラムとは、その祭壇ごとに雄牛一頭と雄羊一頭とをささげた。
3バラムはバラクに言った、「あなたは燔祭のかたわらに立っていてください。その間にわたしは行ってきます。主はたぶんわたしに会ってくださるでしょう。そして、主がわたしに示される事はなんでもあなたに告げましょう」。こうして彼は一つのはげ山に登った。
4神がバラムに会われたので、バラムは神に言った、「わたしは七つの祭壇を設け、祭壇ごとに雄牛一頭と雄羊一頭とをささげました」。
5主はバラムの口に言葉を授けて言われた、「バラクのもとに帰ってこう言いなさい」。
6彼がバラクのもとに帰ってみると、バラクはモアブのすべてのつかさたちと共に燔祭のかたわらに立っていた。
7バラムはこの託宣を述べた。「バラクはわたしをアラムから招き寄せ、モアブの王はわたしを東の山から招き寄せて言う、『きてわたしのためにヤコブをのろえ、きてイスラエルをのろえ』と。
8神ののろわない者を、わたしがどうしてのろえよう。主ののろわない者を、わたしがどうしてのろえよう。
9岩の頂からながめ、丘の上から見たが、これはひとり離れて住む民、もろもろの国民のうちに並ぶものはない。
10だれがヤコブの群衆を数え、イスラエルの無数の民を数え得よう。わたしは義人のように死に、わたしの終りは彼らの終りのようでありたい」。
11そこでバラクはバラムに言った、「あなたはわたしに何をするのですか。わたしは敵をのろうために、あなたを招いたのに、あなたはかえって敵を祝福するばかりです」。
12バラムは答えた、「わたしは、主がわたしの口に授けられる事だけを語るように注意すべきではないでしょうか」。
13バラクは彼に言った、「わたしと一緒にほかのところへ行って、そこから彼らをごらんください。あなたはただ彼らの一端を見るだけで、全体を見ることはできないでしょうが、そこからわたしのために彼らをのろってください」。
14そして彼はバラムを連れてゾピムの野に行き、ピスガの頂に登って、そこに七つの祭壇を築き、祭壇ごとに雄牛一頭と雄羊一頭とをささげた。
15ときにはバラムはバラクに言った、「あなたはここで、燔祭のかたわらに立っていてください。わたしは向こうへ行って、主に伺いますから」。
16主はバラムに臨み、言葉を口に授けて言われた、「バラクのもとに帰ってこう言いなさい」。
17彼がバラクのところへ行って見ると、バラクは燔祭のかたわらに立ち、モアブのつかさたちも共にいた。バラクはバラムに言った、「主はなんと言われましたか」。
18そこでバラムはまたこの託宣を述べた。「バラクよ、立って聞け、チッポルの子よ、わたしに耳を傾けよ。
19神は人のように偽ることはなく、また人の子のように悔いることもない。言ったことで、行わないことがあろうか、語ったことで、しとげないことがあろうか。
20祝福せよとの命をわたしはうけた、すでに神が祝福されたものを、わたしは変えることができない。
21だれもヤコブのうちに災のあるのを見ない、またイスラエルのうちに悩みのあるのを見ない。彼らの神、主が共にいまし、王をたたえる声がその中に聞える。
22神は彼らをエジプトから導き出された、彼らは野牛の角のようだ。
23ヤコブには魔術がなく、イスラエルには占いがない。神がそのなすところを時に応じてヤコブに告げ、イスラエルに示されるからだ。
24見よ、この民は雌じしのように立ち上がり、雄じしのように身を起す。これはその獲物を食らい、その殺した者の血を飲むまでは身を横たえない」。
25バラクはバラムに言った、「あなたは彼らをのろうことも祝福することも、やめてください」。
26バラムは答えてバラクに言った、「主の言われることは、なんでもしなければならないと、わたしはあなたに告げませんでしたか」。
27バラクはバラムに言った、「どうぞ、おいでください。わたしはあなたをほかの所へお連れしましょう。神はあなたがそこからわたしのために彼らをのろうことを許されるかもしれません」。
28そしてバラクはバラムを連れて、荒野を見おろすペオルの頂に行った。
29バラムはバラクに言った、「わたしのためにここに七つの祭壇を築き、雄牛七頭と、雄羊七頭とを整えなさい」。
30バラクはバラムの言ったとおりにし、その祭壇ごとに雄牛一頭と雄羊一頭とをささげた。
鍵となる聖句
神ののろわない者を、わたしがどうしてのろえよう。主ののろわない者を、わたしがどうしてのろえよう。
バラムは、神がのろわない者をのろうことはできないと認めます。人のどんなことばも、民に対する神のみこころに勝つことはできません。
バラムは答えた、「わたしは、主がわたしの口に授けられる事だけを語るように注意すべきではないでしょうか」。
バラクの怒りを前にして、バラムは、「主がわたしの口に授けられる事だけを語る」と答えます。この占い師は、物語の後半では動機に疑問がありますが、それでも神が与えられたものを伝えるほかありません。
神は人のように偽ることはなく、また人の子のように悔いることもない。言ったことで、行わないことがあろうか、語ったことで、しとげないことがあろうか。
この節は神の真実を語っています。神は人のように偽ることも、悔いることもありません。ひとたび語られたことばは成し遂げられます。神の約束の確かさについて、最もよく引用される聖句の一つです。
だれもヤコブのうちに災のあるのを見ない、またイスラエルのうちに悩みのあるのを見ない。彼らの神、主が共にいまし、王をたたえる声がその中に聞える。 神は彼らをエジプトから導き出された、彼らは野牛の角のようだ。 ヤコブには魔術がなく、イスラエルには占いがない。神がそのなすところを時に応じてヤコブに告げ、イスラエルに示されるからだ。
神はイスラエルとともにおられ、彼らをエジプトから導き出されました。魔術も占いも、神に対しては何の力もありません。民が守られるのは、彼ら自身が完全だからではなく、神の臨在によるのです。
この章に登場する人物
このテーマで祈る
説教が語っていること
民数記23章についてよくある質問
民数記23:19はどういう意味ですか。
この節は、神は人のようではなく、偽ることも、語ったことを取り消すこともないと述べています。バラムは、イスラエルに与えられた祝福を取り下げることができない理由を説明するために、この言葉を語ります。信者はここから、成就に時間がかかっても神の約束は確かだという信頼を得ます。
民数記23章のバラムとバラクとはだれですか。
バラクはモアブの王で、イスラエルが自分の国の近くに宿営するのを心配していました。バラムは、この民をのろわせるために彼が呼び寄せた占い師です。神は介入し、バラムの口に祝福のことばを授けられます。物語は22章から24章に続き、新約聖書はバラムを悪い手本として取り上げています。
なぜバラムはイスラエルをのろわず、祝福したのですか。
神ご自身が彼の口にことばを授けられたからです。バラムは、神がのろわない者をのろう力は自分にはないと認めます。バラクが三つの異なる場所に連れて行っても、祝福は変わりません。この章は、イスラエルの守りは敵の思惑ではなく、神のみこころによることを強調しています。
民数記 23を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。