聖書 — 口語訳 (1955)

イザヤ書 42

概要

イザヤ書42章は、四つある「しもべの歌」の最初の歌で始まります。神はご自分の選び人を示されます。柔和でありながら揺るがず、正義を打ち立て、諸国民の光となる方です。預言者は続いて、全地に新しい歌を歌うよう呼びかけ、神が力をもって働き、盲人をまだ知らない道に導かれると告げます。章の終わりは、耳しいで目しいのしもべであるイスラエルへの非難です。捕囚は、聞こうとしなかったことの結果でした。新約聖書は、このしもべの中にイエスを見いだしています。

この章の5つの区分

  1. 1-4節選ばれたしもべ、柔和で忍耐強い方
  2. 5-9節神の召し:諸国民の光、囚人を解き放つ方
  3. 10-13節進み出られる神への新しい歌
  4. 14-17節神は盲人を導き、偶像を恥じ入らせる
  5. 18-25節主の律法の前で、耳しいで目しいのイスラエル

1わたしの支持するわがしもべ、わたしの喜ぶわが選び人を見よ。わたしはわが霊を彼に与えた。彼はもろもろの国びとに道をしめす。

2彼は叫ぶことなく、声をあげることなく、その声をちまたに聞えさせず、

3また傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。

4彼は衰えず、落胆せず、ついに道を地に確立する。海沿いの国々はその教を待ち望む。

5天を創造してこれをのべ、地とそれに生ずるものをひらき、その上の民に息を与え、その中を歩む者に霊を与えられる 主なる神はこう言われる、

6「主なるわたしは正義をもってあなたを召した。わたしはあなたの手をとり、あなたを守った。わたしはあなたを民の契約とし、もろもろの国びとの光として与え、

7盲人の目を開き、囚人を地下の獄屋から出し、暗きに座する者を獄屋から出させる。

8わたしは主である、これがわたしの名である。わたしはわが栄光をほかの者に与えない。また、わが誉を刻んだ像に与えない。

9見よ、さきに預言した事は起った。わたしは新しい事を告げよう。その事がまだ起らない前に、わたしはまず、あなたがたに知らせよう」。

10主にむかって新しき歌をうたえ。地の果から主をほめたたえよ。海とその中に満ちるもの、海沿いの国々とそれに住む者とは鳴りどよめ。

11荒野とその中のもろもろの町と、ケダルびとの住むもろもろの村里は声をあげよ。セラの民は喜びうたえ。山の頂から呼ばわり叫べ。

12栄光を主に帰し、その誉を海沿いの国々で語り告げよ。

13主は勇士のように出て行き、いくさ人のように熱心を起し、ときの声をあげて呼ばわり、その敵にむかって大能をあらわされる。

14わたしは久しく声を出さず、黙して、おのれをおさえていた。今わたしは子を産もうとする女のように叫ぶ。わたしの息は切れ、かつあえぐ。

15わたしは山と丘とを荒し、すべての草を枯らし、もろもろの川を島とし、もろもろの池をからす。

16わたしは目しいを 彼らのまだ知らない大路に行かせ、まだ知らない道に導き、暗きをその前に光とし、高低のある所を平らにする。わたしはこれらの事をおこなって彼らを捨てない。

17刻んだ偶像に頼み、鋳た偶像にむかって「あなたがたは、われわれの神である」と言う者は 退けられて、大いに恥をかく。

18耳しいよ、聞け。目しいよ、目を注いで見よ。

19だれか、わがしもべのほかに目しいがあるか。だれか、わがつかわす使者のような耳しいがあるか。だれか、わが献身者のような目しいがあるか。だれか、主のしもべのような目しいがあるか。

20彼は多くの事を見ても認めず、耳を開いても聞かない。

21主はおのれの義のために、その教を大いなるものとし、かつ光栄あるものとすることを喜ばれた。

22ところが、この民はかすめられ、奪われて、みな穴の中に捕われ、獄屋の中に閉じこめられた。彼らはかすめられても助ける者がなく、物を奪われても「もどせ」と言う者もない。

23あなたがたのうち、だれがこの事に耳を傾けるだろうか、だれが心をもちいて 後のためにこれを聞くだろうか。

24ヤコブを奪わせた者はだれか。かすめる者にイスラエルをわたした者はだれか。これは主ではないか。われわれは主にむかって罪を犯し、その道に歩むことを好まず、またその教に従うことを好まなかった。

25それゆえ、主は激しい怒りと、猛烈な戦いを彼らに臨ませられた。それが火のように周囲に燃えても、彼らは悟らず、彼らを焼いても、心にとめなかった。

鍵となる聖句

1節
わたしの支持するわがしもべ、わたしの喜ぶわが選び人を見よ。わたしはわが霊を彼に与えた。彼はもろもろの国びとに道をしめす。

神はご自分のしもべ、選び人を示し、その上に御霊を置かれます。福音書は、特にイエスの洗礼の場面で、この言葉を用いてイエスを言い表しています。

3節
また傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。

しもべは「傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく」進みます。この柔和な姿は、弱い者を踏みつぶさず、起き上がらせてくださるメシヤを示しています。

6-7節
「主なるわたしは正義をもってあなたを召した。わたしはあなたの手をとり、あなたを守った。わたしはあなたを民の契約とし、もろもろの国びとの光として与え、 盲人の目を開き、囚人を地下の獄屋から出し、暗きに座する者を獄屋から出させる。

神はしもべを召して、諸国民の光とし、盲人の目を開き、囚人を解き放たれます。この使命はイスラエルにとどまらず、すべての民に及びます。

16節
わたしは目しいを 彼らのまだ知らない大路に行かせ、まだ知らない道に導き、暗きをその前に光とし、高低のある所を平らにする。わたしはこれらの事をおこなって彼らを捨てない。

神は盲人を、彼らがまだ知らない道に導き、「暗きをその前に光とし」てくださると約束されます。道が見えない人に対する、変わらない導きの約束です。

説教が語っていること

イザヤ書42章:あなたを押しつぶさない仕える王マット・グロックは、イザヤ書42章1節から9節を、イエスの姿として読みます。仕える王であり、すでに砕かれたものをさらに砕くことなく、最後まで忍耐される方です。キリストの柔和さと真実についての待降節のメッセージです。要約を読む →武器を取る前に整えるべき8つの霊的戦いの鍵ジル・ボヌヴォーは3節を引用し、神の声を見分ける方法を語ります。神の声は優しく、みことばと一致し、傷ついた葦を折りません。他の声は責め、踏みつぶします。要約を読む →イエス様のように仕える:御国の逆転の論理マルコ10章で、イエスは、預言されたしもべ、仕えるために来られた方として現れます。牧師はこの姿をイザヤ書42章に結びつけ、信者も同じように仕えるよう呼びかけます。要約を読む →キリストに従う者は世の光となるマル・ビアルタは、6節の諸国民の光を、世の光であるイエスに結びつけます。過ぎ去った霊的な思い出の中に生きるのではなく、キリストに従うよう勧めます。要約を読む →見てから成し遂げる、弟子の霊的な盲目から抜け出すジョアン・アーリンは16節から語ります。神は盲人を、彼らの知らない道に導かれます。神が委ねられたことを果たす前に必要な、霊的な目について語るメッセージです。要約を読む →

イザヤ書42章についてよくある質問

イザヤ書42章のしもべとは誰ですか。

この書の文脈では、しもべはイスラエルを指すことがあります(18〜20節)が、最初の節は、神に選ばれ、御霊を受けた一人のしもべを描いています。クリスチャンは、福音書が示すように、この姿にイエス・キリストを見ます。ユダヤ教では伝統的に、イスラエルの民、またはメシヤとして理解されています。

イザヤ書42章の「傷ついた葦」とはどういう意味ですか。

3節の傷ついた葦とほのぐらい灯心は、弱いもの、傷ついたもの、消えかけたものを表します。しもべは、もろいものにとどめを刺さず、優しく受け入れます。このイメージは、力尽きた人や、信仰が揺らいでいる人に安心を与えます。

イザヤ書42章の中心的なメッセージは何ですか。

神は、柔和で真実なしもべを遣わして、正義を打ち立て、諸国民の光とされます。神は力をもって働き、ご自分の民をまだ知らない道に導き、栄光を偶像に分け与えられません。この章は、主に向かって歌い、その声に聞き従うよう呼びかけますが、イスラエルはそれができませんでした。

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