聖書 — 口語訳 (1955)

コリント人への第一の手紙 14

概要

コリント人への第一の手紙14章でパウロは、具体的な問題を扱っています。コリントの集会は乱れており、だれにも理解できないまま異言が前面に出される場面がありました。パウロは、愛を追い求め、賜物、ことに預言を熱心に求めるようにと語ります。預言はすべての人の徳を高めるからです。また、集会では解き明かす人がいるときにだけ異言を語るようにと求めます。この章を貫くのは教会の徳を高めることであり、結びはシンプルです。すべてを適宜に、かつ秩序を正して行いなさい。

この章の6つの区分

  1. 1-5節賜物を、ことに徳を高める預言を熱心に求める
  2. 6-19節分かる言葉で語る:霊で祈り、知性でも祈る
  3. 20-25節異言と預言はしるし、信じない人々の前で
  4. 26-33節秩序ある礼拝:解き明かし、順番、見分け
  5. 34-38節集会の中の女性についての難しい箇所
  6. 39-40節異言を妨げず、すべてを秩序正しく行う

1愛を追い求めなさい。また、霊の賜物を、ことに預言することを、熱心に求めなさい。

2異言を語る者は、人にむかって語るのではなく、神にむかって語るのである。それはだれにもわからない。彼はただ、霊によって奥義を語っているだけである。

3しかし預言をする者は、人に語ってその徳を高め、彼を励まし、慰めるのである。

4異言を語る者は自分だけの徳を高めるが、預言をする者は教会の徳を高める。

5わたしは実際、あなたがたがひとり残らず異言を語ることを望むが、特に預言をしてもらいたい。教会の徳を高めるように異言を解かない限り、異言を語る者よりも、預言をする者の方がまさっている。

6だから、兄弟たちよ。たといわたしがあなたがたの所に行って異言を語るとしても、啓示か知識か預言か教かを語らなければ、あなたがたに、なんの役に立つだろうか。

7また、笛や立琴のような楽器でも、もしその音に変化がなければ、何を吹いているのか、弾いているのか、どうして知ることができようか。

8また、もしラッパがはっきりした音を出さないなら、だれが戦闘の準備をするだろうか。

9それと同様に、もしあなたがたが異言ではっきりしない言葉を語れば、どうしてその語ることがわかるだろうか。それでは、空にむかって語っていることになる。

10世には多種多様の言葉があるだろうが、意味のないものは一つもない。

11もしその言葉の意味がわからないなら、語っている人にとっては、わたしは異国人であり、語っている人も、わたしにとっては異国人である。

12だから、あなたがたも、霊の賜物を熱心に求めている以上は、教会の徳を高めるために、それを豊かにいただくように励むがよい。

13このようなわけであるから、異言を語る者は、自分でそれを解くことができるように祈りなさい。

14もしわたしが異言をもって祈るなら、わたしの霊は祈るが、知性は実を結ばないからである。

15すると、どうしたらよいのか。わたしは霊で祈ると共に、知性でも祈ろう。霊でさんびを歌うと共に、知性でも歌おう。

16そうでないと、もしあなたが霊で祝福の言葉を唱えても、初心者の席にいる者は、あなたの感謝に対して、どうしてアァメンと言えようか。あなたが何を言っているのか、彼には通じない。

17感謝するのは結構だが、それで、ほかの人の徳を高めることにはならない。

18わたしは、あなたがたのうちのだれよりも多く異言が語れることを、神に感謝する。

19しかし教会では、一万の言葉を異言で語るよりも、ほかの人たちをも教えるために、むしろ五つの言葉を知性によって語る方が願わしい。

20兄弟たちよ。物の考えかたでは、子供となってはいけない。悪事については幼な子となるのはよいが、考えかたでは、おとなとなりなさい。

21律法にこう書いてある、「わたしは、異国の舌と異国のくちびるとで、この民に語るが、それでも、彼らはわたしに耳を傾けない、と主が仰せになる」。

22このように、異言は信者のためではなく未信者のためのしるしであるが、預言は未信者のためではなく信者のためのしるしである。

23もし全教会が一緒に集まって、全員が異言を語っているところに、初心者か不信者かがはいってきたら、彼らはあなたがたが気が変になったと言うだろう。

24しかし、全員が預言をしているところに、不信者か初心者がはいってきたら、彼の良心はみんなの者に責められ、みんなの者にさばかれ、

25その心の秘密があばかれ、その結果、ひれ伏して神を拝み、「まことに、神があなたがたのうちにいます」と告白するに至るであろう。

26すると、兄弟たちよ。どうしたらよいのか。あなたがたが一緒に集まる時、各自はさんびを歌い、教をなし、啓示を告げ、異言を語り、それを解くのであるが、すべては徳を高めるためにすべきである。

27もし異言を語る者があれば、ふたりか、多くて三人の者が、順々に語り、そして、ひとりがそれを解くべきである。

28もし解く者がいない時には、教会では黙っていて、自分に対しまた神に対して語っているべきである。

29預言をする者の場合にも、ふたりか三人かが語り、ほかの者はそれを吟味すべきである。

30しかし、席にいる他の者が啓示を受けた場合には、初めの者は黙るがよい。

31あなたがたは、みんなが学びみんなが勧めを受けるために、ひとりずつ残らず預言をすることができるのだから。

32かつ、預言者の霊は預言者に服従するものである。

33神は無秩序の神ではなく、平和の神である。聖徒たちのすべての教会で行われているように、

34婦人たちは教会では黙っていなければならない。彼らは語ることが許されていない。だから、律法も命じているように、服従すべきである。

35もし何か学びたいことがあれば、家で自分の夫に尋ねるがよい。教会で語るのは、婦人にとっては恥ずべきことである。

36それとも、神の言はあなたがたのところから出たのか。あるいは、あなたがただけにきたのか。

37もしある人が、自分は預言者か霊の人であると思っているなら、わたしがあなたがたに書いていることは、主の命令だと認めるべきである。

38もしそれを無視する者があれば、その人もまた無視される。

39わたしの兄弟たちよ。このようなわけだから、預言することを熱心に求めなさい。また、異言を語ることを妨げてはならない。

40しかし、すべてのことを適宜に、かつ秩序を正して行うがよい。

鍵となる聖句

1節
愛を追い求めなさい。また、霊の賜物を、ことに預言することを、熱心に求めなさい。

パウロは賜物の前に愛を置いています。二つを対立させるのではなく、愛を追い求めつつ、霊の賜物も熱心に求めるようにと言います。愛がなければ、賜物は自分を目立たせる舞台になってしまいます。

3-4節
しかし預言をする者は、人に語ってその徳を高め、彼を励まし、慰めるのである。 異言を語る者は自分だけの徳を高めるが、預言をする者は教会の徳を高める。

この章の基準は、徳を高めることです。預言する者は人に語って、その徳を高め、励まし、慰めます。一方、異言を語る者は自分だけの徳を高めます。

15節
すると、どうしたらよいのか。わたしは霊で祈ると共に、知性でも祈ろう。霊でさんびを歌うと共に、知性でも歌おう。

パウロは霊か知性かを選びません。両方で祈り、両方で歌います。キリスト教の信仰は、集会で自分が口にしていることを理解することをあきらめる必要はありません。

33節
神は無秩序の神ではなく、平和の神である。聖徒たちのすべての教会で行われているように、

神は無秩序の神ではなく、平和の神です。パウロが示す枠組みは御霊を抑えつけるものではなく、集会を守り、一人ひとりが受けられるようにするものです。

39-40節
わたしの兄弟たちよ。このようなわけだから、預言することを熱心に求めなさい。また、異言を語ることを妨げてはならない。 しかし、すべてのことを適宜に、かつ秩序を正して行うがよい。

釣り合いを取る二つの文があります。預言を熱心に求め、異言を妨げず、すべてを適宜に、かつ秩序を正して行うことです。クリスチャンのすべてが同じように当てはめているわけではありませんが、本文の精神は共有されています。

説教が語っていること

預言の賜物。聖書から学び、実際に用いるダヴィッド・ポティエは、預言の賜物を、徳を高め、励まし、慰めるために御霊が与える思いやメッセージと定義します。見分けの三つの基準として、語る人、メッセージ、動機を挙げ、謙遜と愛と勇気をもって語るよう促します。要約を読む →異言の賜物同じ説教者は、しるしとしての異言(使徒の働き2章)と、祈りとしての異言(コリント人への第一の手紙14章)を区別します。異言は通常は個人的なもので、解き明かしがあるときだけ公に用いられます。異言を語らないからといって、クリスチャンとして劣るわけではないとも述べます。要約を読む →聖霊よ、来てください 異言の祈りが人生を変える理由ケヴィン・アンゴは24時間の祈りの中で2節を読みます。異言を語る者は神に語るのです。そこに、言葉が出ないときの助けを見て、ローマ人への手紙8章26節と結びつけ、この賜物を素直に神に求めるよう促します。要約を読む →人を建て上げ、教会を建て上げ、街を建て上げるブレンダン・ホワイトは12節から語ります。賜物は教会の徳を高めるためにあります。私たちは教会に出席しているだけでなく、教会そのものなのだと述べ、自分の賜物が他の人々に仕えられる場所を見つけるよう一人ひとりに呼びかけます。要約を読む →

コリント人への第一の手紙14章についてよくある質問

コリント人への第一の手紙14章で、異言を語るとはどういう意味ですか

パウロは、異言を語る者を、だれにも理解されないので、人にではなく神に語る者と述べています。この賜物は実在し、個人の徳を高めるのに役立つと考えていますが、解き明かしがないまま集会で用いないようにと求めます。クリスチャンの伝統によって理解は異なり、今も続いていると見る人もいれば、そうでない人もいます。

預言と異言の違いは何ですか

パウロによれば、預言は人に語って徳を高め、励まし、慰めるものであり、異言は神に向けられるものです。そのため、異言が解き明かされない限り、集会では預言のほうを好みます。また、預言の言葉は他の人々によって吟味されるようにとも求めています。

婦人は教会で黙っていなさいとはどういう意味ですか

34節と35節は新約聖書の中で最も議論される箇所の一つです。パウロが他の箇所で、女性が集会で祈り、預言することを前提にしているからです。恒久的な規定と読む人もいれば、コリントの混乱に結びついた指示と読む人もいます。福音派の教会でも適用は異なり、前後の文脈全体とあわせて読むことが役に立ちます。

コリント人への第一の手紙14章の中心的なメッセージは何ですか

集会で行われることのすべてが、他の人々の徳を高めるためになるということです。賜物は良いものですが、愛をもって、知性を働かせ、秩序正しく用いられなければなりません。目的は自分を目立たせることではなく、教会を建て上げることです。

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