聖書 — 口語訳 (1955)

コリント人への第一の手紙 15

概要

コリント人への第一の手紙15章は、聖書の中で復活について最も詳しく語る章です。パウロは福音を思い起こさせます。キリストは私たちの罪のために死に、葬られ、三日目によみがえられ、多くの証人がその方を見ました。パウロは死者の復活を否定する人々に答え、復活がなければ信仰は空しいと述べます。そして復活のからだがどのようなものかを説明し、最後のラッパとともに起こる変えられることを告げます。章は死に対する勝利と、堅く立つようにという励ましで終わります。

この章の6つの区分

  1. 1-11節受け継いだ福音:キリストは死に、葬られ、よみがえられた。そして証人たち
  2. 12-19節キリストがよみがえらなかったなら、信仰は空しい
  3. 20-28節復活の初穂であるキリストと、最後の敵の滅び
  4. 29-34節復活の望みが今の生き方にもたらす変化
  5. 35-49節死者はどんなからだでよみがえるのか
  6. 50-58節最後の変貌と死に対する勝利

1兄弟たちよ。わたしが以前あなたがたに伝えた福音、あなたがたが受けいれ、それによって立ってきたあの福音を、思い起してもらいたい。

2もしあなたがたが、いたずらに信じないで、わたしの宣べ伝えたとおりの言葉を固く守っておれば、この福音によって救われるのである。

3わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった。すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、

4そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと、

5ケパに現れ、次に、十二人に現れたことである。

6そののち、五百人以上の兄弟たちに、同時に現れた。その中にはすでに眠った者たちもいるが、大多数はいまなお生存している。

7そののち、ヤコブに現れ、次に、すべての使徒たちに現れ、

8そして最後に、いわば、月足らずに生れたようなわたしにも、現れたのである。

9実際わたしは、神の教会を迫害したのであるから、使徒たちの中でいちばん小さい者であって、使徒と呼ばれる値うちのない者である。

10しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである。そして、わたしに賜わった神の恵みはむだにならず、むしろ、わたしは彼らの中のだれよりも多く働いてきた。しかしそれは、わたし自身ではなく、わたしと共にあった神の恵みである。

11とにかく、わたしにせよ彼らにせよ、そのように、わたしたちは宣べ伝えており、そのように、あなたがたは信じたのである。

12さて、キリストは死人の中からよみがえったのだと宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死人の復活などはないと言っているのは、どうしたことか。

13もし死人の復活がないならば、キリストもよみがえらなかったであろう。

14もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。

15すると、わたしたちは神にそむく偽証人にさえなるわけだ。なぜなら、万一死人がよみがえらないとしたら、わたしたちは神が実際よみがえらせなかったはずのキリストを、よみがえらせたと言って、神に反するあかしを立てたことになるからである。

16もし死人がよみがえらないなら、キリストもよみがえらなかったであろう。

17もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは、いまなお罪の中にいることになろう。

18そうだとすると、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのである。

19もしわたしたちが、この世の生活でキリストにあって単なる望みをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人の中で最もあわれむべき存在となる。

20しかし事実、キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである。

21それは、死がひとりの人によってきたのだから、死人の復活もまた、ひとりの人によってこなければならない。

22アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである。

23ただ、各自はそれぞれの順序に従わねばならない。最初はキリスト、次に、主の来臨に際してキリストに属する者たち、

24それから終末となって、その時に、キリストはすべての君たち、すべての権威と権力とを打ち滅ぼして、国を父なる神に渡されるのである。

25なぜなら、キリストはあらゆる敵をその足もとに置く時までは、支配を続けることになっているからである。

26最後の敵として滅ぼされるのが、死である。

27「神は万物を彼の足もとに従わせた」からである。ところが、万物を従わせたと言われる時、万物を従わせたかたがそれに含まれていないことは、明らかである。

28そして、万物が神に従う時には、御子自身もまた、万物を従わせたそのかたに従うであろう。それは、神がすべての者にあって、すべてとなられるためである。

29そうでないとすれば、死者のためにバプテスマを受ける人々は、なぜそれをするのだろうか。もし死者が全くよみがえらないとすれば、なぜ人々が死者のためにバプテスマを受けるのか。

30また、なんのために、わたしたちはいつも危険を冒しているのか。

31兄弟たちよ。わたしたちの主キリスト・イエスにあって、わたしがあなたがたにつき持っている誇にかけて言うが、わたしは日々死んでいるのである。

32もし、わたしが人間の考えによってエペソで獣と戦ったとすれば、それはなんの役に立つのか。もし死人がよみがえらないのなら、「わたしたちは飲み食いしようではないか。あすもわからぬいのちなのだ」。

33まちがってはいけない。「悪い交わりは、良いならわしをそこなう」。

34目ざめて身を正し、罪を犯さないようにしなさい。あなたがたのうちには、神について無知な人々がいる。あなたがたをはずかしめるために、わたしはこう言うのだ。

35しかし、ある人は言うだろう。「どんなふうにして、死人がよみがえるのか。どんなからだをして来るのか」。

36おろかな人である。あなたのまくものは、死ななければ、生かされないではないか。

37また、あなたのまくのは、やがて成るべきからだをまくのではない。麦であっても、ほかの種であっても、ただの種粒にすぎない。

38ところが、神はみこころのままに、これにからだを与え、その一つ一つの種にそれぞれのからだをお与えになる。

39すべての肉が、同じ肉なのではない。人の肉があり、獣の肉があり、鳥の肉があり、魚の肉がある。

40天に属するからだもあれば、地に属するからだもある。天に属するものの栄光は、地に属するものの栄光と違っている。

41日の栄光があり、月の栄光があり、星の栄光がある。また、この星とあの星との間に、栄光の差がある。

42死人の復活も、また同様である。朽ちるものでまかれ、朽ちないものによみがえり、

43卑しいものでまかれ、栄光あるものによみがえり、弱いものでまかれ、強いものによみがえり、

44肉のからだでまかれ、霊のからだによみがえるのである。肉のからだがあるのだから、霊のからだもあるわけである。

45聖書に「最初の人アダムは生きたものとなった」と書いてあるとおりである。しかし最後のアダムは命を与える霊となった。

46最初にあったのは、霊のものではなく肉のものであって、その後に霊のものが来るのである。

47第一の人は地から出て土に属し、第二の人は天から来る。

48この土に属する人に、土に属している人々は等しく、この天に属する人に、天に属している人々は等しいのである。

49すなわち、わたしたちは、土に属している形をとっているのと同様に、また天に属している形をとるであろう。

50兄弟たちよ。わたしはこの事を言っておく。肉と血とは神の国を継ぐことができないし、朽ちるものは朽ちないものを継ぐことがない。

51ここで、あなたがたに奥義を告げよう。わたしたちすべては、眠り続けるのではない。終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる。

52というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者によみがえらされ、わたしたちは変えられるのである。

53なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬものは必ず死なないものを着ることになるからである。

54この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬものが死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである。

55「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。

56死のとげは罪である。罪の力は律法である。

57しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。

58だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。

鍵となる聖句

3-4節
わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった。すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、 そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと、

パウロは、福音の中心と考えるものをまとめます。キリストが私たちの罪のために死に、葬られ、よみがえられたこと、それがすべて聖書に従っていることです。キリスト教信仰の最も古い要約の一つです。

14節
もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。

パウロは論理を最後まで突き詰めます。キリストがよみがえらなかったなら、宣教も信仰も土台を失います。キリスト教全体を、道徳的な教えだけでなく、実際に起こった出来事に結びつけています。

20節
しかし事実、キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである。

キリストは初穂、つまり収穫の最初の実りとして示されます。その復活は、キリストに属するすべての人の復活を告げています。

55-57節
「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。 死のとげは罪である。罪の力は律法である。 しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。

パウロは死に向かって勝利の叫びを上げます。その源は人間の努力ではなく、イエス・キリストによって勝利を与えてくださる神にあるとしています。

58節
だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。

偉大な真理のあとに、実際的な結論が続きます。復活の望みは、その労苦が無駄になることを恐れずに、堅く立って仕え続ける力を与えます。

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説教が語っていること

コリント人への第一の手紙15章についてよくある質問

コリント人への第一の手紙15章のメッセージは何ですか

この章は、キリストが確かによみがえられたこと、そしてこの復活がキリスト教信仰の土台であることを語ります。それは、信じる者たちも変えられたからだでよみがえり、死が打ち破られることを保証します。パウロはそこから実際的な結論を導きます。堅く立ち、落胆せずに主に仕え続けることです。

コリント人への第一の手紙15章によると、信じる者の復活のとき何が起こりますか

パウロは、朽ちるものとして蒔かれたからだが、朽ちないもの、栄光あるもの、力あるもの、御霊のからだとしてよみがえると説明します。また、キリストの再臨のときまだ生きている人々は、一瞬のうちに変えられると告げます。すべてが詳しく述べられているわけではなく、終わりの出来事の正確な順序については、クリスチャンの間でも議論があります。

なぜパウロは、キリストがよみがえらなかったなら信仰は空しいと言うのですか

キリストが死に打ち勝たれたのでなければ、その死は罪を取り去ることができないからです。復活がなければ、確かな赦しも、墓の向こうの望みもありません。こうしてパウロは、信仰を、証人たちに裏づけられた歴史上の事実に結びつけています。その証人たちは、最初の数節で挙げられています。

55節でパウロが死に向かって語りかけるのは、どういう意味ですか

これは55節でのパウロの叫びで、旧約聖書の言葉を用いています。イエス・キリストの復活による、死の敗北を祝う言葉です。死は今も痛みを伴う現実ですが、キリストにある人にとって、もう最後の言葉ではありません。

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