聖書 — 口語訳 (1955)
マタイによる福音書 17
概要
マタイによる福音書17章は、イエスの変貌から始まります。イエスはペテロ、ヤコブ、ヨハネに栄光を現され、モーセとエリヤが並び、天からの声が「これに聞け」と告げます。山のふもとでは、弟子たちが少年を癒やすことができず、イエスは、たとえ小さくてもからし種ほどの信仰について語られます。続いてご自分の死と復活を予告し、カペナウムでは神殿税の問題を、ご自分が神の子であるという教えとともに解決されます。
この章の4つの区分
1六日ののち、イエスはペテロ、ヤコブ、ヤコブの兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。
2ところが、彼らの目の前でイエスの姿が変り、その顔は日のように輝き、その衣は光のように白くなった。
3すると、見よ、モーセとエリヤが彼らに現れて、イエスと語り合っていた。
4ペテロはイエスにむかって言った、「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。もし、おさしつかえなければ、わたしはここに小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために」。
5彼がまだ話し終えないうちに、たちまち、輝く雲が彼らをおおい、そして雲の中から声がした、「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。これに聞け」。
6弟子たちはこれを聞いて非常に恐れ、顔を地に伏せた。
7イエスは近づいてきて、手を彼らにおいて言われた、「起きなさい、恐れることはない」。
8彼らが目をあげると、イエスのほかには、だれも見えなかった。
9一同が山を下って来るとき、イエスは「人の子が死人の中からよみがえるまでは、いま見たことをだれにも話してはならない」と、彼らに命じられた。
10弟子たちはイエスにお尋ねして言った、「いったい、律法学者たちは、なぜ、エリヤが先に来るはずだと言っているのですか」。
11答えて言われた、「確かに、エリヤがきて、万事を元どおりに改めるであろう。
12しかし、あなたがたに言っておく。エリヤはすでにきたのだ。しかし人々は彼を認めず、自分かってに彼をあしらった。人の子もまた、そのように彼らから苦しみを受けることになろう」。
13そのとき、弟子たちは、イエスがバプテスマのヨハネのことを言われたのだと悟った。
14さて彼らが群衆のところに帰ると、ひとりの人がイエスに近寄ってきて、ひざまずいて、言った、
15「主よ、わたしの子をあわれんでください。てんかんで苦しんでおります。何度も何度も火の中や水の中に倒れるのです。
16それで、その子をお弟子たちのところに連れてきましたが、なおしていただけませんでした」。
17イエスは答えて言われた、「ああ、なんという不信仰な、曲った時代であろう。いつまで、わたしはあなたがたと一緒におられようか。いつまであなたがたに我慢ができようか。その子をここに、わたしのところに連れてきなさい」。
18イエスがおしかりになると、悪霊はその子から出て行った。そして子はその時いやされた。
19それから、弟子たちがひそかにイエスのもとにきて言った、「わたしたちは、どうして霊を追い出せなかったのですか」。
20するとイエスは言われた、「あなたがたの信仰が足りないからである。よく言い聞かせておくが、もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山にむかって『ここからあそこに移れ』と言えば、移るであろう。このように、あなたがたにできない事は、何もないであろう。
21〔しかし、このたぐいは、祈と断食とによらなければ、追い出すことはできない〕」。
22彼らがガリラヤで集まっていた時、イエスは言われた、「人の子は人々の手にわたされ、
23彼らに殺され、そして三日目によみがえるであろう」。弟子たちは非常に心をいためた。
24彼らがカペナウムにきたとき、宮の納入金を集める人たちがペテロのところにきて言った、「あなたがたの先生は宮の納入金を納めないのか」。
25ペテロは「納めておられます」と言った。そして彼が家にはいると、イエスから先に話しかけて言われた、「シモン、あなたはどう思うか。この世の王たちは税や貢をだれから取るのか。自分の子からか、それとも、ほかの人たちからか」。
26ペテロが「ほかの人たちからです」と答えると、イエスは言われた、「それでは、子は納めなくてもよいわけである。
27しかし、彼らをつまずかせないために、海に行って、つり針をたれなさい。そして最初につれた魚をとって、その口をあけると、銀貨一枚が見つかるであろう。それをとり出して、わたしとあなたのために納めなさい」。
鍵となる聖句
ところが、彼らの目の前でイエスの姿が変り、その顔は日のように輝き、その衣は光のように白くなった。
イエスは三人の弟子の前で姿が変わり、顔は太陽のように輝きました。弟子たちは、人としての姿の中に隠されていた神の子の栄光を、ほんの一瞬かいま見たのです。
彼がまだ話し終えないうちに、たちまち、輝く雲が彼らをおおい、そして雲の中から声がした、「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。これに聞け」。
天からの声は、イエスを愛する子と呼び、その言葉に聞くよう命じます。モーセとエリヤがそばにいても、最後の言葉を持っておられるのはイエスです。
するとイエスは言われた、「あなたがたの信仰が足りないからである。よく言い聞かせておくが、もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山にむかって『ここからあそこに移れ』と言えば、移るであろう。このように、あなたがたにできない事は、何もないであろう。
イエスは、弟子たちの失敗を信仰の足りなさのためだと説明し、信仰をからし種にたとえられます。大切なのは信仰の量ではなく、その信仰が寄りかかっている方です。
しかし、彼らをつまずかせないために、海に行って、つり針をたれなさい。そして最初につれた魚をとって、その口をあけると、銀貨一枚が見つかるであろう。それをとり出して、わたしとあなたのために納めなさい」。
イエスは、つまずきを与えないためにペテロに神殿税を払うよう求めながら、子らは免除されていることも思い起こさせます。魚の口から見つかった銀貨は、被造物を治める主の権威を静かに示すしるしです。
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マタイによる福音書17章についてよくある質問
マタイによる福音書17章のイエスの変貌は何を意味していますか
イエスは三人の弟子に神としての栄光を示されました。顔は輝き、衣は白くなります。律法と預言者を表すモーセとエリヤがイエスと語り合い、やがて姿を消します。天からの声は、イエスに聞くよう告げます。この出来事は、イエスが死を予告される直前に、神の子としての身分を確かなものにしています。
からし種ほどの信仰とはどういう意味ですか
からし種はとても小さな種です。イエスは、そのように小さな信仰でも山を動かせると言われました。山は、不可能に思えることのたとえです。大切なのは、望みをかなえるために信仰を無理にふくらませることではなく、神がなそうとしておられることに信頼することです。このたとえの範囲については意見が分かれますが、信仰の価値は、それが向けられている方にあるという点では一致しています。
なぜイエスはペテロに神殿税を払うよう言われたのですか
イエスは、王の子は税を払わないと言われ、ご自分が神殿の持ち主である方の子であることを示されました。それでも、理解できない人をつまずかせないために、払うよう求められます。この出来事には、イエスの尊厳と、不必要なつまずきを避けようとされる思いやりの両方が表れています。
マタイによる福音書 17を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。