聖書 — 口語訳 (1955)

創世記 11

概要

創世記11章はバベルの物語で始まります。一つの言葉で結ばれた人々は、名を上げ、散らされないために、町と塔を建てようとします。神は下って彼らの言葉を乱し、全地に散らされます。続いてセムからテラに至る系図が語られます。テラはアブラム、ナホル、ハランの父です。章の終わりには、サライがうまずめであること、そして一家がウルからカナンへ向けて出発したことが記されます。この章は、次の章でのアブラムの召しへの備えとなっています。

この章の4つの区分

  1. 1-4節一つの民、一つの言葉、そして塔の計画
  2. 5-9節神は下り、言葉を乱し、人々を散らされる
  3. 10-26節セムからテラに至る系図
  4. 27-32節テラの家族:サライはうまずめ、ウルからハランへの旅立ち

1全地は同じ発音、同じ言葉であった。

2時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。

3彼らは互に言った、「さあ、れんがを造って、よく焼こう」。こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。

4彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。

5時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、

6言われた、「民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。

7さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう」。

8こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。

9これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。

10セムの系図は次のとおりである。セムは百歳になって洪水の二年の後にアルパクサデを生んだ。

11セムはアルパクサデを生んで後、五百年生きて、男子と女子を生んだ。

12アルパクサデは三十五歳になってシラを生んだ。

13アルパクサデはシラを生んで後、四百三年生きて、男子と女子を生んだ。

14シラは三十歳になってエベルを生んだ。

15シラはエベルを生んで後、四百三年生きて、男子と女子を生んだ。

16エベルは三十四歳になってペレグを生んだ。

17エベルはペレグを生んで後、四百三十年生きて、男子と女子を生んだ。

18ペレグは三十歳になってリウを生んだ。

19ペレグはリウを生んで後、二百九年生きて、男子と女子を生んだ。

20リウは三十二歳になってセルグを生んだ。

21リウはセルグを生んで後、二百七年生きて、男子と女子を生んだ。

22セルグは三十歳になってナホルを生んだ。

23セルグはナホルを生んで後、二百年生きて、男子と女子を生んだ。

24ナホルは二十九歳になってテラを生んだ。

25ナホルはテラを生んで後、百十九年生きて、男子と女子を生んだ。

26テラは七十歳になってアブラム、ナホルおよびハランを生んだ。

27テラの系図は次のとおりである。テラはアブラム、ナホルおよびハランを生み、ハランはロトを生んだ。

28ハランは父テラにさきだって、その生れた地、カルデヤのウルで死んだ。

29アブラムとナホルは妻をめとった。アブラムの妻の名はサライといい、ナホルの妻の名はミルカといってハランの娘である。ハランはミルカの父、またイスカの父である。

30サライはうまずめで、子がなかった。

31テラはその子アブラムと、ハランの子である孫ロトと、子アブラムの妻である嫁サライとを連れて、カナンの地へ行こうとカルデヤのウルを出たが、ハランに着いてそこに住んだ。

32テラの年は二百五歳であった。テラはハランで死んだ。

鍵となる聖句

4節
彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。

人々は、名を上げ、散らされるのを免れるために、町と塔を建てようとします。この計画には、自分を大きくし、神なしに安全を得たいという願いが表れています。

7-8節
さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう」。 こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。

神は言葉を乱すことで介入されます。人々が避けようとした離散は、彼らの計画の結果となり、建設は止まります。

9節
これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。

この節は、混乱した言葉と結びついたバベルという名の意味を示します。ここは、聖書の中で人間の高ぶりの象徴となる場所を定めています。

30節
サライはうまずめで、子がなかった。

短い一文ですが、重い意味があります。サライはうまずめでした。このことは、次の章でアブラムが受ける子孫の約束への備えとなっています。

この章に登場する人物

説教が語っていること

創世記11章についてよくある質問

バベルの塔の物語は何を意味していますか。

人々は、町と塔を建てて名を上げ、散らされるのを免れようとします。神は彼らの言葉を乱し、彼らを散らされます。多くの人はここに、高ぶりと、神なしで自立しようとする姿への戒めを見ます。クリスチャンはまた、ここにペンテコステとの対比を見ます。そこでは、だれもが自分の言葉で福音を聞きました。

神はなぜバベルで言葉を乱されたのですか。

聖書は、人々が一つの民であり、彼らがしようとすることはもはや何事もとどめ得ないと語ります(6節)。神は言葉を乱すことで彼らの事業を止め、全地に散らされます。4節は、彼らの目的が名を上げ、散らされないことだったと示しており、神はそれを彼らに許されませんでした。

創世記11章とアブラハムの召しには、どんなつながりがありますか。

この章は、セムからアブラムの父テラに至る系図で終わり、うまずめのサライとともにウルからカナンへ出発したことが記されます。この結びは創世記12章への備えです。バベルで諸国民が散らされたあと、神は一人の人を呼び、地のすべての民を祝福すると約束されます。

創世記 11を引用している記事

← すべての章

口語訳(1955年)— パブリックドメイン。