恵みと真理といのち:アドベントへの道

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はじめに

子どもの頃から、私の人生にはある言葉がずっとついて回ってきました。「あなたは話しすぎる」。それは両親からでも、先生からでもなく、たいてい教会学校の大人たちから言われた言葉でした。ある日、聖書を初めて通して読んでいたとき、ある箇所に心を打たれました。ヤコブの手紙3章です。「私たちは皆、多くの点で過ちを犯すものです。もし言葉で過ちを犯さない人がいるなら、その人は全身を制御することもできる完全な人です。」(ヤコブ3:1-9)

この章を読んで、私は震えました。もし舌が火であり、不義の世界であるなら、どうして天国に行けるのでしょうか。どうすれば人を傷つけずに宣べ伝えることができるのでしょうか。この問いは、牧師としての働きの中でもずっと私についてきました。かつてマルタとマリアについて語った説教で(ルカ10:38-42)、意図せずに他教会の姉妹たちを傷つけてしまったことがあります。彼女たちは礼拝の終わりに、優しくそのことを伝えに来てくれました。あの日、私は悟りました。十字架がなければ、私は生きていくことができないのだと。

そのような文脈の中で、このアドベント第二主日に、御言葉はヨハネ1:14-17で私たちに語りかけます。「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。この方は恵みとまことに満ちておられた。」わずか4節の中に「恵み」という言葉が4回も出てきます。神が私たちのもとに来られ、そして私たちを変えてくださるのです。

説教の構成

1. 私たちの言葉の重荷から解放する恵み

エペソ2:8-9で、使徒パウロはこう書いています。「あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われたのです。それは、あなたがた自身から出たことではなく、神の賜物です。」牧会の祝祷のたびに、私たちは同じ言葉を唱えます。「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた全員とともにありますように。」恵みが最初に来るのは、救いの第一歩がイエスを信じることだからです。

私たちは毎月、聖餐にあずかります。キリストのからだを思い起こさせるパン、その血を思い起こさせる杯。たとえ私たちの言葉が私たち自身を罪に定めるとしても、イエスの十字架は私たちを赦してくださいます。それは単に過ちを消し去るだけではなく、私たちを日々きよめ、栄光から栄光へと、キリストの姿に変えてくださるのです。

私たちは初めから完全なのではありません。ある礼拝で見かけた1歳の子どもが、初めて歩こうとしていました。母親は、その子が小さな早足を踏み出し始めたので目を離せないと話してくれました。子どもは成長します。日々変わっていきます。私たちのクリスチャン生活もそのようなものです。天の御国に入るその日まで、一歩一歩前進していくのです。

2. 私たちの人生に道を与える真理

日本に、私が敬愛する建築家がいます。村野藤吾です。彼は数多くのすばらしい建物を手がけ、戦後クリスチャンになりました。90歳を超えるまで、その技を発揮し続けました。彼はこう語ったといいます。「60歳を過ぎてようやく、頭の中にあるものを本当に図面に描けるようになった。」また、こうも語っています。「私はクライアントの言うことを99パーセント聞き、自分自身はわずか1パーセントしか出さない。しかし、その1パーセントがすべてを変える。」これは「村野の1パーセント」と呼ばれています。

私たちがキリストのもとに来るとき、私たちの個性が消えるわけではありません。すべての人は神のかたちに創造され、尊く、善いものとして造られています。しかし創世記3章以来、罪が私たちの心に入り込み、神との関係を断ち切り、私たちは他者の声に耳を傾ける前に「私が、私が、私が」と言ってしまう者になりました。イエスの御言葉は、神が私たちのために備えてくださった場所で、再び人間らしく生きる力を与えてくれます。

イエスはヨハネ14:6-7でこう言われます。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」イエスを受け入れることは、天の御国へと通じる道を歩み始めることです。あなたは道を誤り、後で悔やむようなことを言い、遠く離れてしまうこともあるでしょう。しかし、あなたがイエスを思い出し、祈るなら、主は喜んであなたをその軸に引き戻してくださいます。主はあなたを待ち、あなたを迎え入れ、あなたをまっすぐにしてくださるのです。

3. 他者と分かち合うべき救いの言葉

「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。」(ヨハネ1:4-5)旧約聖書において、やみはしばしば死を指し示します(サムエル記第一2:9を参照)。

10年ほど前、東日本大震災の後、私は車で石巻の地域を通り抜けていました。橋を渡って被災した地区に入ると、文字どおり、あたりが真っ暗になりました。車の後ろで笑っていた若者たちが静まり返りました。そのうちの一人が、声を詰まらせながら尋ねました。「牧師先生、私たち、ちゃんと乗り越えられますか。」あの暗闇は今でも私の心に刻まれています。恐ろしいものでした。

イエスなしに生きることは、その種の夜を通り抜けることです。私は誰にもそれを望みません。ですから、主が私に与えてくださるもので、私はイエスについて語ります。トラクト一枚、教会への招き一言、誰かのための祈り、「私は教会に行っています」「私はクリスチャンです」という単純な一言。私にできることを、私はします。そのあとは、聖霊が働いてくださいます。

マタイ25:31-40で、イエスは終わりの日に「わたしの兄弟であるこの最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです」と言われることを思い起こさせてくれます。この「最も小さい者」とは、私にとって、この私自身のことです。そして私は、私のように小さな者に善を行う者を、神が祝福してくださると信じています。

ドルカスグループの姉妹たちが用意してくださった贈り物を、私と兄弟の一人が今週、近くの病院に届けました。受付で「横浜のシオン教会から来ました」と言った瞬間、担当の方の顔が明るくなりました。看護師さんたちは、包みを渡す前から手を差し伸べてくれました。このような行為は、患者さんだけでなく、医療スタッフの心も温めます。キリストの光は、このような小さな愛の行いを通して伝わっていくのです。

覚えておきたいポイント

  • ことばは人となり、恵みとまことに満ちて私たちの間に住まわれました(ヨハネ1:14)。これがすべての土台です。
  • 十字架の恵みは、言葉によって人を傷つけてしまう者を自由にします。赦しはすでに与えられており、聖霊は今も私たちを変え続けてくださいます。
  • イエスは道であり、真理であり、いのちです。たとえつまずいても、私たちの存在には方向があります。
  • 光はやみの中に輝いています。キリストなしに生きることは、その深さを想像もできない夜の中を歩むことです。
  • 誰かのために祈ること、誰かに仕えること、イエスについて一言語ること。どんなに小さな行いも実を結びます。他者のために祈る者は、つまずいている暇がありません。

個人的な適用

  1. 今週、意図せずに誰かを傷つけてしまった言葉はありましたか。それを十字架のもとに持って行く勇気を持ちましょう。
  2. あなたが言葉づかいで失敗したとき、あなたは何に頼っていますか。自分の恥でしょうか、それともイエスの恵みでしょうか。
  3. あなたはキリストとの歩みのどこにいますか。もし遠く離れてしまっているなら、今日、主のもとに帰るためにどんな祈りをささげることができますか。
  4. あなたの周りで、霊的な夜を生きている人は誰でしょうか。この人が光を垣間見ることができるよう、今週具体的に何ができますか。
  5. ドルカスグループの姉妹たちのように、アドベントが終わるまでに、あなたの地域、病院、住まいの中で、どんな小さな愛の行いをすることができますか。

引用された聖句

よくある質問

「ことばは人となった」とはどういう意味ですか。

これはアドベントとクリスマスの中心的な宣言です。すべてのものがそれによって造られた神の永遠の御子が、私たちの人間の性質を取って私たちの間に住まわれるために来られました。ヨハネ1:14は、その方が「恵みとまことに満ちておられた」と語ります。この二つの言葉は切り離せません。イエスにおいて、神は遠くから語りかけるだけでなく、私たちとともに座ってくださるのです。

十字架は本当に、傷つける言葉を赦してくれるのでしょうか。

はい。イエスの十字架は、主のもとに来る者のすべての過ちをおおいます。うっかり口にしてしまった言葉、軽率な裁き、人を傷つけた発言も含めてです。赦しは完全なものですが、それは聖化の働きを伴います。聖霊は、イザヤ6章にあるように、私たちのくちびるをきよめ、私たちの話し方を少しずつ変えてくださいます。

アドベントの期間中、福音を分かち合うために、私は具体的に何ができますか。

まず、一人か二人の具体的な人のために祈ることから始めましょう。それから、シンプルな行いを一つ選びましょう。トラクトを渡す、クリスマス礼拝に招く、隣人に贈り物を届ける、会話の中で自分がクリスチャンであることをさりげなく伝える、などです。牧師が語るように、他者のために祈る者は、つまずいている暇がありません。人に仕えることは、私たちを支えてくれるのです。

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