聖書 — 口語訳 (1955)

ヤコブの手紙 3

概要

ヤコブの手紙3章は、私たちが語る言葉と、どう生きるかについて語ります。使徒は舌を、くつわ、かじ、火花にたとえます。小さな器官が体全体を導き、また森を燃やすことがあります。舌を自分の力だけで制御できる人はおらず、同じ口が神をさんびし、人をのろいます。そのうえでヤコブは、ねたみと争いに満ちた地上の知恵と、清く、平和で、実り豊かな上からの知恵を対比します。

この章の4つの区分

  1. 1-2節教えることはより重い責任、私たちは皆あやまちを犯す
  2. 3-6節くつわ、かじ、火:小さな器官の力
  3. 7-12節制御できない舌:さんびとのろい
  4. 13-18節二つの知恵:下からの知恵と上からの知恵

1わたしの兄弟たちよ。あなたがたのうち多くの者は、教師にならないがよい。わたしたち教師が、他の人たちよりも、もっときびしいさばきを受けることが、よくわかっているからである。

2わたしたちは皆、多くのあやまちを犯すものである。もし、言葉の上であやまちのない人があれば、そういう人は、全身をも制御することのできる完全な人である。

3馬を御するために、その口にくつわをはめるなら、その全身を引きまわすことができる。

4また船を見るがよい。船体が非常に大きく、また激しい風に吹きまくられても、ごく小さなかじ一つで、操縦者の思いのままに運転される。

5それと同じく、舌は小さな器官ではあるが、よく大言壮語する。見よ、ごく小さな火でも、非常に大きな森を燃やすではないか。

6舌は火である。不義の世界である。舌は、わたしたちの器官の一つとしてそなえられたものであるが、全身を汚し、生存の車輪を燃やし、自らは地獄の火で焼かれる。

7あらゆる種類の獣、鳥、這うもの、海の生物は、すべて人類に制せられるし、また制せられてきた。

8ところが、舌を制しうる人は、ひとりもいない。それは、制しにくい悪であって、死の毒に満ちている。

9わたしたちは、この舌で父なる主をさんびし、また、その同じ舌で、神にかたどって造られた人間をのろっている。

10同じ口から、さんびとのろいとが出て来る。わたしの兄弟たちよ。このような事は、あるべきでない。

11泉が、甘い水と苦い水とを、同じ穴からふき出すことがあろうか。

12わたしの兄弟たちよ。いちじくの木がオリブの実を結び、ぶどうの木がいちじくの実を結ぶことができようか。塩水も、甘い水を出すことはできない。

13あなたがたのうちで、知恵があり物わかりのよい人は、だれであるか。その人は、知恵にかなう柔和な行いをしていることを、よい生活によって示すがよい。

14しかし、もしあなたがたの心の中に、苦々しいねたみや党派心をいだいているのなら、誇り高ぶってはならない。また、真理にそむいて偽ってはならない。

15そのような知恵は、上から下ってきたものではなくて、地につくもの、肉に属するもの、悪魔的なものである。

16ねたみと党派心とのあるところには、混乱とあらゆる忌むべき行為とがある。

17しかし上からの知恵は、第一に清く、次に平和、寛容、温順であり、あわれみと良い実とに満ち、かたより見ず、偽りがない。

18義の実は、平和を造り出す人たちによって、平和のうちにまかれるものである。

鍵となる聖句

2節
わたしたちは皆、多くのあやまちを犯すものである。もし、言葉の上であやまちのない人があれば、そういう人は、全身をも制御することのできる完全な人である。

ヤコブは告白から始めます。「わたしたちは皆、多くのあやまちを犯すものである」。そして言葉は、それが最もよく表れる場所です。舌を制御することは、まれに見る成熟のしるしです。

5-6節
それと同じく、舌は小さな器官ではあるが、よく大言壮語する。見よ、ごく小さな火でも、非常に大きな森を燃やすではないか。 舌は火である。不義の世界である。舌は、わたしたちの器官の一つとしてそなえられたものであるが、全身を汚し、生存の車輪を燃やし、自らは地獄の火で焼かれる。

舌は小さな器官ですが、森の中の火花のように大きな影響を及ぼします。このたとえは、言葉が語られた瞬間をはるかに越えて広がっていく力を示しています。

9-10節
わたしたちは、この舌で父なる主をさんびし、また、その同じ舌で、神にかたどって造られた人間をのろっている。 同じ口から、さんびとのろいとが出て来る。わたしの兄弟たちよ。このような事は、あるべきでない。

矛盾がはっきりと語られます。同じ口が、父なる主をさんびし、神にかたどって造られた人間をのろいます。ヤコブは、このような事はあるべきでないと結論づけます。

17節
しかし上からの知恵は、第一に清く、次に平和、寛容、温順であり、あわれみと良い実とに満ち、かたより見ず、偽りがない。

上からの知恵は、その実によって見分けられます。清く、平和で、寛容で、あわれみと良い実に満ちています。ヤコブは、本当に神から来る知恵を見分ける具体的な基準を示しています。

このテーマで祈る

説教が語っていること

神の助言を聞いて、無益な言葉を打ち砕こうステファン・ビュルゴスは、ヤコブが舌を、大きな森を燃やす小さな火にたとえていることを思い起こさせます。そして、むなしい言葉を見つけ出し、神が御言の中で語られることに置き換えるよう招きます。要約を読む →祈りの力を消してしまう四つのむだな言葉ジャン=マルク・ボトゥロンはヤコブ3章5節から6節を引いて、舌が大きな森を燃やす小さな火であることを示します。やめるべき日常の四つの言い回しを挙げ、聖書に沿った言葉に置き換えるよう提案します。要約を読む →神のかたちに創造されて――消えない尊厳ベンはヤコブ3章9節に立ちます。人は神にかたどって造られた人間をのろっています。これを、罪が損なっても消し去ることのできなかった、一人ひとりの尊厳の土台とします。要約を読む →あなたは何者ですか:ヤコブ4章に学ぶ、人を裁く前に気づくべき自分の目の梁説教者はまず、ヤコブ3章が誰も制御できない舌について語っていることを思い起こさせ、続いて4章の陰口とさばきを取り上げながら、沈黙と正しい言葉のバランスを保ちます。要約を読む →霊的戦い、キリストにあってあなたは勝利者以上の者ジル・ボヌヴォーはヤコブ3章17節を引いて、信仰者が戦いの中で必要とする上からの知恵を描きます。清く、平和で、寛容で、偽りがありません。それを謙遜と節度に結びつけます。要約を読む →

ヤコブの手紙3章についてよくある質問

ヤコブ3章6節の「舌は火である」とはどういう意味ですか。

ヤコブは、言葉は小さな器官でありながら、森を燃やす火花のように、大きな損害を引き起こしうると言いたいのです。うわさ、侮辱、偽りは、それを語った人を越えて広がります。このたとえは、私たちの言葉が自分と他の人の人生に関わることを思い起こさせます。

ヤコブ3章によれば、舌を制御することはできますか。

ヤコブは、人間はあらゆる種類の動物を制御してきたが、自分の力で舌を制御できる人はいないと述べます。しかしこれは宿命を語っているのではなく、神が与えてくださる上からの知恵へと向かわせています。言葉の制御は、恵みに支えられた生涯の働きとして示されています。

地上の知恵と上からの知恵の違いは何ですか。

ヤコブは、地上の知恵をその実で描きます。苦いねたみ、争いの心、混乱、悪い行いです。上からの知恵は、清く、平和で、寛容で、温順で、あわれみに満ち、偽りがありません。基準は知性よりも、その知恵が生み出す行動と人間関係です。

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