はじめに
あなたの人生は、イエス様がいるのといないのと、どちらが良いでしょうか。もし今日、イエス様があなたの礼拝堂に体をもって立っておられたら、あなたはそこにいたいと手を挙げるでしょうか。ヨハネ16章4〜15節に基づくこのメッセージでは、語り手が挑発的な問いを投げかけ、そして意外な結論にたどり着きます。それは、信じるあなたにとって、イエス様が去られたほうが良いということです。イエス様がもう必要ないからではありません。むしろ、その旅立ちによって、さらに大きなことが可能になったからです。すなわち、神である聖霊が、あなたの「内」に住んでくださるということです。このメッセージは、この良い知らせがなぜ「歴史上もっとも軽んじられてきた」ものなのかをじっくりと説き明かし、それがあなたの歩み、宣教、そして神の前での確信にとって具体的に何を変えるのかを語ります。
メッセージの構成
1. ヨハネ16章7節のパラドックス:「わたしが去って行くのは、あなたがたのためになるのです」
- このシリーズは「食卓から宣教へ」と呼ばれています。食卓とは、先ほど共にあずかった聖餐のこと、そして宣教とは、その後にイエス様が私たちを招いておられる働きのことです。
- 語り手は会衆に二つの問いを投げかけます。「イエス様がいるのといないのと、人生はどちらが良いですか」「イエス様が体をもってこの部屋にいてくださったら見たいと思いますか」。誰もが「はい」と答えます。
- それから語り手は、イエス様の中にある一つの限界に気づいたと告白します。イエス様は愛のゆえに人となり、肉体をとってくださいました。人間としては、同時に一つの場所にしかいることができません。もしここにおられたら、他の場所にはおられないのです。
- それにもかかわらず、悲しみに満ちた弟子たちに向かって、イエス様はこう言われます。「わたしが去って行くのは、あなたがたのためになるのです。わたしが行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ません」(ヨハネ16:7)。
- その約束とは、三位一体の一つの位格(父、子、聖霊)が、あなたのうちに住むことを決めてくださったということです。「これは歴史上もっとも軽んじられてきた約束です。私たちがあまりにも聖霊に対して鈍感なため、それが何を意味するのか気づいていないからです。」
2. 天の法廷における御国の検察官、聖霊
- ギリシア語の「パラクレートス」とは、法廷において助けのために呼ばれる者、すなわち弁護し、論じ、説得し、教え、助言する弁護士を意味します。
- 弁護者がいるということは、法廷があるということです。すべての人がその前に立たされる、天の法廷です。罪の支払う報酬は死であり(ローマ6:23)、神は罪を罰せずに放っておかれることはありません。
- この法廷がなければ、恵みもありません。あなたがこの法廷でまったく勝ち目がないからこそ、あなたには十字架の死によって負債を消してくださるイエス様が必要なのです。
- この箇所において聖霊は、信じる者たちの弁護者であるだけではありません。世に対しては御国の検察官の役割も果たします。ヨハネ16章8節によれば、聖霊は三つのことについて世を明らかにされます。すなわち、罪、義、そしてさばきです。
- 罪について(9節):世はもはや言い訳ができません。ここで言う罪とは、まさに不信仰、イエス様を信じることの拒絶です。
- 義について(10節):イエス様は父のもとに行かれます。世はもはや言い訳ができません。まったく罪のない方であるイエス様を拒み、十字架にかけるまでに至った世は、今なお福音を愚かなことと見なし、神の真の義とは受け止めていません。
- さばきについて(11節):この世の支配者はすでにさばかれています。サタンの裁判はすでに終わっています。彼はなお逃げ回り、なお人々を味方につけようとしていますが、十字架においてすでに敗北しました(黙示録12:9-12、コロサイ2:13-15)。
3. 聖霊はあなたのうちに生きておられる:「霊的なペット」というイメージを捨てる
- 地上において、イエス様はその人性ゆえに制限を受けておられました。しかし聖霊は制限を受けません。聖霊とは、あなたの心の中にある「神のほんの一部」でもなければ、会衆の心に置かれたものの合計でもありません。聖霊は、あなたのうちに住まわれる、三位一体の完全な一つの位格なのです。
- 語り手はアマゾンのイメージを用います。あれほど密林の中では、一時間にわずか300メートルしか進めません。聖霊は、道具を持ってあなたについてくる小さな助手ではありません。すでにあなたの先を行き、経験を積んだ冒険家として危険を取り除き、あなたを待っていてくださる方なのです。
- 聖霊はまた、時々取り出して使う切り札でもなければ、「霊的なペット」でもありません。聖霊はあなたのうちに生きておられ、神はそこからあなたを変え、あなたを用いようとしておられます。
- イエス様はこうも言っておられます。「わたしには、まだあなたがたに言うべきことがたくさんあるが、あなたがたは今それに耐えられません」(ヨハネ16:12)。宣教という重荷の多くは、あなたの力を超えています。あなたはそれを一人で担うことはできません。あなたのうちに来てくださり、少しずつイエス様を示してくださる聖霊が必要なのです。
4. 真理の御霊があなたを導き、あなたをただし、イエス様に栄光を帰す
- イエス様は聖霊を「真理の御霊」とも呼んでおられます(ヨハネ16:13)。聖霊はすべての真理へと導いてくださいます。神の真理は、創造を通して、イエス様というお方を通して、そして聖書を通して、あなたのもとに届きます。
- 聖霊は、罪について(イエス様がそこから解放してくださった)、義について(それはキリストにおいて成就している)、さばきについて(イエス様は勝利者である)、あなたを自由にしてくださいます。聖霊は、人類に対する神のご計画と、イエス・キリストにあって養子とされたあなたの新しいアイデンティティを、あなたに示してくださいます。
- 聖霊はご自分から語ることはありません。父と子にあるものから受け取り、あなたのうちにイエス様の記憶を保ち続けてくださいます(ヨハネ14:26も参照)。使徒たちに霊感を与えて聖書を私たちに伝えてくださったのも聖霊です。ある箇所が難しく感じられるとき、あなたは聖霊に光を求めることができます。
- 聖なるものだと自称しながら、あなたをイエス様から、父から、あるいは福音のメッセージから遠ざけるどんな霊にも注意してください。イエス様を宣べ伝えず、父へと導かない霊は、聖霊ではありません。
- 聖霊はあなたの心を明らかにすることで、真理を確立してくださいます。語り手は、金属加工における「浸透探傷検査」のイメージを用います。浸透液が素材の中に入り込み、現像液が肉眼では見えない欠陥を浮かび上がらせます。聖霊は、あなたの奥深くに住むことによって、あなたを罪に対して無関心なままにはしておかれません。むしろ、あなたをますますそれに敏感にしてくださるのです。
- 最後に、聖霊はイエス様の栄光を現してくださいます。人々の人生に起こる変化を通して、回心を通して、断ち切られた罪を通して、いやしを通して、そして新しい奉仕者たちが増え広がることを通して。これは、イエス様が今も働いておられ、その御霊が教会に住んでおられることの証しなのです。
5. では、イエス様がいないほうが良いのでしょうか
- いいえ、そうではありません。イエス様がいないほうが良いのではなく、あなたが赦され、贖われ、和解するためには、イエス様が必要です。
- ただし、あなたの隣にイエス様が体をもって存在している必要はありません。イエス様は、それよりも良いものを送ってくださいました。あなたの将来の相続の保証として、あなたのうちに来て生きてくださる聖霊です。
- 聖霊に対して熱心でありましょう。聖霊がそこにおられることを認めましょう。この世界のために祈る時間を持ちましょう。神が捕らわれ人を解放し、不信仰を打ち破り、信じがたいことを信じさせ、すべての人に見えないものを見させてくださるように。
覚えておきたいポイント
- イエス様ご自身が、信じるあなたにとって、ご自分が去られたほうが良いと宣言しておられます。その旅立ちが、あなたのうちに聖霊が来てくださる道を開くのです(ヨハネ16:7)。
- 実在する天の法廷があります。義がなければ恵みもありません。あなた一人ではまったく勝ち目がないからこそ、あなたにはイエス様の血が必要なのです。
- 聖霊はあなたの弁護者であるだけではありません。世に対しては御国の検察官として、罪、義、さばきについて世を明らかにされます。
- 聖霊は霊的なペットでも、神のほんの一部でもありません。あなたのうちに住み、あなたの先を行き、あなたを待っていてくださる、三位一体の一つの位格です。
- 聖霊の役割は、イエス様に栄光を帰し、あなたを真理に導き、あなたの欠けを浮かび上がらせて聖め、備えられた世界へとあなたを宣教に遣わすことです。
個人へのアプリケーション
- あなたは実際に、聖霊があなたのうちにおられるように生きていますか。それとも、時々使う切り札のように扱っていますか。
- 今、聖霊が現像液のようにあなたの中に浮かび上がらせている罪はありますか。あなたはそれにどう応えますか。そこにとどまりますか、それとも十字架に持っていきますか。
- まだ信じていない周りの人々のために、聖霊がすでにその心を備えるために働いておられると信じて祈っていますか。
- あなたが一人で担っている「重すぎる」(ヨハネ16:12)重荷はどこにありますか。それを、あなたのうちに生きておられる御霊に委ねるように招かれてはいませんか。
- 今週、密林の中で立ち止まっているのではなく、聖霊と共に前進するために、聖霊はどんな「なたの一振り」をあなたに促しておられますか。
引用された聖句
- ヨハネ 16:4-15・わたしが去って行くのは、あなたがたのためになるのです
- ヨハネ 14:26・聖霊があなたがたにすべてのことを教えてくださいます
- ローマ 6:23・罪の支払う報酬は死です
- 1ヨハネ 1:9・もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦してくださいます
- コロサイ 2:13-15・私たちを責め立てる証書を消し去り、十字架に釘付けにされました
- 黙示録 12:9-12・大きな竜、すなわちサタンは投げ落とされました
- マタイ 28:20・わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいます
よくある質問
ヨハネ16章7節で、イエス様が「わたしが去って行くのは、あなたがたのためになるのです」と言われたのはどういう意味ですか。
地上において、イエス様は人となり、場所に制限を受けておられました。同時に一つの場所にしかいることができなかったのです。父のもとへ去ることによって、イエス様はすべての信じる者のうちに住んでくださる聖霊を送ってくださいます。ですから、あなたにとっての恵みは、時々そばにいてくださるイエス様ではなく、常にあなたのうちにいてくださる神なのです。これは、あなたの将来の相続の保証であり、まさにそれゆえに、イエス様は「そのほうが良い」と言われたのです。
聖霊は本当に世を訴えるのですか。それはむしろサタンの役割ではありませんか。
ヨハネ16章8節で、イエス様は御霊が罪、義、さばきについて「世に誤りを認めさせる」と言われます。聖霊は御国の検察官のように働き、世には言い訳がないという証拠を示します。一方でサタンは、主に信じる者たちを訴え、疑わせ、つまずかせようとします。御霊が誤りを認めさせるのは、あなたを押しつぶすためではなく、悔い改めとイエス様への信仰へと導くためです。
本物の聖霊をどう見分け、偽りの霊にどう気をつければよいですか。
ヨハネ16章14節ではっきりとした基準を示しておられます。「御霊はわたしのものを受けて、あなたがたに知らせます。」聖霊はイエス様に栄光を帰し、父へと導き、聖書を確証します。イエス様を宣べ伝えない霊、あるいはあなたを父や福音から遠ざける霊は、聖霊ではありません。御霊による教えは、常にイエス様が教えられたこと、そして聖書が語ることと一致しています。
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