はじめに
祈りとは、神との会話です。自分の言葉で神に感謝し、助けを求め、過ちを打ち明け、人のためにとりなします。そして、神の声に耳を傾けることも学びます。聖書は祈りを、唱えるべき決まり文句ではなく、子と父の関係として示しています。
祈りとは何かを知りたいと思っても、うまくできないのではと心配して、なかなか始められない人は多くいます。祈りは世界で最も広く行われている行いのひとつですが、聖書は祈りを、関係を中心としたとてもシンプルな姿で描いています。このページでは、祈りとは何か、イエスは祈りについて何と言われたか、祈りのいろいろな形、そして気負わずに始める方法を説明します。
聖書で祈るとはどういうことですか?
聖書では、祈るとは、身近な人に話しかけるように神に語りかけることです。ヘブライ語の聖書には、呼ぶ、願い求める、神の前に立つ、心を注ぎ出すなど、いくつもの動詞が使われています。どれも、複雑な儀式を思わせるものではありません。喜びも怒りも含めて、ありのままの自分で神に語りかける人々の姿を描いています。
祈りは独り言ではありません。耳を傾けることも含まれます。静まること、聖書を読むこと、神に答えていただくこと。その答えは、しばしば静かな形で訪れます。語ることと聴くこと、この二つが合わさって、どんな友情とも同じように、生きた関係が育ちます。
イエスは祈りについて何を教えていますか?
イエスはよく祈られました。早朝、人のいない静かな場所で、ひとりで祈られることもありました。弟子たちが祈りを教えてほしいと願ったとき、イエスは「主の祈り」として知られる短い模範を与えられました。このテーマに関する主な箇所は次のとおりです。
マタイによる福音書6章5-6節
「また祈る時には、偽善者たちのようにするな。彼らは人に見せようとして、会堂や大通りのつじに立って祈ることを好む。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。 あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。」
イエスは、人に見せようとする祈りを戒めておられます。人目につかない場所に退いて、耳を傾けてくださる父に語りかけるようにと招かれます。大切なのは見かけではなく、誠実さです。 マタイによる福音書6章を全文で読む。
マタイによる福音書6章9-12節
「だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。 御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えください。 わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、わたしたちの負債をもおゆるしください。」
この箇所が「主の祈り」です。まず神を認めることから始まり、日ごとの食物と赦しを願います。続く部分では守りが加わります。わずかな言葉の中に、祈りとは礼拝と願いの両方であることが示されています。 マタイによる福音書6章を全文で読む。
ピリピ人への手紙4章6-7節
「何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。」
パウロは、思い煩いを祈りに置き換えるようにと勧めています。感謝をもって必要を神にゆだねるとき、状況に左右されない平安がもたらされます。 ピリピ人への手紙4章を全文で読む。
ヨハネの第一の手紙5章14節
「わたしたちが神に対していだいている確信は、こうである。すなわち、わたしたちが何事でも神の御旨に従って願い求めるなら、神はそれを聞きいれて下さるということである。」
神の御旨に従って祈るとは、自分が望むことだけでなく、神が望まれることを求めることです。神が聞いてくださると知ることから、確信が生まれます。 ヨハネの第一の手紙5章を全文で読む。
エレミヤ書33章3節
「わたしに呼び求めよ、そうすれば、わたしはあなたに答える。そしてあなたの知らない大きな隠されている事を、あなたに示す。」
神は、ご自分の民に、わたしを呼び求めなさいと招いておられます。この言葉は、困難の中にいる人々に向けられたものです。神に呼び求めることは開かれた扉であり、神を求める人には決して閉ざされません。 エレミヤ書33章を全文で読む。
祈りのいろいろな形
聖書には、祈りのさまざまな形が示されています。賛美は神のご性質をたたえ、感謝は神がしてくださったことに感謝します。願いは必要を神にゆだね、告白は自分の過ちを正直に認めます。他の人を神の前に携えて祈るときは、とりなしと呼びます。
これらの形は、自由に組み合わさります。それを示す箇所を3つ紹介します。
詩篇63篇3-4節
「あなたのいつくしみは、いのちにもまさるゆえ、わがくちびるはあなたをほめたたえる。 わたしは生きながらえる間、あなたをほめ、手をあげて、み名を呼びまつる。」
この詩篇は賛美の祈りです。祈る人は、神のいつくしみはいのちにもまさると語り、手をあげて喜びを表しています。 詩篇63篇を全文で読む。
テモテへの第一の手紙2章1節
「そこで、まず第一に勧める。すべての人のために、王たちと上に立っているすべての人々のために、願いと、祈と、とりなしと、感謝とをささげなさい。」
パウロは祈りのいくつかの形を挙げ、それをすべての人のためにささげるよう勧めています。人のために祈ることは、ほかに何もできないときでも、愛を具体的に表す方法です。 テモテへの第一の手紙2章を全文で読む。
ヤコブの手紙5章16節
「だから、互に罪を告白し合い、また、いやされるようにお互のために祈りなさい。義人の祈は、大いに力があり、効果のあるものである。」
ヤコブは告白ととりなしを結びつけています。信頼できる人の前で自分の過ちを認め、互いのために祈ります。祈りは、複数の人でともに生きるものでもあります。 ヤコブの手紙5章を全文で読む。
なぜ神は、いつも私たちの願いどおりに答えてくださらないのですか?
これは、祈る人が抱く最もつらい問いです。聖書はそれを隠しません。登場人物の多くは、長い間祈り、すぐには答えが見えないこともありました。聖書は、神が三つの形で答えられることを示唆しています。はい、いいえ、あるいはまだです。
また聖書は、神が私たちよりも遠くまで見ておられることも示しています。愛ゆえに子どもに何でも与えるわけではない親のように、神は私たちを傷つけるものを断り、まだ熟していないものを先に延ばされることがあります。だからといって、苦しみを受け入れるのが簡単だという意味ではありません。多くの詩篇のように、祈りは悲しみや失望を神に訴えるためにも用いられます。
やさしい祈りの始め方
まず、自分の言葉で、短い言葉から始めましょう。今あなたが経験していること、喜んでいること、心配していることを神に話してください。決まった言い回しはありません。立派な祈りよりも、正直な祈りのほうが大切です。
決まった時間を選びましょう。朝か夜に5分あれば、習慣をつくるには十分です。まず聖書の短い箇所を読み、それに祈りで応えるとよいと感じる人は多くいます。
模範に支えられましょう。主の祈りが道しるべになります。感謝し、願い、赦しを求め、助けを求めるという一つひとつの点にとどまりながら祈ってみてください。
ほかの人のためにも祈りましょう。知っている人を一人思い浮かべて、その人を神にゆだねてください。そして、沈黙に落胆しないでください。祈りは、どんな関係とも同じように、時間とともに育っていきます。
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よくある質問
何を言えばいいかわからないとき、どう祈ればよいですか?
感じていることを、友人に話すように自分の言葉でそのまま伝えてください。詩篇や主の祈りを、心を込めてゆっくり読む方法もあります。神は、言葉の巧みさよりもずっと先に、誠実さに耳を傾けてくださいます。心を静めて待つ沈黙も、すでに祈りです。
声に出して祈るのですか、それとも心の中で祈るのですか?
どちらでも構いません。聖書には、黙った祈り、声に出す祈り、歌、さらには書き記した祈りも出てきます。大切なのは、本当に神に語りかけることです。集中しやすい方法を選んでください。
イエスの名によって祈るとは、どういう意味ですか?
自分の功績ではなく、イエスがなさったこと、そしてイエスが可能にしてくださった神との関係に支えられて祈る、という意味です。また、イエスのご性質とみこころにかなうことを求めることでもあります。
毎日どれくらい祈ればよいですか?
聖書は時間を定めていません。定期的に、そしてあらゆる状況で祈るように勧めています。まず5分から始めるのがよいでしょう。時間がたつにつれて、もっと長く祈りたいという思いが自然に湧いてくることが多いものです。