祈りについての聖書の言葉25選

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はじめに

祈りはクリスチャンの生活の呼吸そのものです。祈りによって私たちは神との交わりに入り、闘いを神の御前に運び、日々の希望を養われます。ここでは、聖書が祈りについて語ることを示す25の聖句を、口語訳で紹介します。神を呼び求める者に与えられる約束、祈るために人里離れた場所へ退かれたイエスの模範、神に向かって叫んだ男女たち、そして絶えず祈り続けるようにとの招きです。それぞれの参照リンクから本文全体を読むことができ、黙想や暗唱、あるいはそのままの言葉で祈るために役立てることができます。

祈りにおける神の約束

1. マタイ 7章7節

「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。」

ここでイエスは、一度きりの願いで満足せず、何度も立ち返り、探し求め、門をたたく、積極的で粘り強い祈りを描いています。この聖句は、神の沈黙が続くように見えても諦めないようにと私たちを招きます。粘り強く求める者には答えが与えられると約束されているからです。聖書でマタイ7章7節を読む

2. ヨハネ 14章13-14節

「わたしの名によって願うことは、なんでもかなえてあげよう。父が子によって栄光をお受けになるためである。何事でもわたしの名によって願うならば、わたしはそれをかなえてあげよう。」

「イエスの名によって」祈るとは魔法の呪文ではなく、一つの方向づけです。父の栄光に資することを、御子の思いに沿って願い求めることです。これは、イエスご自身が十字架を前にした前夜に語られた、計り知れない約束です。聖書でヨハネ14章13-14節を読む

3. ヨハネ 15章7節

「あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたにとどまっているならば、なんでも望むものを求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。」

この約束の条件は「とどまる」ことです。キリストにつながり、その言葉に養われ続けること。この交わりに根ざした祈りは、自然と神が与えようとしておられるものに合わせられていきます。聖書でヨハネ15章7節を読む

4. ヨハネ第一 5章14-15節

「わたしたちが神に対していだいている確信は、こうである。すなわち、わたしたちが何事でも神の御旨に従って願い求めるなら、神はそれを聞きいれて下さるということである。そして、わたしたちが願い求めることは、なんでも聞きいれて下さるとわかれば、神に願い求めたことはすでにかなえられたことを、知るのである。」

ヨハネは、祈りへの確信を私たちの功績にではなく、神の御旨とその聞き届けの真実さに置いています。この確信は不安から解放してくれます。無視される心配なく祈ることができるのです。聖書でヨハネ第一5章14-15節を読む

5. エレミヤ書 33章3節

「わたしに呼び求めよ、そうすれば、わたしはあなたに答える。そしてあなたの知らない大きな隠されている事を、あなたに示す。」

牢の庭に閉じ込められていたエレミヤに語られたこの約束は、最も閉ざされた状況の中でも神が答えてくださることを思い起こさせます。まだ見えていないことを神が示してくださるという期待をもって、神を呼び求めるようにと招いています。聖書でエレミヤ書33章3節を読む

祈りの模範となるイエス

6. マルコ 1章35節

「朝はやく、夜の明けるよほど前に、イエスは起きて寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。」

激しい奉仕のただ中にあっても、イエスは朝早くひとり退いて祈る時間を取られました。この模範は、祈りが余分な付け足しではなく、他のすべてを支える源であることを示しています。聖書でマルコ1章35節を読む

7. ルカ 5章16節

「しかしイエスは、寂しい所に退いて祈っておられた。」

この短い聖句は、群衆から定期的に離れ、父とひとり向き合うというイエスの習慣を要約しています。長く続く奉仕の生活には、退いて神の御前に静まる時が必要であることを思い起こさせます。聖書でルカ5章16節を読む

8. ルカ 22章41-42節

「そしてご自分は、石を投げてとどくほど離れたところへ退き、ひざまずいて、祈って言われた、『父よ、みこころならば、どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころが成るようにしてください』。」

ゲツセマネで、イエスは最も深い苦悩の中で祈られますが、その苦しみも願いも隠すことなく、すべてを父の御旨に委ねられます。これは、正直でありながら明け渡された祈りの究極の模範です。聖書でルカ22章41-42節を読む

9. マタイ 6章6節

「あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。」

ここでイエスは、人の目から隠れ、ただ父にのみ向けられる親密な祈りを教えておられます。この教えは、神と出会うことよりも人に印象を与えようとする祈りから私たちを守ります。聖書でマタイ6章6節を読む

10. ヘブル 5章7節

「キリストは、その肉の生活の時には、激しい叫びと涙とをもって、ご自分を死から救う力のあるかたに、祈と願いとをささげ、そして、その深い信仰のゆえに聞きいれられたのである。」

この聖句は、涙と叫びに満ちたイエスの祈りの激しさを明らかにしつつ、父への服従のうちにそれが聞き入れられたことを示しています。同じ感情の真実さをもって祈ることを、私たちにも許してくれます。聖書でヘブル5章7節を読む

聖書に見る祈りの実例

11. 詩篇 5篇3節

「主よ、朝ごとにあなたはわたしの声を聞かれます。わたしは朝ごとにあなたのために いけにえを備えて待ち望みます。」

ダビデは何よりも先に、神に向かって一日を始め、答えを信頼して待ち望みます。この聖句は、朝の祈りを選択肢ではなくリズムとすることを勧めています。聖書で詩篇5篇3節を読む

12. 詩篇 34篇4節

「わたしが主に求めたとき、主はわたしに答え、すべての恐れからわたしを助け出された。」

ダビデはここで、恐れの中で具体的に聞き届けられた祈りを証ししています。この聖句は、彼のように神がなさったことを語り伝え、聞く者の信仰を養うようにと招いています。聖書で詩篇34篇4節を読む

13. ダニエル書 6章10節

「ダニエルは、その文書の署名されたことを知って家に帰り、二階のへやの、エルサレムに向かって窓の開かれた所で、以前からおこなっていたように、一日に三度ずつ、ひざをかがめて神の前に祈り、かつ感謝した。」

信仰のゆえに死刑を宣告されながらも、ダニエルは一日三度の祈りの習慣を少しも変えませんでした。彼の模範は、圧力と危険の中でも揺るがない祈りの忠実さを示しています。聖書でダニエル書6章10節を読む

14. 使徒行伝 4章31節

「彼らが祈り終えると、その集まっていた場所が揺れ動き、一同は聖霊に満たされて、大胆に神の言を語り出した。」

イエスについて語ることを禁じる脅しの前で、教会は共に集まって祈り、神は力をもって応えられました。この聖句は、一つの声で捧げられる共同の祈りの力を示しています。聖書で使徒行伝4章31節を読む

15. ヤコブ 5章17-18節

「エリヤは、わたしたちと同じ人間であったが、雨が降らないようにと祈をささげたところ、三年六か月のあいだ、地上に雨が降らなかった。それから、ふたたび祈ったところ、天は雨を降らせ、地はその実をみのらせた。」

ヤコブは、エリヤが超人ではなく私たちと同じ普通の信者であったこと、そしてその粘り強い祈りが並外れた結果をもたらしたことを思い起こさせます。これは直接的な励ましです。神がエリヤを通してなさったことを、私たちの祈りを通しても行うことができるのです。聖書でヤコブ5章17-18節を読む

絶えず祈るようにとの招き

16. ピリピ 4章6節

「何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。」

パウロは思い煩いと祈りを直接結びつけます。思い悩み続けるのではなく、感謝をもってすべての必要を神の前に置くようにと招くのです。これは日々の不安に対抗する具体的な実践です。聖書でピリピ4章6節を読む

17. テサロニケ第一 5章17節

「絶えず祈りなさい。」

このリストの中で最も短いこの聖句は、それだけで一つの厳しい招きを要約しています。祈りを一時的な瞬間ではなく、絶え間ない状態とすることです。声を出し続けて祈るということではなく、神との対話を絶えず生きることを意味します。聖書でテサロニケ第一5章17節を読む

18. ローマ 12章12節

「望みをいだいて喜び、患難に耐え、常に祈りなさい。」

パウロは祈りを、希望と苦難における忍耐と結びつけ、互いを支え合う三つの姿勢として示します。祈り続けるとは、答えが遅れても手を離さないことです。聖書でローマ12章12節を読む

19. エペソ 6章18節

「絶えず祈と願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、そのために目をさましてうむことがなく、すべての聖徒のために祈りつづけなさい。」

霊的な武具を描いた後、パウロは祈りをすべての武具に命を与えるものとして位置づけます。祈りは他者も含みます。兄弟姉妹のために祈ることは、共同の戦いの一部なのです。聖書でエペソ6章18節を読む

20. コロサイ 4章2節

「目をさまして、感謝のうちに祈り、ひたすら祈り続けなさい。」

パウロは二つの姿勢を結びつけます。諦めない忍耐と、祈りを単なる不満のリストにしないための感謝です。この二つが共に働くことで、祈りは長く生き生きと保たれます。聖書でコロサイ4章2節を読む

神との交わりとしての祈り

21. ローマ 8章26節

「御霊もまた同じように、弱いわたしたちを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。」

言葉が見つからない時、御霊ご自身が私たちのうちで、言い表せないうめきをもってとりなしてくださいます。この聖句は、「うまく祈れない」と感じる人々を慰めます。神がその欠けを満たしてくださるのです。聖書でローマ8章26節を読む

22. 詩篇 145篇18節

「すべて主を呼ぶ者、誠をもって主を呼ぶ者に 主は近いのです。」

神の近さは一部の特別な人だけのものではなく、誠実な心をもって呼び求めるすべての人に約束されています。この聖句は、形式的ではなく真実な祈りへと招いています。聖書で詩篇145篇18節を読む

23. ヘブル 4章16節

「だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。」

キリストのゆえに、祈りはもはや恐れおののく接近ではなく、神の御座そのものへの確かな近づきとなりました。この聖句は、恥じることなく、私たちの本当の必要を携えて、あわれみと助けを求めて来るようにと励まします。聖書でヘブル4章16節を読む

24. 詩篇 66篇18-19節

「もしわたしが心に不義をいだいていたならば、主はお聞きにならないであろう。しかし、まことに神はお聞きになり、わが祈の声にみこころをとめられた。」

この詩篇は、心の誠実さと神の聞き入れとを結びつけています。祈りは生き方と切り離されていません。悔い改めが、聞き届けられる祈りへの道を開くことを思い起こさせます。聖書で詩篇66篇18-19節を読む

25. ペテロ第一 3章12節

「主の目は義人たちに注がれ、主の耳は彼らの祈にかたむく。しかし主の御顔は、悪を行う者に対して向かう。」

ペテロはこのリストを力強いイメージで締めくくります。神は御自分と共に歩む者を見つめ、耳を傾けておられるのです。神の御前で自由に、確信をもって祈ることのできる生き方への、最後の招きです。聖書でペテロ第一3章12節を読む

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よくある質問

祈る者に、聖書は何を約束していますか?

聖書は、誠実に神を呼び求める者に対して、神が耳を傾け、答え、その御旨にしたがって行動してくださると約束しています(ヨハネ15章7節ヨハネ第一5章14-15節詩篇145篇18節)。答えは必ずしも期待した形を取るとは限りませんが、聞き届けられるという約束は揺るぎません。

聖書に記された祈りの実例から何を学ぶことができますか?

イエス、ダビデ、ダニエル、エリヤ、そして生まれたばかりの教会は、規則正しく、正直で、粘り強い祈りが、喜びから最も深い苦悩に至るまで、あらゆる状況を貫くことを示しています。彼らの模範は、「準備ができる」のを待つことなく、ありのままの自分で祈るようにと励ましてくれます。

これらの祈りに関する聖句をどのように用いればよいですか?

日々の黙想、小グループでの暗唱、あるいは聖書の言葉そのものを用いた個人的な祈りに役立てることができます。それぞれの参照リンクをたどれば、聖句をその文脈全体の中で読み直すこともできます。

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