聖書 — 口語訳 (1955)

イザヤ書 11

概要

イザヤ書11章は、ダビデの父エッサイの切り株から一つの芽が出ることを告げます。この王の上には主の霊がとどまり、王は公平にさばき、貧しい人を守ります。続いて章は、おおかみが小羊とともに宿る平和を描き、さらに第二の出エジプトを告げます。神は散らされた民を集め、エジプトを出たときのように、道を開いてくださいます。クリスチャンはここに、イエスにおいて成就し、その完成が待ち望まれているメシアの約束を認めます。

この章の4つの区分

  1. 1-5節エッサイの株の若枝:御霊がとどまる王
  2. 6-9節告げられた平和:おおかみと小羊
  3. 10-12節諸国民の旗と、捕囚の民の集まり
  4. 13-16節第二の出エジプト:残された民のための道

1エッサイの株から一つの芽が出、その根から一つの若枝が生えて実を結び、

2その上に主の霊がとどまる。これは知恵と悟りの霊、深慮と才能の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である。

3彼は主を恐れることを楽しみとし、その目の見るところによって、さばきをなさず、その耳の聞くところによって、定めをなさず、

4正義をもって貧しい者をさばき、公平をもって国のうちの 柔和な者のために定めをなし、その口のむちをもって国を撃ち、そのくちびるの息をもって悪しき者を殺す。

5正義はその腰の帯となり、忠信はその身の帯となる。

6おおかみは小羊と共にやどり、ひょうは子やぎと共に伏し、子牛、若じし、肥えたる家畜は共にいて、小さいわらべに導かれ、

7雌牛と熊とは食い物を共にし、牛の子と熊の子と共に伏し、ししは牛のようにわらを食い、

8乳のみ子は毒蛇のほらに戯れ、乳離れの子は手をまむしの穴に入れる。

9彼らはわが聖なる山のどこにおいても、そこなうことなく、やぶることがない。水が海をおおっているように、主を知る知識が地に満ちるからである。

10その日、エッサイの根が立って、もろもろの民の旗となり、もろもろの国びとはこれに尋ね求め、その置かれる所に栄光がある。

11その日、主は再び手を伸べて、その民の残れる者をアッスリヤ、エジプト、パテロス、エチオピヤ、エラム、シナル、ハマテおよび海沿いの国々からあがなわれる。

12主は国々のために旗をあげて、イスラエルの追いやられた者を集め、ユダの散らされた者を地の四方から集められる。

13エフライムのねたみはうせ、ユダを悩ます者は断たれ、エフライムはユダをねたまず、ユダはエフライムを悩ますことはない。

14しかし彼らは西の方ペリシテびとの肩に 襲いかかり、相共に東の民をかすめ、その手をエドムおよびモアブに伸べ、アンモンの人々をおのれに従わせる。

15主はエジプトの海の舌をからし、川の上に手を振って熱い風を吹かせ、その川を打って七つの川となし、くつをぬらさないで渡らせられる。

16その民の残れる者のために アッスリヤからの大路があり、昔イスラエルがエジプトの国から 上ってきた時にあったようになる。

鍵となる聖句

1-2節
エッサイの株から一つの芽が出、その根から一つの若枝が生えて実を結び、 その上に主の霊がとどまる。これは知恵と悟りの霊、深慮と才能の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である。

死んだように見えた切り株から、新しい芽が出ます。主の霊がその上にとどまり、それは知恵、悟り、深慮、才能、知識、主を恐れる霊の、七つの面を持っています。

4節
正義をもって貧しい者をさばき、公平をもって国のうちの 柔和な者のために定めをなし、その口のむちをもって国を撃ち、そのくちびるの息をもって悪しき者を殺す。

この王は公平に貧しい人を守ります。そのさばきは、武器の力ではなく、口のことばによって行われます。

6節
おおかみは小羊と共にやどり、ひょうは子やぎと共に伏し、子牛、若じし、肥えたる家畜は共にいて、小さいわらべに導かれ、

おおかみと小羊のたとえは、メシアの治める平和を描いています。解釈は分かれ、比喩的なことばと見る人もいれば、来るべき統治への文字どおりの幻と見る人もいます。

9節
彼らはわが聖なる山のどこにおいても、そこなうことなく、やぶることがない。水が海をおおっているように、主を知る知識が地に満ちるからである。

「水が海をおおっているように、主を知る知識が地に満ちる」。平和は、神を知ることから来ます。

11節
その日、主は再び手を伸べて、その民の残れる者をアッスリヤ、エジプト、パテロス、エチオピヤ、エラム、シナル、ハマテおよび海沿いの国々からあがなわれる。

神は再び手を伸べて、散らされた民を贖われます。最初の出エジプトは、さらに大きな集まりを告げています。

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説教が語っていること

イザヤ書11章についてよくある質問

イザヤ書11章の「エッサイの株の若枝」とは誰ですか。

エッサイはダビデ王の父です。若枝は、切り株のように断ち切られたかに見える、この家系から出る王の子孫です。クリスチャンはここに、神の霊がとどまる、ダビデの子孫であるメシア、イエス・キリストを見ます。ユダヤの伝統も、ここにメシアの約束を読み取ります。

「おおかみは小羊と共にやどり」とはどういう意味ですか。

これは、天敵同士でさえ共に暮らす、メシアの統治する平和のたとえです。和解を表す詩的なことばと見る人もいれば、キリストの統治のときに来る現実と見る人もいます。いずれにしても、9節がその理由を与えています。地は主を知る知識で満たされるからです。

イザヤ書11章の第二の出エジプトとは何ですか。

11節から16節で、神はアッスリヤ、エジプト、そして島々にまで散らされた民を、再び贖うと約束されます。エジプトを出たときのように、道が開かれます。これは捕囚からの帰還というテーマであり、神の民の最終的な集まりを告げています。

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