聖書 — 口語訳 (1955)
コリント人への第二の手紙 4
概要
コリント人への第二の手紙4章で、パウロは試練の中でも落胆しない理由を語ります。彼は自分自身ではなく、主なるイエス・キリストを宣べ伝えます。神が人の心に光を輝かせてくださったからです。この光は土の器に納められた宝であり、器のもろさは、力が神から来ることを示します。パウロは、四方から圧迫され、迫害され、倒されても、決して見捨てられない人生を描きます。そして最後に、目を向ける先を変えます。外なる人は衰えても内なる人は新しくされ、今の軽い患難は永遠の栄光に比べればわずかなものだと語るのです。
この章の4つの区分
1このようにわたしたちは、あわれみを受けてこの務についているのだから、落胆せずに、
2恥ずべき隠れたことを捨て去り、悪巧みによって歩かず、神の言を曲げず、真理を明らかにし、神のみまえに、すべての人の良心に自分を推薦するのである。
3もしわたしたちの福音がおおわれているなら、滅びる者どもにとっておおわれているのである。
4彼らの場合、この世の神が不信の者たちの思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしているのである。
5しかし、わたしたちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝える。わたしたち自身は、ただイエスのために働くあなたがたの僕にすぎない。
6「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。
7しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。
8わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。
9迫害に会っても見捨てられない。倒されても滅びない。
10いつもイエスの死をこの身に負うている。それはまた、イエスのいのちが、この身に現れるためである。
11わたしたち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されているのである。それはイエスのいのちが、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためである。
12こうして、死はわたしたちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのである。
13「わたしは信じた。それゆえに語った」としるしてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っているので、わたしたちも信じている。それゆえに語るのである。
14それは、主イエスをよみがえらせたかたが、わたしたちをもイエスと共によみがえらせ、そして、あなたがたと共にみまえに立たせて下さることを、知っているからである。
15すべてのことは、あなたがたの益であって、恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、感謝が満ちあふれて、神の栄光となるのである。
16だから、わたしたちは落胆しない。たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。
17なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。
18わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。
鍵となる聖句
「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。
パウロは回心を創造と重ねます。初めに光を造られた神は、信じる人の心にも光を輝かせてくださいます。神を知る知識には顔があります。キリストの顔です。
しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。
宝は福音であり、土の器は信じる者たち、もろく平凡な存在です。このもろさは隠すべき欠点ではありません。神から出たものを人の手柄にしてしまうことを防いでくれるのです。
わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。 迫害に会っても見捨てられない。倒されても滅びない。
四つの対比が試練の体験を描きます。押されても押しつぶされない、途方にくれても行き詰まらない、迫害されても見捨てられない、倒されても滅びない。パウロは試練が軽いと言っているのではなく、試練が最後の言葉を持たないと語っています。
だから、わたしたちは落胆しない。たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。
体は老い、衰えますが、内なるいのちは同じ時に成長することができます。新しくされるのは日ごとです。何か大きな出来事によるのではなく、日々、神とともに歩む交わりから来ます。
なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。 わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。
パウロは今の試練を永遠の栄光と比べ、まだ見えないものに目を注ぐよう勧めます。それは苦しみを否定することではなく、苦しみを永遠という視野の中に置くことです。
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説教が語っていること
コリント人への第二の手紙4章についてよくある質問
土の器の中の宝とはどういう意味ですか
コリント人への第二の手紙4章7節で、宝とは福音と神のご臨在であり、土の器とは、人間でありもろい信じる者たちのことです。パウロは、彼らの人生に働く力は彼ら自身のものではないと言っています。弱さは神の力を覆い隠さず、むしろ際立たせます。
内なる人が日ごとに新しくされるとはどういう意味ですか
16節は、年齢や病気や疲れで衰える体である外なる人と、霊的ないのちである内なる人を対比しています。パウロは、体が弱っても、内なる人は神との交わりと来たるべき栄光への望みによって、日ごとに強められると語っています。
コリント人への第二の手紙4章のメッセージは何ですか
中心のメッセージは、落胆しないことです。パウロは務めも試練も現実であることを認めつつ、神が信じる者たちを支えてくださること、その力が彼らのもろさの中に現れること、そして今日の苦しみは永遠の栄光に比べれば一時的であることを告げています。
コリント人への第二の手紙 4を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。