聖書 — 口語訳 (1955)

コリント人への第二の手紙 6

概要

コリント人への第二の手紙6章で、パウロはコリントの人々に、神の恵みをいたずらに受けないよう勧めます。恵みの時は今だからです。続いて、自分の働きを一連の逆説で描きます。試練の中の忍耐、純潔、真実、ほめられることとそしられること、悲しみと喜び、貧しさと豊かさ。パウロは彼らに心を開き、彼らにも心を広くしてほしいと求めます。章の終わりは、不信者とつり合わないくびきを共にしないようにという呼びかけです。信じる者は、生ける神の宮だからです。

この章の4つの区分

  1. 1-2節神の恵みをいたずらに受けてはならない
  2. 3-10節パウロの働き:試練、純潔、そして逆説
  3. 11-13節広くなった心:パウロはコリントの人々に心を開くよう求める
  4. 14-18節つり合わないくびきを共にしない:生ける神の宮

1わたしたちはまた、神と共に働く者として、あなたがたに勧める。神の恵みをいたずらに受けてはならない。

2神はこう言われる、「わたしは、恵みの時にあなたの願いを聞きいれ、救の日にあなたを助けた」。見よ、今は恵みの時、見よ、今は救の日である。

3この務がそしりを招かないために、わたしたちはどんな事にも、人につまずきを与えないようにし、

4かえって、あらゆる場合に、神の僕として、自分を人々にあらわしている。すなわち、極度の忍苦にも、患難にも、危機にも、行き詰まりにも、

5むち打たれることにも、入獄にも、騒乱にも、労苦にも、徹夜にも、飢餓にも、

6真実と知識と寛容と、慈愛と聖霊と偽りのない愛と、

7真理の言葉と神の力とにより、左右に持っている義の武器により、

8ほめられても、そしられても、悪評を受けても、好評を博しても、神の僕として自分をあらわしている。わたしたちは、人を惑わしているようであるが、しかも真実であり、

9人に知られていないようであるが、認められ、死にかかっているようであるが、見よ、生きており、懲らしめられているようであるが、殺されず、

10悲しんでいるようであるが、常に喜んでおり、貧しいようであるが、多くの人を富ませ、何も持たないようであるが、すべての物を持っている。

11コリントの人々よ。あなたがたに向かってわたしたちの口は開かれており、わたしたちの心は広くなっている。

12あなたがたは、わたしたちに心をせばめられていたのではなく、自分で心をせばめていたのだ。

13わたしは子供たちに対するように言うが、どうかあなたがたの方でも心を広くして、わたしに応じてほしい。

14不信者と、つり合わないくびきを共にするな。義と不義となんの係わりがあるか。光とやみとなんの交わりがあるか。

15キリストとベリアルとなんの調和があるか。信仰と不信仰となんの関係があるか。

16神の宮と偶像となんの一致があるか。わたしたちは、生ける神の宮である。神がこう仰せになっている、「わたしは彼らの間に住み、かつ出入りをするであろう。そして、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となるであろう」。

17だから、「彼らの間から出て行き、彼らと分離せよ、と主は言われる。そして、汚れたものに触れてはならない。触れなければ、わたしはあなたがたを受けいれよう。

18そしてわたしは、あなたがたの父となり、あなたがたは、わたしのむすこ、むすめとなるであろう。全能の主が、こう言われる」。

鍵となる聖句

2節
神はこう言われる、「わたしは、恵みの時にあなたの願いを聞きいれ、救の日にあなたを助けた」。見よ、今は恵みの時、見よ、今は救の日である。

パウロは聖書を引き、それを読者に当てはめます。「見よ、今は恵みの時、見よ、今は救の日である」。先延ばしにしないようにという呼びかけです。

10節
悲しんでいるようであるが、常に喜んでおり、貧しいようであるが、多くの人を富ませ、何も持たないようであるが、すべての物を持っている。

試練の中で、パウロは「悲しんでいるようであるが、常に喜んでおり」と語り、貧しいようでも多くの人を富ませると述べます。クリスチャンの喜びは悲しみを否定せず、悲しみと並んで存在します。

14節
不信者と、つり合わないくびきを共にするな。義と不義となんの係わりがあるか。光とやみとなんの交わりがあるか。

この節は「不信者と、つり合わないくびきを共にするな」と勧めます。結婚や共同の事業によく当てはめられますが、その適用の範囲についてはクリスチャンの間でも議論があります。

16節
神の宮と偶像となんの一致があるか。わたしたちは、生ける神の宮である。神がこう仰せになっている、「わたしは彼らの間に住み、かつ出入りをするであろう。そして、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となるであろう」。

パウロは、信じる者が生ける神の宮であり、神が彼らの間に住み、出入りされることを思い起こさせます。この立場が、続く呼びかけの土台です。

17-18節
だから、「彼らの間から出て行き、彼らと分離せよ、と主は言われる。そして、汚れたものに触れてはならない。触れなければ、わたしはあなたがたを受けいれよう。 そしてわたしは、あなたがたの父となり、あなたがたは、わたしのむすこ、むすめとなるであろう。全能の主が、こう言われる」。

偶像の間から出て行くようにという呼びかけは、約束へとつながります。神は受けいれ、ご自分を、むすこ、むすめたちの父として示されます。

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説教が語っていること

コリント人への第二の手紙6章についてよくある質問

コリント人への第二の手紙6章14節の、つり合わないくびきとは何を意味していますか。

くびきは、二頭の獣をつなぐための道具です。パウロは、信仰を共にしない人とつながらないよう信者に勧めます。進む方向が違うからです。この節は結婚によく当てはめられ、また事業のつながりや深い関わりにも当てはめられます。その限界についてはクリスチャンの間で議論がありますが、つながりを結ぶときに注意深くあるという点は共通しています。

コリント人への第二の手紙6章の中心的なメッセージは何ですか。

パウロは、神の恵みを今つかむよう呼びかけ、試練を通りながらも純潔と喜びに特徴づけられた自分の働きを描き、そして、生ける神の宮として生きるよう信者に勧めます。この章は、恵みの緊急性、試練の中での忠実さ、神のために聖別された生き方を結びつけています。

コリント人への第二の手紙6章10節の「悲しんでいるようであるが、常に喜んでおり」とはどういう意味ですか。

パウロは逆説的な経験を描いています。苦しみは現実ですが、それは、神との関係から来る喜びを消しません。この喜びは、命じてわき起こす感情でも、悲しみの否定でもありません。その源が状況の外にあるので、試練の中にある信者に寄り添います。

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