聖書 — 口語訳 (1955)
ペテロの第一の手紙 3
概要
ペテロの第一の手紙3章で、使徒は少数派であり、ときに中傷される信者たちに手紙を書いています。まず妻と夫への勧めを語り、次に教会全体に、一致、あわれみ、そして悪に対して祝福をもって応えることを呼びかけます。善を行って苦しむこと、自分の望みについて柔和に弁明できる用意をすることを励まし、キリストを模範として示します。章は、イエスの死と復活、ノアの日とバプテスマ、そして神の右におけるキリストの勝利で結ばれます。
この章の4つの区分
1同じように、妻たる者よ。夫に仕えなさい。そうすれば、たとい御言に従わない夫であっても、
2あなたがたのうやうやしく清い行いを見て、その妻の無言の行いによって、救に入れられるようになるであろう。
3あなたがたは、髪を編み、金の飾りをつけ、服装をととのえるような外面の飾りではなく、
4かくれた内なる人、柔和で、しとやかな霊という朽ちることのない飾りを、身につけるべきである。これこそ、神のみまえに、きわめて尊いものである。
5むかし、神を仰ぎ望んでいた聖なる女たちも、このように身を飾って、その夫に仕えたのである。
6たとえば、サラはアブラハムに仕えて、彼を主と呼んだ。あなたがたも、何事にもおびえ臆することなく善を行えば、サラの娘たちとなるのである。
7夫たる者よ。あなたがたも同じように、女は自分よりも弱い器であることを認めて、知識に従って妻と共に住み、いのちの恵みを共どもに受け継ぐ者として、尊びなさい。それは、あなたがたの祈が妨げられないためである。
8最後に言う。あなたがたは皆、心をひとつにし、同情し合い、兄弟愛をもち、あわれみ深くあり、謙虚でありなさい。
9悪をもって悪に報いず、悪口をもって悪口に報いず、かえって、祝福をもって報いなさい。あなたがたが召されたのは、祝福を受け継ぐためなのである。
10「いのちを愛し、さいわいな日々を過ごそうと願う人は、舌を制して悪を言わず、くちびるを閉じて偽りを語らず、
11悪を避けて善を行い、平和を求めて、これを追え。
12主の目は義人たちに注がれ、主の耳は彼らの祈にかたむく。しかし主の御顔は、悪を行う者に対して向かう」。
13そこで、もしあなたがたが善に熱心であれば、だれが、あなたがたに危害を加えようか。
14しかし、万一義のために苦しむようなことがあっても、あなたがたはさいわいである。彼らを恐れたり、心を乱したりしてはならない。
15ただ、心の中でキリストを主とあがめなさい。また、あなたがたのうちにある望みについて説明を求める人には、いつでも弁明のできる用意をしていなさい。
16しかし、やさしく、慎み深く、明らかな良心をもって、弁明しなさい。そうすれば、あなたがたがキリストにあって営んでいる良い生活をそしる人々も、そのようにののしったことを恥じいるであろう。
17善をおこなって苦しむことは――それが神の御旨であれば――悪をおこなって苦しむよりも、まさっている。
18キリストも、あなたがたを神に近づけようとして、自らは義なるかたであるのに、不義なる人々のために、ひとたび罪のゆえに死なれた。ただし、肉においては殺されたが、霊においては生かされたのである。
19こうして、彼は獄に捕われている霊どものところに下って行き、宣べ伝えることをされた。
20これらの霊というのは、むかしノアの箱舟が造られていた間、神が寛容をもって待っておられたのに従わなかった者どものことである。その箱舟に乗り込み、水を経て救われたのは、わずかに八名だけであった。
21この水はバプテスマを象徴するものであって、今やあなたがたをも救うのである。それは、イエス・キリストの復活によるのであって、からだの汚れを除くことではなく、明らかな良心を神に願い求めることである。
22キリストは天に上って神の右に座し、天使たちともろもろの権威、権力を従えておられるのである。
鍵となる聖句
夫たる者よ。あなたがたも同じように、女は自分よりも弱い器であることを認めて、知識に従って妻と共に住み、いのちの恵みを共どもに受け継ぐ者として、尊びなさい。それは、あなたがたの祈が妨げられないためである。
ペテロは夫たちに、妻に対して知恵をもって、尊敬を示すよう求めます。妻は、夫とともにいのちの恵みを受け継ぐ者であり、祈りが妨げられないためです。夫婦関係のあり方が、祈りの生活と結びつけられています。
悪をもって悪に報いず、悪口をもって悪口に報いず、かえって、祝福をもって報いなさい。あなたがたが召されたのは、祝福を受け継ぐためなのである。
悪をもって悪に報いず、かえって祝福をもって報いなさい。これは、神が私たちにしてくださったことに基づく、侮辱に対するクリスチャンの答えです。私たちが召されたのは、祝福を受け継ぐためなのです。
ただ、心の中でキリストを主とあがめなさい。また、あなたがたのうちにある望みについて説明を求める人には、いつでも弁明のできる用意をしていなさい。
この聖句は、心の中でキリストを主とあがめ、望みについて説明を求める人にはいつでも弁明できるよう、柔和と敬意をもって備えることを勧めています。あかしは、攻撃としてではなく示されます。
キリストも、あなたがたを神に近づけようとして、自らは義なるかたであるのに、不義なる人々のために、ひとたび罪のゆえに死なれた。ただし、肉においては殺されたが、霊においては生かされたのである。
キリストは、罪のためにただ一度苦しまれました。義なるかたが、不義なる者たちのために、私たちを神のみもとに導くためです。この聖句は、章の中心にある福音を要約しています。
この水はバプテスマを象徴するものであって、今やあなたがたをも救うのである。それは、イエス・キリストの復活によるのであって、からだの汚れを除くことではなく、明らかな良心を神に願い求めることである。 キリストは天に上って神の右に座し、天使たちともろもろの権威、権力を従えておられるのである。
ペテロは、洪水の水の中に、バプテスマの型を見ています。バプテスマは、いま神の右におられるイエス・キリストの復活によって救うものです。教会によってバプテスマの理解は異なりますが、どれも復活の役割を強調しています。
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説教が語っていること
ペテロの第一の手紙3章についてよくある質問
ペテロの第一の手紙3章15節はどういう意味ですか
この聖句は、心の中でキリストを主とあがめ、私たちのうちにある望みについて説明を求める人には、だれにでも説明できる用意をするよう勧めています。ペテロは、その方法も示します。柔和と敬意をもって、正しい良心とともにです。議論に勝つことではなく、へりくだってあかしすることが大切なのです。
ペテロの第一の手紙3章は、夫婦について何と言っていますか
ペテロは妻たちに、続いて夫たちに語りかけます。振る舞い、内面の美しさ、知恵、そして、いのちの恵みをともに受け継ぐ者である妻への尊敬について語ります。従うという言葉とその適用の理解は、キリスト教の伝統によって異なりますが、互いの尊敬と、ともに祈ることはどれも大切にしています。
ペテロの第一の手紙3章19節の、獄にいる霊へのキリストの宣教とは何を意味しますか
この箇所は、新約聖書の中で最も議論されているものの一つです。死後のキリストによる宣言と見る人もいれば、ノアが、キリストの霊によって同時代の人々に語った説教と見る人もいます。文脈が強調しているのは、キリストが勝利され、諸々の力がキリストに服していること(22節)です。誠実な信者たちの意見も、すべてが一致しているわけではありません。
ペテロの第一の手紙 3を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。