聖書 — 口語訳 (1955)
ペテロの第二の手紙 3
概要
この最後の手紙で、ペテロはキリストの来臨をあざけり、天地創造の初めからすべてが変わっていないと言う人々に答えます。神の言葉はすでに洪水によって世界をさばいたこと、神の時は私たちの時とは違うこと、そして神が遅れておられるように見えるのは、悔い改めの余地を残す忍耐であることを思い起こさせます。主の日と、義の住む新しい天を告げ、聖い生き方、目を覚ましていること、恵みにおける成長を呼びかけます。
この章の5つの区分
1愛する者たちよ。わたしは今この第二の手紙をあなたがたに書きおくり、これらの手紙によって記憶を呼び起し、あなたがたの純真な心を奮い立たせようとした。
2それは、聖なる預言者たちがあらかじめ語った言葉と、あなたがたの使徒たちが伝えた主なる救主の戒めとを、思い出させるためである。
3まず次のことを知るべきである。終りの時にあざける者たちが、あざけりながら出てきて、自分の欲情のままに生活し、
4「主の来臨の約束はどうなったのか。先祖たちが眠りについてから、すべてのものは天地創造の初めからそのままであって、変ってはいない」と言うであろう。
5すなわち、彼らはこのことを認めようとはしない。古い昔に天が存在し、地は神の言によって、水がもとになり、また、水によって成ったのであるが、
6その時の世界は、御言により水でおおわれて滅んでしまった。
7しかし、今の天と地とは、同じ御言によって保存され、不信仰な人々がさばかれ、滅ぼさるべき日に火で焼かれる時まで、そのまま保たれているのである。
8愛する者たちよ。この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。
9ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。
10しかし、主の日は盗人のように襲って来る。その日には、天は大音響をたてて消え去り、天体は焼けてくずれ、地とその上に造り出されたものも、みな焼きつくされるであろう。
11このように、これらはみなくずれ落ちていくものであるから、神の日の到来を熱心に待ち望んでいるあなたがたは、
12極力、きよく信心深い行いをしていなければならない。その日には、天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう。
13しかし、わたしたちは、神の約束に従って、義の住む新しい天と新しい地とを待ち望んでいる。
14愛する者たちよ。それだから、この日を待っているあなたがたは、しみもなくきずもなく、安らかな心で、神のみまえに出られるように励みなさい。
15また、わたしたちの主の寛容は救のためであると思いなさい。このことは、わたしたちの愛する兄弟パウロが、彼に与えられた知恵によって、あなたがたに書きおくったとおりである。
16彼は、どの手紙にもこれらのことを述べている。その手紙の中には、ところどころ、わかりにくい箇所もあって、無学で心の定まらない者たちは、ほかの聖書についてもしているように、無理な解釈をほどこして、自分の滅亡を招いている。
17愛する者たちよ。それだから、あなたがたはかねてから心がけているように、非道の者の惑わしに誘い込まれて、あなたがた自身の確信を失うことのないように心がけなさい。
18そして、わたしたちの主また救主イエス・キリストの恵みと知識とにおいて、ますます豊かになりなさい。栄光が、今も、また永遠の日に至るまでも、主にあるように、アァメン。
鍵となる聖句
愛する者たちよ。この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。
ペテロは、神は私たちのように時間を測られないことを思い起こさせます。主にあっては、一日は千年のようです。この節は、遅れと忘れることを混同しないよう招いています。
ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。
遅いと考える人もいますが、それは忍耐です。神は、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔い改めに至ることを望んでおられます。この遅れは、差し出された恵みです。
しかし、主の日は盗人のように襲って来る。その日には、天は大音響をたてて消え去り、天体は焼けてくずれ、地とその上に造り出されたものも、みな焼きつくされるであろう。
主の日は盗人のように襲って来ます。つまり、予告なしに来ます。この節は現実のさばきを告げており、要素がどのように解け去るかについては、クリスチャンの理解は分かれています。
しかし、わたしたちは、神の約束に従って、義の住む新しい天と新しい地とを待ち望んでいる。
さばきの向こうにも、ペテロは希望を持ち続けます。義の住む新しい天と新しい地です。クリスチャンの待ち望みは、回復された世界に向かっています。
そして、わたしたちの主また救主イエス・キリストの恵みと知識とにおいて、ますます豊かになりなさい。栄光が、今も、また永遠の日に至るまでも、主にあるように、アァメン。
手紙の最後の言葉は、クリスチャン生活を要約します。主また救主イエス・キリストの恵みと知識においてますます豊かになることであり、栄光は今も、また永遠の日に至るまでも、主にあります。
説教が語っていること
ペテロの第二の手紙3章についてよくある質問
ペテロの第二の手紙3章によれば、なぜイエスはまだ戻って来られないのですか。
ペテロは、すでにその問いを抱いていたあざける者たちに答えています。答えは二つあります。神の時は私たちの時とは違い、神にとって一日は千年のようであること。そして主は遅れておられるのではなく、忍耐しておられることです。この猶予は、すべての人に神に立ち返る時を与えます。また、備えて生きるようにも招いています。
「主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである」(ペテロの第二の手紙3章8節)とはどういう意味ですか。
ペテロは詩篇90篇を引いて、神は人間の時間に制限されないことを思い出させています。これはキリストの来臨の日付を計算するための式ではなく、私たちに長く思えることが、神にとってはそうではないという注意喚起です。この節は、待つ人を励まし、疑いを和らげるためにあります。
「主の日は盗人のように襲って来る」とはどういう意味ですか。
このたとえはイエスから来ています。盗人は予告なしに来ます。つまり、主の日は、それを予期していない人々を不意に襲うので、備えていた方がよいという意味です。恐れさせるためではなく、聖い生き方と目覚めへ促すためのものです。終わりの時の経過の細部については、クリスチャンの意見は一致していません。
ペテロの第二の手紙3章13節の新しい天と新しい地とは何ですか。
ペテロは預言者たちの希望を受け継いでいます。さばきの後、神は義の住む世界を打ち立てます。何が消え、何が新しくされるかについてはクリスチャンの理解は分かれますが、いずれも悪と苦しみの終わりをそこに見ています。この展望は、忍耐して待ち、今日誠実に生きることを助けます。
ペテロの第二の手紙 3を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。