聖書 — 口語訳 (1955)

マルコによる福音書 7

概要

マルコによる福音書7章では、パリサイ人たちが、弟子たちが手を洗わずに食事をしていると責めます。イエスは、口先では神を敬いながら、人間の言伝えによって神の言葉を無にすることがあると答えます。そして、人をけがすのは外から入るものではなく、心から出てくるものだと説明されます。それからツロの地方へ行かれ、スロ・フェニキヤの生れの女が、その信仰によって娘の解放を得ます。最後に、デカポリス地方で、耳が聞こえず口のきけない人をいやされます。

この章の4つの区分

  1. 1-13節人間の言伝えと神のいましめ
  2. 14-23節人をほんとうにけがすものは、心から出てくる
  3. 24-30節スロ・フェニキヤの女の信仰
  4. 31-37節耳の聞こえない人のいやし:「開けよ」

1さて、パリサイ人と、ある律法学者たちとが、エルサレムからきて、イエスのもとに集まった。

2そして弟子たちのうちに、不浄な手、すなわち洗わない手で、パンを食べている者があるのを見た。

3もともと、パリサイ人をはじめユダヤ人はみな、昔の人の言伝えをかたく守って、念入りに手を洗ってからでないと、食事をしない。

4また市場から帰ったときには、身を清めてからでないと、食事をせず、なおそのほかにも、杯、鉢、銅器を洗うことなど、昔から受けついでかたく守っている事が、たくさんあった。

5そこで、パリサイ人と律法学者たちとは、イエスに尋ねた、「なぜ、あなたの弟子たちは、昔の人の言伝えに従って歩まないで、不浄な手でパンを食べるのですか」。

6イエスは言われた、「イザヤは、あなたがた偽善者について、こう書いているが、それは適切な預言である、『この民は、口さきではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。

7人間のいましめを教として教え、無意味にわたしを拝んでいる』。

8あなたがたは、神のいましめをさしおいて、人間の言伝えを固執している」。

9また、言われた、「あなたがたは、自分たちの言伝えを守るために、よくも神のいましめを捨てたものだ。

10モーセは言ったではないか、『父と母とを敬え』、また『父または母をののしる者は、必ず死に定められる』と。

11それだのに、あなたがたは、もし人が父または母にむかって、あなたに差上げるはずのこのものはコルバン、すなわち、供え物ですと言えば、それでよいとして、

12その人は父母に対して、もう何もしないで済むのだと言っている。

13こうしてあなたがたは、自分たちが受けついだ言伝えによって、神の言を無にしている。また、このような事をしばしばおこなっている」。

14それから、イエスは再び群衆を呼び寄せて言われた、「あなたがたはみんな、わたしの言うことを聞いて悟るがよい。

15すべて外から人の中にはいって、人をけがしうるものはない。かえって、人の中から出てくるものが、人をけがすのである。

16〔聞く耳のある者は聞くがよい〕」。

17イエスが群衆を離れて家にはいられると、弟子たちはこの譬について尋ねた。

18すると、言われた、「あなたがたも、そんなに鈍いのか。すべて、外から人の中にはいって来るものは、人を汚し得ないことが、わからないのか。

19それは人の心の中にはいるのではなく、腹の中にはいり、そして、外に出て行くだけである」。イエスはこのように、どんな食物でもきよいものとされた。

20さらに言われた、「人から出て来るもの、それが人をけがすのである。

21すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る。不品行、盗み、殺人、

22姦淫、貪欲、邪悪、欺き、好色、妬み、誹り、高慢、愚痴。

23これらの悪はすべて内部から出てきて、人をけがすのである」。

24さて、イエスは、そこを立ち去って、ツロの地方に行かれた。そして、だれにも知れないように、家の中にはいられたが、隠れていることができなかった。

25そして、けがれた霊につかれた幼い娘をもつ女が、イエスのことをすぐ聞きつけてきて、その足もとにひれ伏した。

26この女はギリシヤ人で、スロ・フェニキヤの生れであった。そして、娘から悪霊を追い出してくださいとお願いした。

27イエスは女に言われた、「まず子供たちに十分食べさすべきである。子供たちのパンを取って小犬に投げてやるのは、よろしくない」。

28すると女は答えて言った、「主よ、お言葉どおりです。でも、食卓の下にいる小犬も、子供たちのパンくずは、いただきます」。

29そこでイエスは言われた、「その言葉で、じゅうぶんである。お帰りなさい。悪霊は娘から出てしまった」。

30そこで、女が家に帰ってみると、その子は床の上に寝ており、悪霊は出てしまっていた。

31それから、イエスはまたツロの地方を去り、シドンを経てデカポリス地方を通りぬけ、ガリラヤの海べにこられた。

32すると人々は、耳が聞えず口のきけない人を、みもとに連れてきて、手を置いてやっていただきたいとお願いした。

33そこで、イエスは彼ひとりを群衆の中から連れ出し、その両耳に指をさし入れ、それから、つばきでその舌を潤し、

34天を仰いでため息をつき、その人に「エパタ」と言われた。これは「開けよ」という意味である。

35すると彼の耳が開け、その舌のもつれもすぐ解けて、はっきりと話すようになった。

36イエスは、この事をだれにも言ってはならぬと、人々に口止めをされたが、口止めをすればするほど、かえって、ますます言いひろめた。

37彼らは、ひとかたならず驚いて言った、「このかたのなさった事は、何もかも、すばらしい。耳の聞えない者を聞えるようにしてやり、口のきけない者をきけるようにしておやりになった」。

鍵となる聖句

6-8節
イエスは言われた、「イザヤは、あなたがた偽善者について、こう書いているが、それは適切な預言である、『この民は、口さきではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。 人間のいましめを教として教え、無意味にわたしを拝んでいる』。 あなたがたは、神のいましめをさしおいて、人間の言伝えを固執している」。

イエスはイザヤの言葉を引かれます。「この民は、口さきではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている」。心のない宗教的実践は、神のいましめを人間の言伝えに置き換えてしまいます。

15節
すべて外から人の中にはいって、人をけがしうるものはない。かえって、人の中から出てくるものが、人をけがすのである。

「すべて外から人の中にはいって、人をけがしうるものはない」。人の中から出てくるものが、人をけがします。マルコは19節で、イエスがこうして「どんな食物でもきよいものとされた」と付け加えています。

21-23節
すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る。不品行、盗み、殺人、 姦淫、貪欲、邪悪、欺き、好色、妬み、誹り、高慢、愚痴。 これらの悪はすべて内部から出てきて、人をけがすのである」。

悪は内側から、人の心の中から出てきます。悪い思い、盗み、高慢、妬みなどです。人の本当の問題は内側にあり、だからこそ変えられた心が大切です。

27-29節
イエスは女に言われた、「まず子供たちに十分食べさすべきである。子供たちのパンを取って小犬に投げてやるのは、よろしくない」。 すると女は答えて言った、「主よ、お言葉どおりです。でも、食卓の下にいる小犬も、子供たちのパンくずは、いただきます」。 そこでイエスは言われた、「その言葉で、じゅうぶんである。お帰りなさい。悪霊は娘から出てしまった」。

女は、厳しく聞こえるイエスの言葉を受け入れ、へりくだって信仰をもって答えます。「食卓の下にいる小犬も、子供たちのパンくずは、いただきます」。あきらめない姿が、娘の解放を得させました。

この章に登場する人物

説教が語っていること

神への飢え渇き:魂が満足をやめるときヨハネス・アムリッツァーはマルコ7章24節から30節に目を留めます。スロ・フェニキヤの女は、あらゆる壁を突き破って、イエスが与えられるものを求める飢え渇きを示しているといいます。要約を読む →異邦の女の信仰 ― 排除から抜け出すこのメッセージは、マルコ7章24節を文脈に置き直します。19節でどんな食物もきよいと宣言されたあと、イエスはユダヤ人でない人々の地、ツロにまで出かけられました。要約を読む →ハングリー:神が応えてくださる霊的な飢えアモス書8章11節、詩篇42篇、そしてスロ・フェニキヤの女をめぐって、ヨハネス・アムリッツァーは、なぜ神が霊的な飢え渇きに答えてくださるのかを説明します。要約を読む →4000人のためのパン七つ:あなたが持っているものでイエス様には十分マット・マルヴァンは、四千人のパンの増加を、異邦人が大半を占めるデカポリス地方(マルコ7章31節)に位置づけます。イエスのあわれみは、宗教の境界を越えてあふれ出ます。要約を読む →イエス様について語る:ウェイメーカーは黙っていられないヴィットーリアはマルコ7章21節を引きます。心に満ちているものは口から出るので、イエスについて語らずに黙っているのではなく、語るよう信者に呼びかけています。要約を読む →

マルコによる福音書7章についてよくある質問

マルコ7章で、イエスはなぜ手を洗われないのですか。

これは衛生の問題ではなく、昔の人の言伝えにある儀式的な習慣です。イエスは、パリサイ人たちがこの言伝えを神のいましめの上に置いていることを責められました。神は心を見ておられ、口先では神を敬いながら、神から遠く離れていることもあると思い起こさせます。

人から出てくるものが人をけがすとは、どういう意味ですか。

イエスは、食物は腹に入るのであって心に入るのではないので、人をけがさないと説明されます。人をけがすのは、悪い思い、盗み、高慢、妬みなど、心から生まれる悪です。こうしてイエスは、清さの問いを外側から内側へ移されました。

イエスはなぜスロ・フェニキヤの女に厳しく答えられたのですか。

イエスの答えは、まず十分に食べるべき子供たちと、小犬のことでした。読者の解釈は分かれます。信仰を試すためと見る人もいれば、宣教の順序、まずイスラエルへ、と見る人もいます。女はへりくだって答え、イエスはその言葉を認めて娘を解放されました。こうして外国の女は、求めたものを受け取りました。

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