両親を敬うための聖書の言葉20選

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はじめに

両親を敬うことは、約束を伴う最初の戒めから、十字架上のイエスの模範に至るまで、聖書全体を貫くテーマです。ここに挙げる20の聖書の言葉(口語訳)は、五つの側面を取り上げます。戒めそのもの、それに伴う約束、親、特に年老いた親への具体的な配慮、不完全な親への愛、そしてイエスの模範です。母の日や父の日にもふさわしい内容です。

父と母を敬えという戒め

1. 出エジプト記20章12節

「あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。」

この戒めは、神との関係に関する戒めのすぐあとに続く、シナイ山でモーセに与えられた十戒の一部です。そこには「あなたの父と母を敬え。これは...あなたが長く生きるためである」と命じられています。両親を敬うことは単なる道徳的な心がけではなく、神との契約の土台なのです。 出エジプト記20章を全文で読む。

2. レビ記19章3節

「あなたがたは、おのおのその母とその父とをおそれなければならない。またわたしの安息日を守らなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。」

この節は、聖なる生活のための実践的な規定を記した章の冒頭にあり、聖さへの全般的な招きのすぐあとに親への敬いを置いています。本文は「あなたがたは、おのおのその母とその父とをおそれなければならない」と述べています。母が父より先に挙げられている語順は、どちらの親も軽んじられてはならないことを示しています。 レビ記19章を全文で読む。

3. エペソ人への手紙6章1-3節

「子たる者よ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことである。 「あなたの父と母とを敬え」。これが第一の戒めであって、次の約束がそれについている、 「そうすれば、あなたは幸福になり、地上でながく生きながらえるであろう」。」

パウロは一世紀の教会の子どもたちに向けて、シナイ山の戒めを直接引用しています。「あなたの父と母とを敬え。これが第一の戒めであって、次の約束がそれについている」と語ります。この古い契約の戒めは、新約の信者にとっても変わらぬ価値を持ち続けています。 エペソ人への手紙6章を全文で読む。

4. コロサイ人への手紙3章20節

「子たる者よ。何事についても両親に従いなさい。これが主に喜ばれることである。」

家庭の中でキリストにあって新しくされた生き方を描く手紙の中で、パウロは子どもたちに簡潔に語りかけます。「子たる者よ。何事についても両親に従いなさい。これが主に喜ばれることである」。ここでの子の従順は、受け継がれた社会的な決まりごとではなく、信仰の具体的な行いとなります。 コロサイ人への手紙3章を全文で読む。

この戒めに伴う約束

5. 申命記5章16節

「あなたの神、主が命じられたように、あなたの父と母とを敬え。あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く命を保ち、さいわいを得ることのできるためである。」

モーセは、約束の地に入ろうとする新しい世代に、十戒をあらためて語ります。「あなたが長く命を保ち、さいわいを得ることのできるためである」と強調します。両親を敬うことと長寿とを結びつけるこの言葉は、神がこの土台となる関係をどれほど重んじているかを示しています。 申命記5章を全文で読む。

6. 箴言1章8-9節

「わが子よ、あなたは父の教訓を聞き、母の教を捨ててはならない。 それらは、あなたの頭の麗しい冠となり、あなたの首の飾りとなるからである。」

この箴言は「わが子よ」と呼びかけられる若い読者に向けて書物の冒頭を飾ります。「あなたは父の教訓を聞き、母の教を捨ててはならない」と勧め、この知恵を冠にたとえます。両親から受けた教えは、人生全体を美しく飾り、また守る飾りとなるのです。 箴言1章を全文で読む。

7. 箴言4章1節

「子供らよ、父の教を聞き、悟りを得るために耳を傾けよ。」

ここでは父親が、自分自身が受け継いできた知恵を息子たちに直接語りかけています。「子供らよ、父の教を聞き、悟りを得るために耳を傾けよ」と言います。この節は、知恵がひとりで発見するものというより、世代から世代へと、注意深く耳を傾けることを通して受け継がれていくものであることを思い起こさせます。 箴言4章を全文で読む。

8. 箴言23章22節

「あなたを生んだ父のいうことを聞き、年老いた母を軽んじてはならない。」

この箴言は、親への敬いを、弱くなりやすい老年期にまで広げています。「年老いた母を軽んじてはならない」と勧めます。両親を敬うことは子ども時代だけの話ではなく、年を重ねた親をどのように扱うかにも関わっているのです。 箴言23章を全文で読む。

親の世話をする

9. テモテへの第一の手紙5章4節

「やもめに子か孫かがある場合には、これらの者に、まず自分の家で孝養をつくし、親の恩に報いることを学ばせるべきである。それが、神のみこころにかなうことなのである。」

パウロは教会でのやもめへの支援について具体的な指示を与える前に、まず家族の責任を思い起こさせます。「まず自分の家で孝養をつくし、親の恩に報いることを学ばせるべきである」と書いています。年老いた親の世話をすることは、教会の負担である前に、神に喜ばれる具体的な敬虔として示されています。 テモテへの第一の手紙5章を全文で読む。

10. ルツ記1章16節

「しかしルツは言った、「あなたを捨て、あなたを離れて帰ることをわたしに勧めないでください。わたしはあなたの行かれる所へ行き、またあなたの宿られる所に宿ります。あなたの民はわたしの民、あなたの神はわたしの神です。」

モアブ人の若いやもめルツは、夫を失ったあと実家に帰ることもできたはずですが、しゅうとめナオミのもとにとどまることを選びます。彼女はこう告げます。「わたしはあなたの行かれる所へ行き、またあなたの宿られる所に宿ります」。血のつながりがなくても親のような存在に対して示されたこの忠実さは、際立った模範として残っています。 ルツ記1章を全文で読む。

11. 創世記47章12節

「またヨセフは父と兄弟たちと父の全家とに、家族の数にしたがい、食物を与えて養った。」

苦しい年月を経て、ヨセフはエジプトで父ヤコブと再会し、権威ある立場から父の必要を満たすことができるようになります。本文は簡潔に「ヨセフは父と兄弟たちと父の全家とに...食物を与えて養った」と記します。親を敬うことは、こうした具体的な扶養と物質的な配慮によっても表れるのです。 創世記47章を全文で読む。

12. 列王紀上2章19節

「バテシバはアドニヤのためにソロモン王に話すため、王のもとへ行った。王は立って迎え、彼女を拝して王座に着き、王母のために座を設けさせたので、彼女は王の右に座した。」

王となったソロモンは、話をしに来た母バテシバを迎えます。本文はその態度を強調します。「王は立って迎え、彼女を拝して」。権力の頂点にあってもソロモンは母への公的な敬意の身ぶりを保ち、王としての立場もそれを免除する理由にはなりませんでした。 列王紀上2章を全文で読む。

不完全な親を愛する

13. 創世記9章23節

「セムとヤペテとは着物を取って、肩にかけ、うしろ向きに歩み寄って、父の裸をおおい、顔をそむけて父の裸を見なかった。」

酔ったノアは屈辱的な状態に陥り、息子ハムはそれを覆うのではなくさらけ出してしまいます。セムとヤペテはそれとは異なる行動をとります。彼らは「うしろ向きに歩み寄って、父の裸をおおい、顔をそむけて父の裸を見なかった」のです。親を敬うことには、その最も目に見える弱さの前でも、その尊厳を守ることが含まれる場合があります。 創世記9章を全文で読む。

14. コロサイ人への手紙3章13節

「互に忍びあい、もし互に責むべきことがあれば、ゆるし合いなさい。主もあなたがたをゆるして下さったのだから、そのように、あなたがたもゆるし合いなさい。」

パウロは、家庭の中も含め、キリストによって新しくされたあらゆる関係の土台として互いに赦し合うことを教えます。「互に責むべきことがあれば、ゆるし合いなさい」と書いています。不完全な親を敬うことは、しばしばこの赦しという具体的で繰り返し選び取る行為を通して実現します。 コロサイ人への手紙3章を全文で読む。

15. 箴言17章6節

「孫は老人の冠である、父は子の栄えである。」

この箴言は、世代の間を双方向に行き交う敬いのきずなを描きます。「父は子の栄えである」。関係が完全でなかったとしても、このきずなを認めることは、恨みによってすべての関わりを断つのではなく、直すべきところを直す助けとなります。 箴言17章を全文で読む。

16. ペテロの第一の手紙4章8節

「何よりもまず、互の愛を熱く保ちなさい。愛は多くの罪をおおうものである。」

ペテロは、最も身近な関係においても互いに真実な愛を熱く保つよう召されたクリスチャンに書き送ります。「愛は多くの罪をおおうものである」と告げます。この姿勢は、傷つけたことのある親に対しても、その悪を否定するのではなく、そこに閉じこもらないという選択として適用されます。 ペテロの第一の手紙4章を全文で読む。

敬う子の模範であるイエス

17. ルカによる福音書2章51節

「それからイエスは両親と一緒にナザレに下って行き、彼らにお仕えになった。母はこれらの事をみな心に留めていた。」

十二歳のイエスが神殿にとどまった出来事のあと、イエスは両親とともに帰って行き、本文は「彼らにお仕えになった」と記します。神の子であっても、幼いイエスはマリアとヨセフの権威を受け入れ、敬意ある子の従順の具体的な模範を示しています。 ルカによる福音書2章を全文で読む。

18. ヨハネによる福音書19章26-27節

「イエスは、その母と愛弟子とがそばに立っているのをごらんになって、母にいわれた、「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」。 それからこの弟子に言われた、「ごらんなさい。これはあなたの母です」。そのとき以来、この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった。」

十字架の上、激しい苦しみのただ中で、イエスはなお母の将来を思い、愛する弟子にその世話を託します。「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」「ごらんなさい。これはあなたの母です」。苦しみの最も極限の瞬間にあってさえ、イエスは母を敬い、具体的な支えを整えることを忘れませんでした。 ヨハネによる福音書19章を全文で読む。

19. マルコによる福音書7章10-11節

「モーセは言ったではないか、『父と母とを敬え』、また『父または母をののしる者は、必ず死に定められる』と。 それだのに、あなたがたは、もし人が父または母にむかって、あなたに差上げるはずのこのものはコルバン、すなわち、供え物ですと言えば、それでよいとして、」

イエスは、神への供え物という口実で両親を敬う戒めを避けていた宗教的慣習を厳しく指摘します。「モーセは言ったではないか、『父と母とを敬え』」と力強く語ります。イエスにとって、どんな霊的な理由づけも、自分の親への具体的な配慮の欠如を正当化することはできません。 マルコによる福音書7章を全文で読む。

20. 箴言23章24-25節

「正しい人の父は大いによろこび、知恵ある子を生む者は子のために楽しむ。 あなたの父母を楽しませ、あなたを産んだ母を喜ばせよ。」

この箴言は、知恵を身につけた子が親にもたらす喜びを描きます。「あなたの父母を楽しませ、あなたを産んだ母を喜ばせよ」と勧めます。両親を敬うとは、単純に、自分が歩む人生を誇りに思い、喜んでもらえる本当の理由を与えることでもあるのです。 箴言23章を全文で読む。

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よくある質問

両親を敬うことについての聖書の言葉は何ですか。

出エジプト記20章12節が基本となる箇所です。「あなたの父と母を敬え。これは...あなたが長く生きるためである」とあります。エペソ人への手紙6章1-3節は新約聖書でこれを引き継ぎ、「第一の戒めであって、次の約束がそれについている」と述べており、母の日や父の日に最もよく引用される聖書の言葉のひとつとなっています。

難しい親や不完全な親を、聖書によればどのように敬えばよいのですか。

コロサイ人への手紙3章13節は、恨みではなく互いに赦し合うことを勧めています。創世記9章23節では、セムとヤペテが父の過ちを正当化することなく、その尊厳を守っています。敬うことは、受けた傷を否定することではなく、そこに閉じこもらずに具体的な敬意の姿勢を保つことを選ぶという意味です。

なぜ両親を敬えという戒めには約束が伴っているのですか。

申命記5章16節エペソ人への手紙6章2-3節は、この戒めを長く幸福な人生と結びつけています。子どもが親を敬う家庭は、長い年月にわたって安定し、結ばれた状態を保ちやすいものです。それゆえ、この戒めは単なる義務としてではなく、約束を伴うものとして示されているのです。

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