聖書 — 口語訳 (1955)
ルカによる福音書 7
概要
ルカによる福音書7章には、同じ問いに答える四つの場面が続きます。イエスとはどなたなのか、という問いです。イエスは異邦人の百卒長の信仰に感心し、離れた所からその僕をいやされます。ナインではやもめに息子を返され、バプテスマのヨハネの弟子たちには、ご自分のみわざを示して答えられます。そしてパリサイ人の家では、罪深い女として知られていた人を迎え入れられます。この章は、主権的な権威と具体的な憐れみをあわせ持つ主を描き、その前で信仰と愛が見いだされることを示しています。
この章の4つの区分
1イエスはこれらの言葉をことごとく人々に聞かせてしまったのち、カペナウムに帰ってこられた。
2ところが、ある百卒長の頼みにしていた僕が、病気になって死にかかっていた。
3この百卒長はイエスのことを聞いて、ユダヤ人の長老たちをイエスのところにつかわし、自分の僕を助けにきてくださるようにと、お願いした。
4彼らはイエスのところにきて、熱心に願って言った、「あの人はそうしていただくねうちがございます。
5わたしたちの国民を愛し、わたしたちのために会堂を建ててくれたのです」。
6そこで、イエスは彼らと連れだってお出かけになった。ところが、その家からほど遠くないあたりまでこられたとき、百卒長は友だちを送ってイエスに言わせた、「主よ、どうぞ、ご足労くださいませんように。わたしの屋根の下にあなたをお入れする資格は、わたしにはございません。
7それですから、自分でお迎えにあがるねうちさえないと思っていたのです。ただ、お言葉を下さい。そして、わたしの僕をなおしてください。
8わたしも権威の下に服している者ですが、わたしの下にも兵卒がいまして、ひとりの者に『行け』と言えば行き、ほかの者に『こい』と言えばきますし、また、僕に『これをせよ』と言えば、してくれるのです」。
9イエスはこれを聞いて非常に感心され、ついてきた群衆の方に振り向いて言われた、「あなたがたに言っておくが、これほどの信仰は、イスラエルの中でも見たことがない」。
10使にきた者たちが家に帰ってみると、僕は元気になっていた。
11そののち、間もなく、ナインという町へおいでになったが、弟子たちや大ぜいの群衆も一緒に行った。
12町の門に近づかれると、ちょうど、あるやもめにとってひとりむすこであった者が死んだので、葬りに出すところであった。大ぜいの町の人たちが、その母につきそっていた。
13主はこの婦人を見て深い同情を寄せられ、「泣かないでいなさい」と言われた。
14そして近寄って棺に手をかけられると、かついでいる者たちが立ち止まったので、「若者よ、さあ、起きなさい」と言われた。
15すると、死人が起き上がって物を言い出した。イエスは彼をその母にお渡しになった。
16人々はみな恐れをいだき、「大預言者がわたしたちの間に現れた」、また、「神はその民を顧みてくださった」と言って、神をほめたたえた。
17イエスについてのこの話は、ユダヤ全土およびその附近のいたる所にひろまった。
18ヨハネの弟子たちは、これらのことを全部彼に報告した。するとヨハネは弟子の中からふたりの者を呼んで、
19主のもとに送り、「『きたるべきかた』はあなたなのですか。それとも、ほかにだれかを待つべきでしょうか」と尋ねさせた。
20そこで、この人たちがイエスのもとにきて言った、「わたしたちはバプテスマのヨハネからの使ですが、『きたるべきかた』はあなたなのですか、それとも、ほかにだれかを待つべきでしょうか、とヨハネが尋ねています」。
21そのとき、イエスはさまざまの病苦と悪霊とに悩む人々をいやし、また多くの盲人を見えるようにしておられたが、
22答えて言われた、「行って、あなたがたが見聞きしたことを、ヨハネに報告しなさい。盲人は見え、足なえは歩き、重い皮膚病にかかった人はきよまり、耳しいは聞え、死人は生きかえり、貧しい人々は福音を聞かされている。
23わたしにつまずかない者は、さいわいである」。
24ヨハネの使が行ってしまうと、イエスはヨハネのことを群衆に語りはじめられた、「あなたがたは、何を見に荒野に出てきたのか。風に揺らぐ葦であるか。
25では、何を見に出てきたのか。柔らかい着物をまとった人か。きらびやかに着かざって、ぜいたくに暮している人々なら、宮殿にいる。
26では、何を見に出てきたのか。預言者か。そうだ、あなたがたに言うが、預言者以上の者である。
27『見よ、わたしは使をあなたの先につかわし、あなたの前に、道を整えさせるであろう』 と書いてあるのは、この人のことである。
28あなたがたに言っておく。女の産んだ者の中で、ヨハネより大きい人物はいない。しかし、神の国で最も小さい者も、彼よりは大きい。
29(これを聞いた民衆は皆、また取税人たちも、ヨハネのバプテスマを受けて神の正しいことを認めた。
30しかし、パリサイ人と律法学者たちとは彼からバプテスマを受けないで、自分たちに対する神のみこころを無にした。)
31だから今の時代の人々を何に比べようか。彼らは何に似ているか。
32それは子供たちが広場にすわって、互に呼びかけ、『わたしたちが笛を吹いたのに、あなたたちは踊ってくれなかった。弔いの歌を歌ったのに、泣いてくれなかった』 と言うのに似ている。
33なぜなら、バプテスマのヨハネがきて、パンを食べることも、ぶどう酒を飲むこともしないと、あなたがたは、あれは悪霊につかれているのだ、と言い、
34また人の子がきて食べたり飲んだりしていると、見よ、あれは食をむさぼる者、大酒を飲む者、また取税人、罪人の仲間だ、と言う。
35しかし、知恵の正しいことは、そのすべての子が証明する」。
36あるパリサイ人がイエスに、食事を共にしたいと申し出たので、そのパリサイ人の家にはいって食卓に着かれた。
37するとそのとき、その町で罪の女であったものが、パリサイ人の家で食卓に着いておられることを聞いて、香油が入れてある石膏のつぼを持ってきて、
38泣きながら、イエスのうしろでその足もとに寄り、まず涙でイエスの足をぬらし、自分の髪の毛でぬぐい、そして、その足に接吻して、香油を塗った。
39イエスを招いたパリサイ人がそれを見て、心の中で言った、「もしこの人が預言者であるなら、自分にさわっている女がだれだか、どんな女かわかるはずだ。それは罪の女なのだから」。
40そこでイエスは彼にむかって言われた、「シモン、あなたに言うことがある」。彼は「先生、おっしゃってください」と言った。
41イエスが言われた、「ある金貸しに金をかりた人がふたりいたが、ひとりは五百デナリ、もうひとりは五十デナリを借りていた。
42ところが、返すことができなかったので、彼はふたり共ゆるしてやった。このふたりのうちで、どちらが彼を多く愛するだろうか」。
43シモンが答えて言った、「多くゆるしてもらったほうだと思います」。イエスが言われた、「あなたの判断は正しい」。
44それから女の方に振り向いて、シモンに言われた、「この女を見ないか。わたしがあなたの家にはいってきた時に、あなたは足を洗う水をくれなかった。ところが、この女は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でふいてくれた。
45あなたはわたしに接吻をしてくれなかったが、彼女はわたしが家にはいった時から、わたしの足に接吻をしてやまなかった。
46あなたはわたしの頭に油を塗ってくれなかったが、彼女はわたしの足に香油を塗ってくれた。
47それであなたに言うが、この女は多く愛したから、その多くの罪はゆるされているのである。少しだけゆるされた者は、少しだけしか愛さない」。
48そして女に、「あなたの罪はゆるされた」と言われた。
49すると同席の者たちが心の中で言いはじめた、「罪をゆるすことさえするこの人は、いったい、何者だろう」。
50しかし、イエスは女にむかって言われた、「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい」。
鍵となる聖句
イエスはこれを聞いて非常に感心され、ついてきた群衆の方に振り向いて言われた、「あなたがたに言っておくが、これほどの信仰は、イスラエルの中でも見たことがない」。
イエスは、外国人の将校の信頼に感心されます。彼は主のひと言で十分だと知っていました。イエスを驚かせた信仰は、宗教的に恵まれた人のものではなく、主の権威にすべてを委ねる信仰でした。
答えて言われた、「行って、あなたがたが見聞きしたことを、ヨハネに報告しなさい。盲人は見え、足なえは歩き、重い皮膚病にかかった人はきよまり、耳しいは聞え、死人は生きかえり、貧しい人々は福音を聞かされている。
疑いを抱いたヨハネに、イエスは議論ではなく、実際に起きていることで答えられます。盲人、足なえ、重い皮膚病の人、耳しい、死人、貧しい人々に、みわざが及んでいます。これらのしるしは、預言者たちがメシアについて告げたことと重なります。
それであなたに言うが、この女は多く愛したから、その多くの罪はゆるされているのである。少しだけゆるされた者は、少しだけしか愛さない」。
イエスは、女の愛を、彼女が受けた赦しに結びつけられます。その逆ではありません。彼女は赦しを買い取るのではなく、感謝を表しています。「少しだけゆるされた者は、少しだけしか愛さない」のです。
しかし、イエスは女にむかって言われた、「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい」。
イエスは女に、あなたの信仰があなたを救ったと言い、安心して行きなさいと送り出されます。救いは、信仰によって受ける賜物です。イエスの権威を問うていた人々の前で、そう告げられました。
聖書クイズに挑戦
この章に登場する人物
説教が語っていること
ルカによる福音書7章についてよくある質問
ルカ7章の中心的なメッセージは何ですか。
ルカ7章は、イエスの権威と憐れみを示します。百卒長の僕を離れた所からいやし、やもめの息子をよみがえらせ、ヨハネの疑いにはみわざで答え、だれからも蔑まれていた女を赦されます。これらの場面で、イエスが尊ばれるのは、へりくだった信仰と、感謝に満ちた愛です。
ルカ7章36節から50節で、イエスの足に香油を塗った女はだれですか。
ルカは彼女の名を記していません。町で罪深い女として知られていた、とだけ書いています。ベタニヤのマリヤやマグダラのマリヤなど、福音書の他の女性と同一視されることもありますが、本文はそう述べておらず、教派によっても意見は分かれます。物語の要点は、彼女の身元には左右されません。
「少しだけゆるされた者は、少しだけしか愛さない」(ルカ7章47節)とはどういう意味ですか。
イエスは、負債を免除された二人の債務者のたとえを語られます。自分が何を赦されたかを知る人は、より多く愛します。女は涙と香油で感謝を表し、自分は問題ないと思っていたシモンは距離を置いたままでした。本文が言っているのは、多く罪を犯さなければ赦されないということではなく、恵みの必要を認めなければならないということです。
イエスはなぜ百卒長の信仰に感心されたのですか。
百卒長は外国人の将校で、イエスを自分の家に迎える資格はないと考えていました。彼は権威というものを理解しており、自分が兵卒に命じるように、イエスのひと言で僕はいやされると知っていました。彼の信仰は、へりくだりと、主の言葉への信頼でできており、それがイエスを驚かせました。
ルカによる福音書 7を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。